0050:江戸っ子ロングソード

 ということで、迷宮以前の鑑賞用ロングソードは、鋳造され切り出された金属の平棒をグラインダーで削り出して作られていた。刀とは比べものにならない、あくまで鑑賞用の装飾品。それが当り前だったのだ。


 400年以上前の伝統技術を現代でも継承(当然、失伝も多いが)し、廃刀令、戦中の金属供出、戦後GHQの刀狩り、厳しい銃刀法違反……授業で習う部分だけでもこれだけ厳しい状況を乗り越え。それでも日本刀を武器として生産し続けていた、日本という国が「異常」なのだ。


 さて、そんな日本刀と違い武器として完全に死んでいたロングソード等の西洋武器。それを武器として「使い物」になるようにしたのが、日本の、さらに東京の中小企業、町工場の人々だ。迷宮は、当初、東京特有の事象と思われていたので、地元では「有用な」武器の増産は切実な問題だったのだ。


 なので、西洋武器は外見だけは旧来のままだが、中身は合理的で、柄の部分や、鍔、ヒルトなんて、取り外し可能、組み立てネジ止め式な物も多い。その方が整備点検し易いからだ。当然、替え刃も可能だ。探索者の実状、現実に即したモノでもあり、懐事情にも配慮されていた。


 と、まあ、俺がここまで詳しいのは……いつもの様に雑誌知識ではない。


 西洋武器の研究開発を手掛けた日本の中小企業が世界の迷宮、探索者相手に奮闘するドラマ、「江戸っ子ロングソード」を何度も見たからだ。

 特に大手企業の新金属製の新商品に対抗して、まずは技術で立ち向かったが、それを物量で潰されそうになる。その時、以前、タダ同然でロングソードを売った駆け出しの探索者が、ふと持ち込んだ、当時未発見未確定だった、妖精鉱石フェアリライト(正式名は特殊鉱石フェアリライト)。これによって、状況が一変する……あの定番の胸アツ展開がたまらない。


 今では世界の「西洋武器」市場の50%を日本の中小企業が占めている。まあ、迷宮装備市場の90%は日本企業の独占状態なのだが。

 特に新金属と既存金属の合成部門は、迷宮攻略と密接な関係にある。他国が金に飽かせて企業や職人から技術を手に入れたとしても、新金属は手に入らない。日本から発せられる論文等から理論は理解できても、実践には至らない。


 その理由は。


 オークションなどで自由に売買できる……となっているし、実際にそうしてもいいのだが、迷宮産アイテムは迷宮局によって厳密に管理されている。多くの探索者を囲い日本で大規模な研究を行うのは、不可能に近い。


 では小規模ならどうか? 研究施設を日本に置かなければどうにかな……ならない。


 迷宮から出現したアイテムは、その迷宮から30㎞程度離れると十分位で溶ける様に消えてしまうからだ。


 ただ、アイテム(素材)を加工、精製してしまえば別だ。分子レベルで……なんてレベルではなく、何か一つ此方の世界での役割を付加してやるのが大切らしい。

 なので、素材自体を海外に持ち出せない、加工品は持ち出せても、既に加工済みのアイテムから元には戻せない。リバースエンジニアリング不可。これは厳しい。

 まあ、実際の所は迷宮素材の精製の難易度は非常に高く……失敗するととんでもないことになるので日本でやるしか無いのだが。


 個人的には、魔力の乏しいこの世界では、迷宮アイテムが存在意義、自意識を保てず、内部から崩壊するのだろうと思っている。


 これが、日本が、迷宮産業に於いて他国に先駆けていられる理由の一つだ。そして、製造加工業は我が国民性に非常にマッチしている。その部分単体で勝負してくる国が存在しないのが、大きな証拠だ。


 まあ、日本以外のほとんどの国では迷宮からの大氾濫を上手いこと食い止めることが出来ず、経済が破綻し、社会機構が破綻してしまってるのが大きいんだけどね。 


 ああ、大好きなドラマ絡みで、大きく話が逸れた。取り敢えず現時点で判っていること、結論としては、日本刀、ロングソードなんていう、武器種の話ではなく。


 名人や一流技術者の手間と技、そして魂のこもった装備が「迷宮では殊の外強くなる」となっている。


 つまり、例外もあるものの、鍛冶師によって魂が込められにくい鋳造のロングソードは、数打ちの日本刀よりも格は低くなるのも仕方ないのだ。


 最新の情報によると、「江戸っ子ロングソード」のモデルになった中小企業による、鍛造の西洋剣も作られるようになってきている。そして、その強度は迷宮以後に作られた日本刀に迫り始めているようだ。


 それはひとえに、西洋剣にこだわり、命を賭けて剣を鍛える鍛冶師が育ち始めているからだろう。


 とはいえ。その前途は厳しいというのが識者の意見だ。伝説の剣、名剣と呼ばれる西洋剣は多いが、その作者は大抵、神だったりする。つまり、西洋剣で大業物に値する伝説級とまではいかないものの、ソレなりに強い剣を作るには、鍛冶を司る神に近づく行為を経る必要があり、人にあらずな修練を求められる可能性が高いのだ(とある迷宮研究者の説)。


 そもそも……日本人に純粋な一神教で敬虔な信者として徳を積むことは難しいんだよなぁ。


 自分の周りに何処にでも神様がいる……っていう考え方、真逆だからね。


 そりゃどうせなら、高く売れるし、刀鍛冶として地位も名誉も得られちゃう。ってことで、日本では日本刀に流れますよねって話。


 


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