0049:日本刀
「黒刃」なんとかの使っていた黒い刃の日本刀。呆気なくたわんでたなぁ~と、ふと思い出したのだが、あれ、日本刀じゃなかったら、もっと簡単に砕けてたのかもな。と思い直した。
やはり、侮れないな……日本刀。
迷宮で武器として非常に高性能なのが「日本刀」だ。迷宮では、所謂過去に名刀、業物と言われていた日本刀が特に秀でている。
理由は今もはっきりしていない。名人が命を賭して作ったので魂がこもっているからなんて、良く言われている。
日本刀は、長くなったナイフとでもいうような使われ方をしてきた。刀同士で打ち合うのは時代劇、チャンバラ、殺陣の世界だけだ(ああ、幕末という狂気の時期は刀が潰れることを前提にしていたかもしれないので抜かす)。
そりゃいざという時には当たってしまう事もあっただろうが、刀身の美しさも愛した日本人にとって、刀同士をぶつけ合うのはあり得なかったし、そうならないように技が磨かれて来たのだ。
つまり。日本刀は本来、他の金属製の武器と打ち合えない仕様なのだ。いくら、鍛造技術が粘り強く折れにくい刀身を生み出しても、同じ金属製の棒に当たれば、簡単に刃は欠け、刀身は捻れ曲がり、折れる。
迷宮出現後、警察特殊部隊、及び、自衛隊に多大な犠牲を強いて確認された重大な真実。
迷宮内では銃火器等の現代兵器が使用できず、剣や弓などの「人力主導による」武器しか有効な攻撃手段がない。これはもう、現在も変わらない、迷宮のルールのひとつだ。
近距離は物理武器。初期はサップ、ブラックジャック等と呼ばれる、縦長の袋に砂等を詰め込んだ鈍器が非常に重宝された。ゴーレムや甲殻系の魔物、固い敵と戦う際に、属性的に鈍器でないとほぼダメージを与えられなかったのが原因だったりする。
遠距離は主に弓だ。特殊ゴムを使用したスリングショットはギリギリいけたが、巻き上げ機能を装備したボウガンは使用不可だった。ちなみに吹矢も使える。スリングショット、吹矢は現在でも愛用者は多い。
迷宮初期は当時の軍属の最新装備から使用出来ないモノを省いた装備から始まっている。
自衛隊の精鋭が迷宮装備としたのは、サップに長めのハチェット系の短刀。ナイフ。スリングショット。だったかな?
そこに……多分、「鬼斬」の様な
これが許されたのは、その人の技が確かだったのと、この頃は迷宮に行く=決死隊であり、命を失う可能性が高かったのだ。どうせ死ぬなら愛刀と共に……という意味で、特例で許された。
そしてそれが一つの結果をもたらす。
彼の先祖伝来の愛刀は……凄まじい斬れ味、強さを示したのだ。
別に名のある大業物だったわけではない。茎(なかご)に刻まれたのは作者名ではなく「〆」。その後「〆刀」と呼ばれることになる無銘刀だった。江戸時代から続く名家、その家に伝わる伝家の宝刀。加速器質量分析法による製作年代の計測では1200年代(鎌倉中期)の作ということが判った。所謂、古刀というヤツである(現在も伝わっている日本刀の製作の技術は江戸時代中期位に確立した新刀のもの。江戸以前の古刀の作成方法は失伝している)。
この時の探索で、その隊は他に比べて、戦力比20倍という異常値を記録した。そのほとんどを前衛として斬り込んだ日本刀「〆刀」が稼ぎ出していた。
しまいにはこの時、標準装備とされていたハチェットを容易く斬り落としたという。
だが。迷宮探索初期は、当然、日本刀が実戦投入される事は無かった。値段がかなりお高いし、手入れも大変だ。というか、そもそもコスパ的に考えて、実用可能な本身の刀……など存在しなかった。当時は刀は芸術品であり、許可の無い単純所持も銃刀法違反だったのだから。
迷宮初期、実戦では最もシンプルで武骨な鈍器や、槍の様な長物の方がコスパ良く安全に使えると思われていた。
その傾向は数年続いたが、探索者制度が制定された位から、迷宮に、日本刀を持ち込んで活躍する剣道、剣術経験者が増加した。彼らの中で「日本刀最強説」が捨てきれなかったのもあるが、実際に迷宮での実戦で異様に強いのだから「少々金が掛かっても」仕方ない、というジワッとした噂の浸透、流れもあったようだ。
別に銘刀古刀大業物でなくても、新刀、現代刀であっても、人の手によって鍛造された刀であれば、他の刃物、武器と明確な差を感じることが出来たという。
さらに「剣豪」目加田真司郎の活躍も大きかった。元々学生剣道の日本一で、剣道四段。探索者となった彼は、ランキングを上げ迷宮無念流を起こした。それがメディアに取り上げられ、大きく認知される事になる。当然、日本刀最強説論者たちは挙って入門し、業界に日本刀ブームが到来。剣道経験者の多くが次々と探索者となったそうだ。
西洋の剣や剣技は剣同士、剣と盾で打ち合う事を「ある程度」前提にしている。そのため、打ち負けない強度と質量が必要になるのだ。
にも関わらず、「黒刃」とまともに打ち合えば、俺の「切断」君はぼろぼろにされただろう。日本刀とロングソード、形状も、そもそもの質量が違うにも関わらず、だ。
迷宮出現以前に本物の、生粋の、中世から伝わる技術を継承した西洋武器職人など、本場EU圏にもほぼ存在しなかった。当たり前だ。サーベルの様な儀礼などで使用されていた軍用装備ですら、一部の保護された鍛冶工場で作られているに過ぎなかったのだ。残されたのは観賞用の美術品である。中にはそれらの鍛冶に携わる者が、趣味で製作したことはあったかもしれない。だが、実際に使用可能な業物と言えるロングソードの製法は文献以外ほぼ失われていたのだ。
とはいっても。本物が作られ、使われていた時代は、反射炉すら無かった。剣は、鋭利な青銅や鉄の細い板でしか無く、それ以上ではなかった。
人に使いやすい形にするため、溶かせない金属の棒を熱して、叩き、形を整え、刃を磨いだ物でしか無かったのだ。
それは鍛造と言うには余りにお粗末で、乱暴に扱われる事もあってか、ほとんどが、あっという間に錆落ち、朽ちて失われていった。
そして、溶鉱炉の改善が行われ、金属、特に鉄を溶かす事が可能になり、高性能の鋼鉄で、様々な鋳物が造れる様になった頃には、剣は武器界の主流装備では無くなりつつあった。産業革命に向けて市場形態も大きく変化する。身分制度や職人ギルドが消え、国の概念が変わっていった。金にならない技術の継承など行われなくて当然だろう。
西洋で、いち早く様々な銃器が進化する事になったのは誰もが知る事実である。
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