0042:順番

 本来の詠唱……


「敢然たる防護の神フェリエニウスに捧ぐこの魔力は、兼ねてより思い続けた我が思いの全てであり、愛おしき貴方への賛美に過ぎない。その代償を我に背負わせたまえ」


……枕詞だけでこれくらいの長さになる。本物は古代語で綴られるこの文言。翻訳して意味が分かるようにすると……中身は非常に恥ずかしい。


 うん。


 実は詠唱とは、基本、それを守護する神への告白なのだ。そんなモノを人前で唱えられるのであれば、もっとちゃんと話が出来るようになっているハズだ。まあ、実のところ、日本語のみでどうにかなるようなモノでは無い。


 俺は本来の詠唱をどうにか日本語に変換出来ないかと工夫をして、覚えていた詠唱を日本語に翻訳し、それをさらに短縮圧縮していくことで、何とか二文字に意味を込めたのだ。詳細を知らずに短縮した単語を使用しているのと、詳細を知ってそれを短縮したのでは、術の効果が大きく変わる。そしてそれはなんとか成功し、形を為すに至った。


 本来の効果を伴った術が……付与術が次々と俺の体にまとわりつく。着実に……自分の力が増加していくのが判る。幾種類もの効果が重なっていくと、まるでどんなモノでも掴めそうな、万能感に包まれていく。


(こ、これは……)


 甲田さんが俺の術に気付いたようだ。うん、多分、彼は魔術士としての才能が在る。俺の使った術の質が……自分の知っている魔術と言われているモノと根本的に違うことに気付いたようだ。彼もランキング上位の他の探索者と同じ様に、強引に、付与系の術は使っていた様だし。


 まあ、それは後で良いだろう。既に「黒刃」も、無惨に引き千切られて喰い散らかされてしまったようだ。


 次は俺たちの番だとばかりに、ゆったりとこちらをねめつけてくる。が。この段階でやっと俺に、いや、俺の魔力に気がついた様だ。安易に襲いかかろうとしていた足が止まる。


(さすが……畜生にしては本当にレベルが高い)


 お! お! こ、これはさらにイイ感じで……言葉が自然に、伝わったんじゃ無いか? 甲田さんに! 他人に! こりゃスゴイ! やはりか! 俺の欠点というかコンプレックスはともかく、純粋に意志疎通という意味ではこれで解消可能なんじゃないか?


 まあ、探索者限定で、しかも迷宮でパーティを組んでもらわないとって考えると、日常生活には支障があるので困ったもんなんだけど……だめか。どんだけ難儀なんだよって話ですな。


 って、あ。そう、そうですね。また怒りのイメージが伝わってくる。三度目、ね、そうだね。うん、すまん。ごめんなさい。喜んでる場合じゃないですね。ですよねー。


 ま、マジメにやります。手負いの甲田さん的には一大事って感じですからね、ええ。判ります。自分よりもランキング上位の二人が目の前であっさりやられてますものね。はい。生死の瀬戸際ですよね。


(ごめんね)


 と可愛らしく、語尾にスタンプを付けたようなイメージで返しておいた。


ギウウギギギギギギッギ


 軋む音。余韻と共にギシギシと低音が響くのは、重厚な金属のようなモノと金属が激しくぶつかり、その後、力比べのように押し合っているからだ。


 って、片方は純粋には金属ではない。レッドの分厚い3本の爪だ。それが俺のロングソードを絡め取ろうとワキワキ動いている。


 まあ、術を付与する前なら一瞬で勝負は決まっていただろう。


 でも押し負けていない。その事実が驚愕だったようだ。慎重で、決着が付くまで気を抜かないタイプであろう甲田さんだが、「さすがにこれは死んだ」と諦めていたためか、一瞬、完全停止した。


 まあ、俺の方も、そこまで余裕が有るわけではないので、意識は真紅狂熊クリムゾンマッドベアに向いたままだ。野郎、瞬発的な力が互角だと分かったその瞬間に、継続的な力比べに切り替えやがった。


 なんという状況判断能力。さすが、高レベルは伊達じゃない。戦闘に関する経験、知識、センス。どれも一流なのだろう。


(が……)


 魔物は所詮獣。それらを統合して、戦闘全体で状況判断は出来ない。実に勿体ない。場面場面ではベストでも……過去の状況を思い出せれば、俺が今、どんな攻撃を繰り出せるかは想像出来るはずなのだ。


 必死で絡め取ろうとしているロングソードから、一瞬、手を離す。拮抗していた力が行き場を失い、たわんだ。


 つんのめった体勢で顔を突き出した。目の前に迫った、だらしなく開いた口の中に、思い切り、右ストレートを叩き込む。


 まあ、そのまま、口を閉じて振り回されたら、幾ら術で強化済みでも引き千切られてしまうだろう。なので、突き入れた瞬間に拳を戻す。当然、大したダメージは与えられない。さらに間一髪で顔面に蹴りをぶち込み、距離を取った。ロングソードも左手で回収済みだ。


 勢いが削がれたが、大したダメージになってない事に気付いたのか、改めて俺に向き直る。


 だが。

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