0040:見せしめ
「あがああああああ」
吠えたのか、叫んだのか判らない、絶叫が、広間に響きわたる。
ああ、
で、そのクリムゾンが、「戦鎚」のはらわたを食い千切って、それが口からはみ出しているのか。
うん、そうだね、これはキツイ。その行為は魔物にとって次はお前だと、マーキングしたぞという意味になる。さらに狙われた方も次は自分の番だと、理解させられてしまう。人を喰らう魔物は意図してか、これを良くやる。戦う気を折るにはかなり有効な手だ。
「黒刃」は取り乱しながらも、突きを繰り出した。悪くない。というか、現時点で彼の武器なら、最善手と言って良いだろう。
ゴギンッ
だが甘い。奴の反射速度を測り切れて無かったのか? それとも目の前で喰われる仲間の死を引きずっているのか? 詳細は判らないが、踏み込みは確実に足りなかった。鈍く低い激突音と共に黒い刃の日本刀は、レッドの額にある、角のような部分とぶつかり、たわみ、「黒刃」本人が吹き飛ばされてしまった。
うーん、何だあれ。腐っても迷宮産素材を使用した新金属製の日本刀をたわめて、歪ませてしまった。それを受け止めたのは、額に生えている角だ。確かに頭蓋骨は、脳味噌を守るために強固にできているとは聞く。あのクラスの魔物なら、身体強度もかなりのものだろう。だがコレはそれにしても、だ。角ってそんなに強いんだっけ?
いや……吹き荒れる嵐の様な状態に翻弄されてしまったが……今のは魔術……積層構造化した盾系の魔術か。それをピンポイントで角の周りに発動させたのか。人外のクセに珍しいモノを取得し、行使出来るものだ。
つまりは、アイツはあの速さで動け、人の身体なら一撃で千切れる豪腕を持ち、その上、小細工も可能。万能か。なんだそりゃ。
(逃走?)
甲田さんから伝わってくる。まあ、それは当然、無理だ。俺のやった傷。まだ治ってないでしょ。そもそも、クリムゾン……基本の行動速度がとんでもないし。
(逃走不可。様子見)
あ、あれ? そういえば。甲田さんの真似をして、簡潔なセリフを思い浮かべて発してみたら、どもったり、詰まったりせずに、普通に伝えられてるんじゃないだろうか? こ、これは感動だ。そうか、俺はパーティ会話ならば、そこそこ普通に他人と交流出来るのか!
筆談で、とかもチャレンジしたのにダメだったのに。目の前にいる人と交渉するっていうのがダメになる条件なんだろうか? 良く判らないな。
教習所の仮免での迷宮パーティ実習の時は……あ。女子がいて、緊張して、ただただ頷くマンだったのと、パーティ会話は試験に関係なく、探索者になってから徐々に慣れていくものだからと言われて、適当に流したのだ。検証する暇なんてなかったな。忘れてた。
これはスゴい。と、自分にとっては凄まじく重要な事でも、他人には、全くそうでないという、現実で非常に良くあるすれ違いをリアルタイムで体験しつつあった。
オーケーオーケー。ごめんよ、甲田さん。確かに「今」パーティ会話にあふれ出る様に歓喜を振りまく必要はない。うん。その通り。その目、怖いから止めて。
では。
お詫びではないが、良いモノを見せようと思う。特別だよ? 内緒だよ?
探索者というか……腕輪を装備し、それなりの期間迷宮で活動してる者の多くはレベルアップする。そして、個人差は大きいのだが、レベルアップして魔術を「使える様に」なる。
実際、中でもそこにロマンを感じたり、向いていると思った者は特化して訓練に励み、魔術を自らの武器に選んでいる。
現時点で魔術士として生計を立てている探索者もいる。数こそ多くは無いが、頑張っていると思う。
市販されている手引き書や、研究論文なども読んでみたが、自力で検証し、さらにお金になる様な行動をする、頑張るにはヒントが少なすぎだ。物理的な……それこそ、剣術なんかは廃れていたとはいえ、地球の文化の中で育まれていたものの一つだ。だが、魔術は……迷宮以前には空想の中にしか無かった、認識されていなかったわけで。いくら日本がその手の……異世界系文化に優れているといっても、たった数年で魔物と戦えるレベルまでキチンと実用化するなんて、そんな無茶なって話だ。
「魔術の実例」は、そのほとんどが東京湾大規模テロから始まった、迷宮発生直後の混乱の中、「無名勇者」が使用していた術、呪文を参考にしている。ハッキリと……魔術が実働し、映像で資料として残っているのはこの時しか無いのだから仕方ない。
さらに魔物たちが使う術を見よう見まねで、「魔物に使えるのなら……」と、手探りで取得し、鍛錬と研鑽を重ねた結果だ。
その努力はスゴいと思うし、魔物を倒す実戦レベルまで鍛え上げたという事実はさらにスゴい。無条件で尊敬に値する。
このまま……あと数十年もすれば、魔術は格段の進化の結果を見せてくれると思う。問題は、あと数十年も迷宮が「今のままであってくれるか」だ。
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