0038:仕掛け
「おいおい、引きっぱなしってのは無しだろう。つまらん」
「賢いですよ、我々二人に対して手練れの方は手負いなのですから。彼がルーキーにしてはやるとしても、ガードを固めて隙を付くしか手は無いでしょう」
甲田さんは傷を庇う様に戦鎚をいなす。横目で観察するに、こいつの速度はそこまで速くない。いや、ここ最近の格上との戦いで、レベルが大きく上がったのかもしれない。これなら、熊の方がまだ脅威だったと思う。
フェイントとはまた違った余計な動きが、甲田さんにも余裕を与えているようだ。これならダメージを負った状態でもどうにかなるか。
で、俺の相手は必然、黒刃なのだが、なんていうか、ネチネチと追い詰めるのが戦闘スタイルなのか、一気に攻め込んで来る気配がない。正直、分析の時間にさせてもらう。
余裕が出来たという事で、あまり性能はよろしくないが回復の魔術を甲田さんに飛ばしておく。あまり集中せずに使えるレベルということで効果はお察しなのだが、何もしないよりは確実に良いはずだ。
(……?)
甲田さんからなんていうか……戸惑いの感情が伝わってくる。そうだね。あり得ないからね。こんな形での回復は。なので戸惑っている感じか。
守勢に回ると甲田さんは強い。攻めあぐねながらも、戦鎚は無駄にしか見えない攻撃を続けるしかないようだ。というか、そこからの小技というか、チクチクするような戦術パターンは持ってないのかな?
「10級……じゃねぇな?」
「ああ……立っていられるワケが無いしな」
ぷっ
「くくく、ランキング54位と58位が揃っていて、これだけ戦って私以下の感想ですか。情けない。分析能力は二人で89位以下とは。勇者様も不出来な部下を持つと苦労しますね」
「ちいっ」
戦鎚は苛立ってるのがハッキリと判る。これまでも無駄に荒かったが、それがさらにパワーアップした。よく、その順位まで来れたな……この人。
そして黒刃の構えも若干崩れた。戦鎚と同じような苛つきなのか、戸惑いなのか。しかし……未熟。何故この程度の事でグラつくのか。戦闘中だぞ?
腕前からしてレベルはそこそこ高いハズだ。鍛えてはいる。と思う。未熟なのは主に精神部分だ。確かにこれなら甲田さんの方がよっぽど安定していたし、戦い辛かった。
ああ、そうか。
(彼、彼らのう、裏ランク、は?)
(さあ? 参加したことがあるかも分からないし、私より上という事は無いです)
まあ、そんなもんか。探索者の表のランキングは迷宮局への貢献度で決まる。自分よりも弱い魔物を刈り続けていても、それが迷宮局に必要だと認められたら、確実に上がっていく。
戦闘面であまり有名ではない探索者が上位ランクにいる何てこともよくあるのだ。それこそ、判りやすく言えば、後衛、魔術士系の探索者は、前衛メインで考えられがちな「決闘」ルールでの戦闘概念に登場すらしない。当たり前だ。
残念な事に、それ以外に実力を計る物差しは現時点では見当たらない。そもそもこの世界にはレベルやパラメータ等のステータスの表示される「測定の水晶」または、類似の魔道具が存在しないからだ。迷宮の宝箱からも発見されていない。当然、その手の魔道具が作れないかと研究はされているみたいだが、未だに産声は聞こえてこない。
過去
(そろ、そろ)
実は結構前に……さり気なく、小さな球を……BB弾位の大きさの球を「戦鎚」のブーツに叩きつけていた。同じ様に「黒刃」のブーツにも球をぶつける。
探索者の履く靴、ブーツは、大抵、安全靴と同じように固い素材で出来ているので、あの程度の球が当たったくらいじゃ何も感じない。
ブーツに当たった球は簡単に破裂し中の透明な液体が染みこむ。黒刃を避けながら、そこまでは見た。
強い風が吹いた。吹いたというか、吹き付けた。
そして、それは一瞬にして、まさにあっという間に、さっきまで俺たちが戦っていた広間を陵辱する。
グオウウ!
凄まじい風圧と音が。支配する。砂埃が舞い立ち、頼りない視界を塞ぐ。
俺以外は何が起こったか分かっていないハズだ。探索者たる者、彼らには大前提を忘れてもらっちゃ困る。
俺たちが戦っていた広間。元々は、俺がマッドノームさんたちと、激戦を繰り広げていた場所である。薄明るく視界が広がっていたのも、俺が出力を落として生み出した、迷宮に良くある発光石に模した光の魔術だ。
因みに、暗いこの階層の、俺が移動した後には尽くこの術が置いてある。それは当然、わざと置かなかった広間もあるし、目立つ様にかなり明るいモノを置いた所もある。光は効率重視で生み出したので、残留魔力で2〜3日は保たれる。
暗闇に浮かぶ道標。暗視能力が無ければ、大抵の探索者、例え何処かのエージェント、手の者でも、それを追いかけてしまう。必然的にこちらの思うように誘導が可能だ。
あの二人はパーティメンバーだった甲田さんのポジションを頼りに進んで来たと思うが、途中で迷ったり、寄り道したりしていないと思う。「黒刃」はその辺鋭そうだから、なんとなく気にしているかもしれないが、ものすごく楽に着いた位なものだろう。
何故そんなことをしてあったか……といえば。まさに、こういうときのためだ。
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