0034:身包み
「君は何者ですか?」
距離を取った「ゲイショタ」が呟く様に吐き捨てた。
「負けです。どうやって操作しているのか想像もできませんが、そこまで実力差が無い様に思えるのも錯覚ですね? 論理的にここまで、希望的な予測が出来ないのは初めてです。つまりは、君と私の間には根本的、絶望的な差がある。君には在って、私には無いモノがあるのでしょう」
それまで滴っていた血が止まる。このレベルになると、戦闘を終わらせて落ち着いて集中すれば、その辺の身体操作はお手のものなんだろうな。
それにしても……スゴいな。実力だけで無く、印象操作に言及して、俺に何か秘密がある事にまでたどり着いた。たったこれだけの時間で。引き際も見事だ。「鬼斬」なんて何も気付いてなかったのに。ってアイツは無理か。
「派手に血が出るにも関わらず、簡単に止まる場所を斬った、と。単純な実力差も計り切れなかったわけですか」
はぁ〜と、ため息を付く。不意に。構えが解かれた。
「本当に夏に免許を取った新人ですか? それに? 私が?」
やれやれなのか、ウンザリなのか。「ゲイショタ」は元々イヤそうに歪んでいる顔を、さらに歪めた。
「襲撃に敗北……ですから最低でも
はっ? と現実に戻った。
死亡→死体(この時、エクスポーションがあれば生き返ることが可能という噂)→死体からアイテムの回収が可能→五~十分程度で魔物の死体と同じように、死体は消える(迷宮に吸収される)→探索者腕輪とランダムで幾つかの装備品は残る→もしそのまま数日放置されれば、探索者腕輪と装備品も迷宮に消える。
腕輪は探索者が回収した場合、保存庫の中身の五割が回収者のモノとなり、残りが遺族に渡される。まあ、探索者に回収されなくても、発信器でも付いているのか、大抵、迷宮局に回収される様だ。
取りあえず、ヒーリングポーションを使って良いかという顔をしたので、頷いておく。
「なんですが。依頼の時は極力モノを持たないようにしているのですよ。現金は銀行よりも安全かと重い腕輪貯金しているので二千万ちょいありますが」
いちいちポーズが気持ち悪い。なぜ、二千万の二を人差し指と薬指でやった?
「1度地上へ戻って、そこであと一億でどうでしょう? 自分のランクだと、それくらいが妥当か、少し多いくらいかと思うのですが」
あ? え? 一億?
年に何億と稼ぐ人間にしてみれば、賠償金相当と考えれば安いのかもしれないが、そういうレベルに到達する前、容易く命を落とす探索者という職の命の対価は非常に安いという。これも、雑誌の受け売りだけど。
とはいえ。至って普通の高校生に、億なんていうお金の桁は認識するまでに時間がかかった。
「納得いきませんか? まあ、こちらから仕掛けた以上、全押さえでも仕方ありませんか……」
全押さえは、全資産差し押さえの略だ。つまり、ゲイショタは1度破産する。
「い、いや、あ、あの、に、に、二千万だけででよ、よ、良いで。べ、別に、なさ、なさ情けをかている、わ、わ、わ、わけでなく、あ、えっと、あ、あ、あ、後はい、いらな、らないかわり、りに、こ、このけ、わ、わなにひかって俺を倒しそこね、ね、た、と、いうことに、してもらえま、ませんか」
「ああ、コミュ障っていう情報はそういう風になる事を指したのですね……」
呂律だけでなく、若干思考も鈍くなる気がするからな。言葉を口に出すだけで全体が処理落ちするというか。そもそも考えただけでちょいボーッとする。個人的には、通常の撥音系の病気、障害とか、現代病であるコミュ障とも違う種類……「呪い」の類じゃないかと思っている。ステータスを表示し、確認する術がないのでハッキリとは判らないが。
「それにしても、要らないというのは……どういうことですかね?」
「め、目立ちた、たくない、ないので。後、あ、あ、貴方クラの人を、を、口、く、くち、くち、口止めするには、そそ、れくらい、か、かか、かかる、で、は?」
「は? ルーキーが、しかも十六歳の子どもが、私を倒した事を自慢したくないとでも?」
「え、ええ。な、何より、あ、あ、貴方も、な、何かとひ、ひひつよから、こ、こんない、依頼をう、受けたのでは?」
ちょっと不思議だったのだ。「裏」の49位なのは今日初めて聞いたが、彼は表のランキングでも常時100位圏内、確か今は90位くらいだったか。の強者だ。これは日本全国で、いや、いまでは世界で100位以内ということで……公的な仕事であれば選り取り見取りのハズだ。正直、熟練の技、判断能力も高く、頭も良いと思う。
探索者は本物の脳筋なヤツも多い。そのタイプはどんなに強くて、順位が上でも、誰かに使われている事が多い。が。彼は間違いなくそのタイプではない。
俺は、名前、通り名、好む戦法、使用武器、装備、有名エピソードくらいは、上位探索者であれば確実に押さえている。最近ではすっかり廃れてしまったが、サッカー好きが世界の有名サッカー選手を軒並み覚えていたのと一緒だ。憧れてる業界だしね!
その覚えている「出来る」探索者ランキングリストの中に彼はいたのだ。
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