0033:老獪

「くっ……何を」


 まあ、でも。速さと技術に特化した結果。持久力は相反する。迷宮のせいでレベルアップしているからこそ、この細い腕にここまでの無理をさせても「耐えられて」いるのだ。

 俺とのレベル差が何十倍もあれば、為す術無かった、蹴散らされていたかもしれないが、既にこの辺のトップ探索者たちとの差は三倍は無いとみている。

 

 そもそも俺は、幼少時、独力でレベル上げをしていた。魔力総量アップはその頃から心がけている。


 そのおかげで魔力の存在が感じ取れる場所=迷宮なら、最初から全属性の基礎魔術を扱えた。それは、基本的な能力の底上げにも関係してくる。そしてさらに、戦闘スタイルにも影響している。


 戦闘開始時から、全力でいくのが彼の戦闘スタイルらしいが、俺は違う。というか、迷宮での俺は違う。


 現時点では必殺技の様な強力な一撃が繰り出せないからこその苦肉の策なんだけどね。それこそ、顎を貫くストレートパンチで、一発KOとか格好いいけど。そんな、急所らしい急所なんてこのレベルの相手が触らせてくれるわけがない。


 ということで、豊富な魔力総量を惜しみ無く使い、基礎魔術の中でも肉体強化系の術全種を少しずつ使い続ける。


「ちっ」


 苛立ちを隠せないようだ。多分、自分がやりたかったことの別パターンを目の前で見せられている、やられてる感じだろうし。しかも、徐々に力を入れていってるっていう技術だと思ってるだろうし、こっちの方がスマートだしな! 


  基本的な能力を底上げし、長期戦に持ち込む。徐々に魔力を注ぎ込み、自分も気持ちを上げていく。


 このやり方なら、一撃で意識を刈り取られなければ、まあ、どうにかなる。多分。これまで魔物相手にはどうにかなってきた。

 多分、探索者にこの手の長期戦を好む者が少ないからか(地味だしね)、何か奥の手が隠されてるんじゃないかと勘ぐってくれるハズだ。

 

 というか、そもそも、付与系というか、強化系の魔術……あまり使われていないのは間違い無いと思う。一部気がついて……って位のレベル? 


 探索者の各地の迷宮レポート……月刊エクマガの人気企画だ。アレを読んでいると、何か極秘案件を隠しているという雰囲気は感じられない。前衛系の魔力持ち、さらに魔術の素質持ちが、火事場のバカ力的なスキルと勘違いして、なんとなく使っている気がする。


 体系立った強化付与術の解析は「まだまだ」行われていないのだとしたら。幾ら高レベル探索者でも長時間ラッシュを仕掛ければ、疲れ、動きが鈍くなる。まあ、鈍くなるといっても、若干、行動が荒くなる程度なのだが。


 それで十分だ。


ジッ!


 擦れるような音が聞こえた。彼の装備している防具……篭手と腕ガードの隙間にロングソードが入り込み、左腕、肘の上内側に浅く切れ込みを入れた。

 一瞬の間。当然、大量の血が流れ出した。赤……いや、迷宮洞窟の薄暗い広間では黒い液体が流れ落ちているようにしか見えない。


「はっ! はは! こんなにアッサリ、切れ込みを入れられたのなんて何時ぶりだろうか? それほどか!」


 荒くなっていた行動が、一瞬で正される。そしてその瞬間、仕掛けてくる。


 ああ、スゴい、この期に及んでまだ、自分がやられた隙を分析し、戦闘中に修正を行って、さらに仕掛けてきたのだ。浅いとはいえ……放置しておけば、失血死しておかしくないくらい深く、刃は食い込んだ。


 それでもなお、挑み向かって来るというのなら、こちらも受けて立とう。さらに強固に魔術を強化し、細心の注意を払って、攻撃を受け止める。


ギギギギッ


 カットラスは鍔迫り合いというか、刃を合わせるような剣じゃないしね。なので、その上からトンファーもどきで押し込んでくる。

 

 うん、無理だよ。その粗さを押し通すならもう少し腕力に頼ったスタイルに切り替えて攻めてこないと。というか、そもそも、その剣で「俺」に激しく攻めるには少々軽すぎる。俺も同じ様な片手剣装備だったら……うーん。どうだったろう?


 そして。


 一見ラフになった様に見えるが、今のは巧妙な、誘いだ。傷を負わせた俺が、ここぞと攻め押す事を想定して、罠を張っているのだ。まがりなりにも「裏」ランク49位。ここからの返し技が無いわけがない。

 というか、多分、それを狙わなければ……もう、打つ手がないのだ。積極的に撃って出ず、受けに徹せられてしまうと……血が足りなくなる。


 さすがに戦闘中にポーションを使おうとしてくれば、それは潰すよ? 当然だ。


「君は……つまらない……いや、老練にして厳正、臆病で慎重、故に頑強にして堅牢。私の今の実力では疵一つ付けることも出来ませんか。それにしても本当につまらない……ふう……」


 冷静であろうとしている。失われる血液。不自由になりつつある身体を精神力で押さえ付けて。


 多分、自分の未来が見えたのだ。俺はここまで派手な技を使っていない。なのでそこに自分の力を合わせて考えると、異様に先行きがハッキリしてくる。


 残念な事に理解してしまったのだ。自分が詰んでいることを。




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