0032:邪道の剣
右手に中剣。短剣よりちょっと長い西洋系の剣を、商品分類的に正確にはそう呼ぶ。形状的にカットラスとか、その辺か。左手にはトンファー? の様な角材の様な。見たことのない形状の短杖系の武器を装備している。闇に溶け込む暗色の忍者系上下装備は中に音を立てない帷子が編み込まれているようだ。高そうだな、それ。
あらかじめ、俺の周りには暗めの灯りの術を発動してある。暗闇でも普通に動けるのは、なるべく知られたくない。こうやって戦ってしまったら相手にはバレるだろうけど。
灯りの範囲に入ってきた時だけ、装備や、奴の影が浮かび上がる。
陰湿サディスト「ゲイショタ」甲田。キモショートソード、汚い剣使い。速度重視で、正統派な戦い方をするわりには人気の無い上位探索者である。まあ、さっきので全てが判るか。
骨張ったまるでスケルトンの様な容姿。身長は……二メートル弱、手足が異様に長い。不細工とか言うのなら、まずは自分をどうにかしろ。細かい動きがどこか怖いぞ。
しかし……攻撃、戦闘技術はさすがだ。頭おかしい位、正確で確実に致命傷を狙える部位を斬りつけてくる。その剣尖に迷いはなく二重三重に追いかけては消え。消えては再度、繰り返す。
ある意味、気持ち悪いけど美しい。容姿含めて、本人はとんでもなく残念だが、その身に付けた武威は確かなようだ。
「君……苛つきますね」
まあ、そうだろう。ヤツの様な回転で攻撃力を稼ぐタイプは、圧倒的な速さで、既に仕留めてなければいけない時間だ。俺の様な雑魚にこんな手間を……と、思っちゃうんだろうな。
「ふむ。修正しましょう。君は受け身、回避だけであれば、一流。その実力は探索者免許を一カ月前に取得した、初心者マーク付きのペーぺーではないわけですね」
うわっ。仕切り直しやがった。くそ、さすが、腐っててもランカー。気持ちの切り替え早ぇ。
「何か上手いこと罠で仕留めたんだと思っていましたが。彼らが為す術なくやられるはずだ。10級? 十六歳? 間違いなくランカーレベルじゃないですか。日本もまだまだ広いということですね」
そうか、聞いてないのか。じいちゃんとか家の事とかは。ということはコイツ、捨て駒として良いように使われてるだけだな。
! というか……元々知らない? こいつに依頼した組織も、「鬼斬」が言ってたことを知らない? そう考えれば昨日のヤツラの甘さっていうか、気の抜け具合も理解出来る。
「ゲイショタ」の剣が角度を付けて、さらに複雑な動きを加えてくる。このためのカットラスっ! この複雑な形状の剣は、俺の剣を絡め取ろうとしてくる。
剣の強度的には確実に、ロングソードの方が分厚く固い。その分重いのだから、当然だろう。それに合わせて剣速も遅い。なので、片手武器の使い手は両手武器と戦う際には、盾を巧く使うか、スピードで避ける事になる。
だがこの剣は、それらの一般的な戦法、剣法とひと味違っている。
まず、ヤツは、俺の一撃、ロングソードの一撃を片手剣で受け止める。前述した通り、物理法則的に受け止められるはずがないのだ。質量差は如何ともしがたい。だが、避けるだけでなく、受け止める。たったこれだけだが、大きく違う。そうして出来た隙間に、変形トンファーを無造作に振り切る。
さらに、ヤツが気持ちを切り替えて以来、ロングソードを受け止めた後に、カットラスが余計にしなり、たわむようになっている気がする。
撃ち合った直後に、嫌らしい粘りを感じるのだ。これは、俺の事をどうこう言う資格は無いと思う。本当の意味で対戦相手を苛つかせるのは、こういう戦い方だろう。ワンテンポの半分の半分の半分。格闘ゲームとかでいえば、数フレームのズレ。これは少しずつ蓄積し、苛つき、焦りとなる。さらにそれらが結びついて集中力を低下させる。
長い腕、それに伴うしなやかな筋肉。広背筋まで稼働させた、身体全体で行う衝撃吸収。さらに、衝撃吸収しながらの武器へのチョッカイ。その動きの尽く全てがお構いなしで気持ち悪い。正直、尊敬すべき凄まじいテクニックであるにも関わらず、だ。
この手の卓越した剣の技術は、舞と称されることもある様に、すべからく美しく、儚く、鋭い。研ぎ澄まされた技の逃れられない運命とでも言うべきか。
だが、目の前の剣技は部分部分はその辺を捨てる所から始めたのだろう。情けない、みっともないと言われながらも、不細工な動き。重ねた鍛錬が滲み出ている。
だが。その辺を理解していれば。こうしてトータルで見ると美しく見えるから不思議だ。パーツは醜くても、組み合わさり方が卓越していれば、総合的には見た目の感覚なんて超越するのかもしれない。
ああ、「ゲイショタ」……いや、目の前の熟練の武芸者は、どれほど、どれだけの時間をこれに注ぎ込んだのだろうか?
日々を訓練に、鍛錬に己の全てを投げ出す。
通り名や噂、ネットの書き込みからすれば、変態で、蔑まされるような噂ばかり伝わってきていたが……なかなかどうして。これは侮れない。本当に侮れない。厄介だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます