0020:搦め手
「ちいぃ!」
振り回しを細かくして、素早い攻めに転じる。悪くない作戦だけど~まあ、それもどうにでもなる。かな。避けられるし。
それにしてもこちらからは決め手無しだものなぁ。素手ですよ、素手。間合いが違い過ぎる。
まあ、こうして挑発していれば、若干荒くなるからね。真藤さん。もの凄いイラツキ度。良くこの人……副長になれたな。
そもそもね、高校生に何を期待してるんだろね。無理だって。得物無しで武専レベルに攻撃するのは。自分でもそれが判って仕掛けて来たんでしょうに?
まあ、ここまでの実力者だもの……過去、こんな風に避けられたことないんだろうなぁ。ムキになりすぎ。やだなぁ。
今日は熊に始まり、なんでこんな連続で絡まれてるんだろう。しかも厄介なんだよなぁ。諦めないから。この手の人。とはいえ、サクッとやっちゃうわけにはいかないし。
公務員、しかも元警察、いや、警察からの出向組かな? 現迷宮局討伐部討伐課三番隊副長。公的な信用度とか発言力とか向こうの方が完全に上だしな。
って同じジャンルの武道をやってて普通の高校生が大人に勝てるのは、一部の実力者のみでしょ。しかも、探索者の場合、能力の底上げが行われてるわけだし。
あ。そうか。この人……こんな性格だから、この実力なのに副長なんだな! 判ったぞ!
過去にもいろいろと問題を起こしてるな? 過剰な可愛がりとか、過剰な拘束とか、過剰な手が滑って叩いてしまったとか。アレだ。取調室の可視化で備え付けられたカメラの死角を利用して、さりげないダメージを与えたりしてたんだな? きっと。うん、絶対にそう。決定。
右から……金属刀が真横に不自然にスライド? それまで流れるかのような太刀筋が、一瞬ギクシャクと、タイミングがズレる。ガクッと落ちる。なんだ、その動き。気持ち悪い。
しかも、今度は逆! うはっこわっ!
必死でしゃがんで避ける。髪の毛が数本、持って行かれたのを感じた。今の、どこかの流派の奥儀じゃねぇの? 明らかにおかしかったぞ? なんだ? 腕の……いや、持ち手を一瞬だけ逆にしたのか? なんだ? 関節を自分で外した? その軌道。手品か。こんなの通常の剣道、剣術の太刀筋になれちゃってたら、絶対に避けられないじゃねぇか。汚ぇ。
この金属木刀、伸縮する特殊警棒と同じ作りになってるので、鍔が存在しない。なので、無刀の際に敵の武器を持つ手元を狙う技を使おうにも、キッカケが掴みにくい。というか、むき出しの方が難しい。その辺判ってるからか、さらに握り手を狙われないように、意識しているし。
まあ、向こうもいつも使ってる獲物とは違うから、若干不慣れが感じられるので良いんだけど。
「てめえ……何してやがる?」
あ、ばれた。なーんてね。何もね、出来ないふりだね。ふう……うん。やっと効いてきたかな?
「くっ」
真藤さんが膝を付いた。これだけ時間をかけてこの程度か。普通なら末端から、あっという間に痺れて、既に喋る事も出来ないハズなのに。
スゴいなぁ。幾ら警察鑑識のチェックで検出できないレベルの濃度とはいえ、うち秘伝の麻痺薬が効くのにこんなに時間がかかるなんて……。象か? 恐竜か? というか、探索者……高ランクの探索者には自慢の薬もこの程度と認識しないといけないな~。
さらにこの薬は俺独自の改良を施して、迷宮内で魔物にも有効という逸品だ。つまり……どんなに強化された冒険者であっても不用意に吸い込んでしまえば、身動きが不可能になる。
ドズン
肉体が投げ出される音が響いた。その辺の音は人間も魔物もあまり変わらない。
「では」
横たわっている「鬼斬」を一瞥し、何もなかった様に歩き出す。
墓地へ一気に静寂が流れ込み始めた。歩き去る俺の足音。それもすぐに聞こえなくなり、辺りは夜の闇と静寂で塗りつぶされた。……多分。
元々通常の帰宅時間から遅れていたのがさらに遅れたので、じいちゃんとばあちゃんには、怒られた。なので正直に、元武専が相手だったと言ったら、指導員如きに遅れを取るなとさらに怒られた。
いやいや、現在の迷宮時代、指導員がちゃんと、師範として血を被って戦ってるのよ? さらにさっきの「鬼斬」クラスは確実に、人を斬ってるし。今は一線を越えてるのは、じいちゃんたち闇の住人だけじゃないの。ね? と言いたいところだが……。
「う、うん、ご、ごめ」
と頭を下げてシャワーを浴びて、飯を食い就寝。おやすみなさい。
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