0016:運が悪い日

「ちっ」


 というか厄日か。地を転がりながらあうあう言ってるヤツの向こうから、ゆっくりと脅威が迫ってくる。


 ⁠⁠夜の闇、墓場に浮かぶ臙脂色の軍装。ああ、彼らの制服を軍とか軍服とか言うと、怒る人たちがいるんだっけ。


「綺麗なもんだ。筋のみ断ったか」


 何を物騒な。断ってねーよ。ネジってひねって痺れさせただけだよ。もしも裁判とかになったら大変だからな。普通の人には狙って出来ない事なら、無我夢中で〜が通用するから。


 軽装フル男はまだ呻いている。


グシャキ


 肉が踏みつけられる音。そして骨が折れる音。ぶくぶくと泡を吹いて、呻き声が途絶えた。右腕粉砕骨折、魔術で癒やさない限り、多分障害残るだろ。躊躇ないなー。


 余りの痛さに意識を失った様だ。静かになった。


「思い出してな。四条の名を。闇四条。徒手空拳で日本の裏を支配した一族。その血脈を統べる御厨流の当主、御厨宗三。潰された裏の組織は数百を超える。戦後最強最悪の拳鬼だ」


 じいちゃん……伝説じゃん。というか、現役の黒歴史ってスゴいなーバカにする気にならないもん。まあ、絶対何人か殺ってるとは思ってたけど。何人じゃなくて何十人、何百人なの? 組織が数百? そうなの? それはびっくりだ。


グキッ


 おうふ。また踏んだっ! 今度は重装フル男の……足か。足はブーツだから迷宮装備なのに! 膝から下粉砕って、一生松葉杖コースやないか。


「その拳鬼が、どこぞのガキを直弟子に取り、さらに才を見込んで養子にした。こいつは次期御厨流当主、さらに一世紀以上空白だった四条の宗主になるやもしれぬ、などと噂されちゃあ……俺のような喧嘩一筋の木偶の坊にゃ恋い焦がれちまうような存在よ。一目見て見てぇ。お姫さま、バルコニーにでも出てきてくれねぇかなぁってなもんだ。うめぇと評判の料理屋の前で指くわえて涎だらだらで喰えねぇ大御馳走だ」


 何言ってんだよ。こいつ、きもちわる。おしゃべりだな。というか、興奮、高揚して早口で話始めちゃってるよな。オタク系というか。やだなー食べられちゃうのやだなーどうせなら、綺麗なお姉さんが良いなぁ。高階様とかステキだなぁ。憧れるなぁ。


「その御馳走……いや、養子の……名は知らねぇが、姓は聞き覚えがあってな。まあ、迷宮に縛られた俺らなら絶対に忘れちゃならねぇ姓と一緒だからな。うん。幾ら俺がバカでも覚えてる」


 あぁ、クソ。こいつは穏便に収まらないよなぁ。


 本物の戦闘中毒患者バトルジャンキーだ。うちの門下にもいるもんなー。すぐそこで自分の職務的に大問題の緊急事態が発生して大変な事になってるっていうのに。


「こ、ここにいて、い、いんです?」


 いいんですか? だ、また、日本語をちゃんと言えてねぇ。


「俺の威圧に平然としてる10級。新人。16歳になった直後の高校一年。聞いたこたぁねぇな。いい大人……いや、あそこにいたほとんどのヤツが硬直してしばらく動けなかったし、その半分くらい……精神的に弱ぇーのは、しゃがみ込んだり、気絶したりチビッたりしてたっていうのにな。あそこにゃ6級もいたとか言ってたぞ?」


 ああ、しまった。少しは苦しい振りをすればよかったのか。


 あの時、お漏らしが泣いてて、テンパってたからなぁ。どうにも俺の中で「普通」の反応をしてしまった。だって、まあ、戦闘中毒患者キ○チガイバトルジャンキーの威圧なんかよりも、目の前で女子が泣いていることの方が重要だし、難易度高いだろ。どう考えたって。なあ、そうだろ? な?


「ということで、俺は今回の参考人に事情聴取するためにここまで出張ってきたわけさ」


「……」


 大嘘じゃねぇか。お前、俺が迷宮内の事件になんらかの関係してるなんて、これっぽっちも思ってねーじゃねぇか。目がさ。目が語ってるよ。殴らせろ、はやく殴らせろって。ガン決まりじゃん。面白いオモチャ見つけちゃったって顔だよね? それ。それしか考えて無いじゃねぇか。バーカバーカ。


ジャギュッ!


 夜の闇に半分融け込んでいる様な……黒光りする……多分、金属製の棒がヤツの手に形成された。特殊警棒の……太くて長いヤツだね。それ。材質も……うーん、なんか色が変だぞ。迷宮産っぽいなぁ。軽さに比べて強度はトンデモなさそうだ。市販品よりも妙に長い気がするし……迷宮内での自分の獲物に合わせてあるって感じかな。


 ちゅーか、こいつ、迷宮局討伐部討伐課討伐隊なんだからさ。公的に認められた暴力装置、まさにプロ中のプロじゃねぇか。プロ。魔物から一般市民、日本を守る正義の味方でしょ? それが普通の高校生、駆け出し探索者に喧嘩を売るかね。


 こちとら未成年だぞ? 何てことしようとしてくれてんだ。


 大門から外に出た探索者、迷宮外、地上世界では、


・技能は使用できない。

・魔術は使用できない。

・迷宮内で向上したステータスは、迷宮外でも若干向上する。


 これが現在の世界の常識だ。


 若干というのは……個人差があるらしく、向上値のの0.001~0.01%っていうのが現時点での最新データだったかな? 

 仮に「力」の能力値が5の人がいて。迷宮では力が2倍の10になっているとする。その場合、迷宮外では初期値の5に加えて、向上値が5(強化値ー初期値)の0.001~0.01%=0.005~0.05が加算されて、5.006とか、5.03なんて数値が期待される。と。


 まあ、余程の上級者、凄まじく成長している探索者以外ではほとんど誤差の範囲と捉えられている事が多い。


 けど。スポーツ界、格闘技界等では、この若干が大問題なわけで。迷宮発生後初期、探索者を兼ねたアスリートによる日本記録、種目によっては世界記録の更新が頻繁に行われて……後日、無効剥奪されるなんていう混乱を巻き起こした。


 紆余曲折あった結果、旧スポーツ界は迷宮からの断絶を選択して縮小傾向にある。


 日本では、探索者枠を新規に加えた新スポーツ界が続々と協会を設立し、地位向上を図っている。この手の逆境に揉まれている格闘技界は、探索者という新階級を設定することで積極的に取り込んで行く方針かな。


ビシュッツツツッツッ!


 しかし、副長だけあって……迷宮でかなり鍛えてるんだろうなぁ……。地上での挙動がおかしいって。迷宮ドーピングって言い得て妙。


  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る