16歳からの迷宮探索には「国家資格：迷宮探索及び魔物討伐、武器等所持限定使用許可証：通称、迷宮免許」が必要です ※全面改稿版

0015：軽装フル男

　腕力はとにかくスゴイんだろう。脚力、膂力というか、筋肉から生まれる力は凄まじいモノがありそうだ。だけど。人間にはどうしても鍛えられない場所が結構ある。

　例えば、いつもはルールや……面防具やヘルメットで守られていたであろう……顔。そんな風に低空で、さらに顔を突き出して突っ込んできたら。もう届くよ！　届いちゃうよ！　ほら！

メキッ……

「グブ」

　ああ……思いきり折れたなぁ。重装フル男の顔面、顔の中心部分、鼻に、肘が突き刺さる。右足を前に出し、低いタックル体勢のさらに下に体重を投げ出して、カウンター気味に突き刺さした。左足は石畳の端に引っかけて、体を固めてある。俺の方が背が低いからね。質量差を補わないと。

　一瞬だけ、俺の身体、関節を含めた姿勢自体を硬直させて、肘へ注力したことで、吹き飛ばされることもなく、ヤツの力を一点に集中して返却した。

ドウン

　一発かぁ。肘を撃ち込んだ瞬間に、掴まれちゃうかな……と思って二之手、三之手を考えてたのに。軽装フルがほぼ同時に襲いかかってきても大丈夫な様に。

　重装フル男が低い体勢のまま、下に沈む。うつ伏せに倒れ込んだ。

　命がけの戦闘で……フェイントも引っかけも無く正面から唯々突っ込んでくるなんて……。戦闘力にね、圧倒的な差があるのならね。そうかもだけどね。相手の力を知りもせずに……まあ、アレだ、地元じゃ負け知らずってことか。大学でもそうだったんなら、勘違いもするか。

「相田っ！」

　改めて軽装フル男が身構えた。そうなんだよね。とっさに出ちゃうんだよね。染みついたものが。

「てめぇ……古武術使いか？」

　おおー正解。

　さすが空手家。囓っただけでもそれ位は判るか。しかもその独特の構えは。

　⁠⁠フルコンでお馴染みの極東流をさらに進化させた、関節技有りの極東流万丈派か。未だに喧嘩最強を公言して憚らないバカ集団だな。誰にでも嚙み付く狂犬っぷりに、大抵の大会や団体に疎まれて表舞台ではほぼ活動の目が無くなってる団体だ。歩きながら構えを整えていくなんてアホな事を取り入れているのはあそこくらいだしな。実戦重視派。笑。

　武道……特に格闘技関係は迷宮発生後、学ぶ者が異常に増えた。男女問わず、ある程度実戦能力のある格闘技を身に付けようとし始めたのだ。今では子供から大人まで、大抵の人がジムや道場に通っている。そこにはスポーツと探索者の問題が絡んでくるのだが、それは今はいいだろう。

　なので、電車の駅前には大抵複数の道場が存在するし、住宅街に威勢の良い掛け声が響くのが日常となっている。騒音公害……等と言う者はいない。「もしも迷宮が溢れたら」その道場が防衛拠点となって、門下生が魔物と戦い守ってくれる可能性もあるのだから。

　現在では住みやすい町の評価項目にエリア内防衛指数も表示されるようになっている。

　数が増えれば当然、ピンからキリまで、新興の格闘技、武道の流派が乱立するんだよね。

ジリッ……

　さすがに相棒が一撃で伸されてしまっては、慎重にならざるをえないって感じか。さっきまで雑に構えていたのが、足を止め、すり足で丁寧に近づいてくる。

　うーん。喧嘩最強なのに、こんな石畳でゴツゴツしたところですり足って。まあ、ねぇ。訓練したのがついつい出ちゃうからね。本番って。馴れてないんだね。

「ふざけんな！」

　あっ。折角構えたのに！　折角の足さばきが！　普通に駆けちゃったら台無しだ。

　いやいや……歩法とか型って大切じゃないですか。どんな武術でも。それを……勢い付けて振りかぶって……身体の勢いごと殴る……ってそんな、全盛期のなんだかってボクサーみたいなこと。

　うーん。いやーそれな。なんで普通に、技とかになってないかといえば。避けられるからな。モーション見え見えで。アレだろ、パンチングマシンとか相手ならそれでいいかもだけどな。

　っていうか、その後の二撃目、三撃目も……メリケンサックの重さに振り回されてね？　ちゅーか、そもそも。連撃になってないよ。最近、稽古してないだろ、お前。身体泳いじゃってるのはどうにもこうにもだよ？

　延びた腕。丁寧に取って捻る。引こうとしても無理なんだなぁ。絡めちゃってるから。筋を強力に刺激して……うん。ほら。まずは右腕。

ピシッ！　カラン……

「くぐっ」

　もう、メリケンサックが握れないね。うん。そして左も……。

ガチャ

　落ちた所が違っていたのか、違う音がした。

「あああぁっ！」

　ちっ。仮にも武道家が叫（あめ）くなや。常にやられている自分を想像していないからそうなる。常在戦場。昔の人は良いこと言ったね。素晴らしい心構えだ。疲れるだろうけど。

　軽装フル男はよほど痛かったのか、地面をのたうち回っている。ああ、うん、まあね。迷宮装備をね、そのまま着てるからね。関節から極めるしか無かったからさ。手首。そして指。手の複雑な動きを司っている腱を引きねじった。切れて無いだろうけど、痛いだろうね。加減できなかったんだよね。こっちも。