0012:報告

 液晶モニターに俺の番号が表示されたのは、それから四十分程度過ぎた頃だった。黒い鞘に収めているロングソードを片手に窓口へ向かう。


 ロングソードの鞘は持ち手まで包むような、ケースと一体化しているタイプだ。これ、運搬時の安全性は高いけど……いざという時に柄の部分のベルトを外す必要があって2アクション必要だからなぁ。即応性は低いよなぁ。まあ、瞬時の対応にロングソードってのもね。無理があるんだけどね。


 窓口は遮音された個別ブースになっている。パーティメンバー……最大で6名程度が座れるようになっているので、探索者側は広い。一人だと特に広く感じる。手前の椅子にロングソードを置いて、自分は窓口前の椅子に腰掛けた。


「お疲れ様です。赤荻様。本日はお待たせして申し訳ありません」


 カウンター越し、眼鏡をかけた理知的なスーツ美女が頭を下げていた。この出張所で事務最強と言われている窓口のエース、高階「様」だ。

 圧倒的な処理能力で手続き時間が異様に速い。巣鴨迷宮の探索者で彼女にお世話になっていない者はいないだろう。荒めの探索者も多いのだが、当然、誰も逆らわない。


「あ、いえ、ぜん、ぜん、その。もんだ、なで」


「ありがとうございます」


 新米で、高校生で、まともに会話の出来ない俺にも丁寧な対応。さらにこの手の症状を理解して、様々な事象を上手く言葉で説明出来ないのをちゃんと捕捉してくれる理解力。憧れというか、もう、神に近い。俺が巣鴨迷宮に通う理由のひとつが彼女の存在だ。心の中で様付けで呼んでいる。


 よかった。彼女なら、今日あったこともキチンと伝えることができるだろう。この出張所の人は良い人ばかりなので、他の人でも別に悪いとかじゃないんだけど。短い時間で伝わりやすいのは断トツで彼女だ。


 黒毛狂熊マッドベアの魔石と、ストローパペット×5、ソルジャーオークの魔石を受付テーブルに並べる。


「こ、これは、さん、さんかい、ひが、ひががしで、ここ、ここかは、よ、よんかで」


「そう……ですか。3階層、地蔵荒れ地の東側で黒毛狂熊マッドベア……4階層の地蔵の杜のストローパペットの出現地域でソルジャーオークですか……。行動記録ログを戴いてよろしいですか?」


「は、はい」


 魔石の外見から見当を付けて、さらにスキャンで判断しているのか、その辺の事情察知も異常に早い。窓口のプロ過ぎる。


 右手に装備している腕輪の発光体が小さく明滅する。この出張所内であれば瞬時にアクセス出来るらしい。というか、勝手に読み取っててもわからないよね。これ。うん。

 迷宮局が勝手に情報を抜き出している……なんて軽い陰謀説みたいな書き込みも読んだことがあるけど、元々、探索者は免許取得時に「迷宮内ではあらゆる意味で管理される」ことに同意している。アレにサインしなければ、免許は発行されないのだ。


 というか、迷宮内の生物、魔物に対する権利などは迷宮先進国の日本でも、現在でも曖昧なままだ。国全体のルールも特別措置法によって制定されているが、毎年細かく訂正が行われている。


 不定な要素が多い迷宮で即応するには有効かもしれない。


 まだ発見されていないが我々人類と会話可能な魔物が現れたなんて時とか。


「確かに。有益な情報をありがとうございます。その対価ではありませんが、赤荻様にはお伝えしておきます。現状、9級から7級の……5つ、いえ、先ほど増えたようですね。6つのパーティが予定時間を過ぎても未帰還のままです。さらに。予定では今日の午後2時に帰還予定だったパーティの状況確認に向かったうちの者2人も未帰還のままとなっています」


「え?」


 マジデ? 迷宮局討伐部討伐課討伐隊……いや、この「出張所の」だから、討伐隊のヤツラではなくて、討伐課巣鴨迷宮警備担当係の……2人か。まあ、どっちにしろ、迷宮局の局員が行方不明っていうのは……思っていたよりもヤバイ。


「はい。なので、討伐課三番隊が既に突入準備中となっています」


 まあ、そうだね。うん。この東京都の24区北地区は大体三番隊の縄張りだ。何か不測の事態が起こったら彼らが出張るのが普通だ。というか、既に被害がパーティ7つか。


「よ、よん、4階層より、3階層の方が……あの、強いのが」


「ええ、そうですね……赤荻様の情報により、事態は非常に厄介なことになっている可能性が高いと想像出来ます。相変わらずご報告通りですね……行動記録ログ確認いたしました。とりあえず、今日はお疲れでしょう。帰宅されてお休みください」


「は、はい。た、大変で、でしょうけど、あの、がんばって、く、くださぃ」


 ……噛んだ。が。高階様は女神なのでそんなことで笑ったりしない。話すのが不得意なのを十二分に理解している。


「ありがとうございます。こちらこそ、重要な情報をありがとうございました。これを知らせるために急いで帰還されたのですよね? 対応が遅れて申し訳ありません。後日、貢献度を査定し探索者ポイントの加増がなされるかと思います」


「は、はい」


 彼女が信頼される理由はこういう所だ。さっきの発言も、行動記録と帰還予定時間などを分析した結果、異変の情報をとにかく急いで持ち帰ったという事が判るため、それに対する特別報酬が発生する、させるということなのだ。

 新人さんとか、普通の窓口担当は、基本お役所仕事しかしない。手続きは手続きのみだ。だが、彼女はその辺をキチンと理解した上で、自由業者である探索者をまとめ上げている。


 流行じゃない、過疎ってるとか言われながらも、巣鴨迷宮に潜る探索者がそれほど減らない理由は、彼女にもあるんじゃないだろうか? という俺予想だ。




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