0011:鬼斬真藤

「何をもめているのか」


 一瞬で⁠⁠張り詰める空気……いや、重くなる空気。主に物理的に。


 く。威圧。あ。周りの探索者たちが一斉にぐう……と声にならない悲鳴を上げる。ひでえ。というか、荒っぽい。

 こんな高性能の威圧を普通に振りまけるのは……まあねぇ。アンタだと思ったよ。うん。このエリアでこんな乱暴な事をするのはアンタしかいないからね。


「自分は、迷宮局討伐部討伐課の真藤である。探索者同士のもめ事は極力話し合いで解決するべし……知っているな」


 俺は「クソふざけんな」と思いながら(そういう目をしているとは思う)頷く。威圧の影響を受けて、まともに対応出来ていない軽装フル野郎もカクカクと首を縦に振る。


 そこに立っていたのは臙脂えんじ色のツナギ系軍服……の様な制服。腰には直刀。短めの髪に一見柔和な顔。開いているか開いていないかわかりにくい線目が特徴的だ。口元は基本笑みを浮かべている。

 威圧のせいでもの凄く大きく感じるが、実は身長は180センチちょいだ。軽装フル野郎と大して変わらない。ここ、巣鴨迷宮で何度か、この剥き出しの威圧を感じた事がある。


「本来であれば事実関係を問いただし、お互いの証言を照らし合わせてから結論を出し解決方法を探るのだが。本日、この巣鴨迷宮は非常に難しい状況だ。ここは私の責任ということで、お互いに矛を収め、何ごとも無く引いて欲しいのだが」


 討伐課三番隊副長の真藤栄(しんどう さかえ)……二つ名が「鬼斬」真藤……。実力行使が多いので有名で、池袋、巣鴨辺りの尖った、いきがったヤツラは、みんなこの人にやられている。


 まあ、つまらないケンカの仲裁なんていうクソ面倒なことをしている時間が無いほど忙しいから、とりあえず、大人しくしろと。そのための威圧での実力行使と。おっと。


 ぐらっと揺れたかと思ったら、さっきまで泣いていたお漏らしが意識を失って思い切り倒れ込んできた。真藤、威圧強ぇんだよ。文字通り女子供が泣くわ。

 まあ、とりあえず、立ち上がりながら支える。これを避けて……彼女が顔から倒れるがままにするのは……ちょっとね。ベンチに倒れ込むようにしても……いや、斜めだから床直撃か。無理だよね。さすがに。いくらウザくても。クッション付きの塩化ビニール製マットの床とはいえ、鼻を強打しちゃえば顔面血だらけだろうし。


 軽装フル野郎は必死に抵抗している様だが、片膝を付いて身動きが出来ない。下を向いたままだ。首を上げてこちらを見ることも出来ないようだ。


「ふむ……いつまでも払い下げの胸当てを着ている場合では無いのではないか? だから舐められる」


「お、おか、お金が……ないので……」

 

 威圧の嵐の中、自分の事を見ているのが俺だけだからって、初対面で気安く話しかけてくるんじゃねぇ。しょーがねーだろ。好きでこの胸当てを着てるわけじゃねぇよ。こちとら16歳のピチピチ高校一年生だからな、夏休み中毎日コツコツと依頼を繰り返してお金を貯めて、やっと、武器を新調したとこなんだよ!

 10級じゃ高額依頼はほぼ無いし、そもそも受けられねぇじゃねぇか。それ決めたの迷宮局アンタらだろうが。


 あ、何いきなり、可哀想な目で見てんだよ! ちくしょう! 親からも援助は受けてないんだからしょうがないだろ。バイト兼、就職活動兼、立派な大人になるための、自分探しなんだから。俺は地味にコツコツと死なないプロの探索者になって、人並みな青春を送るんだ! お金貯めて、大学も行くんだ! お嫁さん見つけて幸せな家庭を築くんだ!


「ふむ。それなら仕方在るまい。済まなかった」 


「い、いえ」


「では、これで手打ちで宜しいな? 各自解散、いや、各自これまで通り協力をお願いする」


 全員が一斉に此方から目を逸らし、モニターや正面の窓口に向いた。「鬼斬」が背を向けて、カウンターの中へ入って行った。


「詩織!」


 いきなり、俺が支えていたお漏らしを横から攫ったのは……ああ、あの時一緒に倒れていた女か。ショートカットのパンク系? っていうのかな? な髪型。タイトなパンツに木下魔導工房のローブが似合っている。


 そして睨まれた。まあ、俺は敵か。そうか。どこからどう見ても、探索者成り立ての高校生、オマエらよりも年下。探索者をバイトとして考えれば、同じ巣鴨迷宮に通う後輩なのに。


 軽装フル男と同じく、最新の探索者装備は鎧というよりも、服。スタイリッシュなスポーツウェア系。街で着ても大して違和感はない。

 ああ、この木下女、強化魔術を使ったのか。細腕でお漏らしを抱えて離れて行く。まあ、いいか。どうでも。討伐隊副長が収めたものを、さらに荒立てたら懲罰間違いなしだ。


 もう、もう、本当にどうでもよかったので、保存庫から文庫本(紙)を取り出しながらベンチに座る。周りを見たりせずに、読み始める。顔は上げずに、集中してますよ~的な風を装った。

 周りの探索者たちは……聞き耳を立ててるだろうし、何か言いたげだし、そもそも、俺に何か聞きたいのかもしれないけど、全無視だ。


 お漏らしと木下女、そしてアビタス軽装フル男もふらふらしていたが、違う部屋に移動したようだ。威圧で気を失っていても、お漏らしくらいのレア装備を着ていたらすぐに目が覚めるね。スゴいなぁ。ああ、ナイギ重装フル男も手助けしていたようだ。うん。パーティだからね。助け合わないとね。


 今度こそ、周囲に不穏な気配が無くなった。良かった。本当に良かった。

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