0010:面倒

「本庄さん。どうしたんだっ!」


 あ。リンクした。


 敵を一匹釣って、空いてる場所まで引っ張って倒そうとしていたら、周囲にいた仲間に気付かれて、一気に複数を相手にしなければいけなくなる。同種族の敵の群れを相手にする場合に注意しないといけない……ことをリンクという。現状、それね。


 面倒なことに……というか、そりゃそうだよなぁ。倒れてた仲間……ここにいるよな。あの時、吹っ飛ばされてたヤツ。


 現れたのは、アビタスジャパンの軽装フル男だ。アビタスとかスポーツ系の最新装備は街着としても問題無い扱いなんだよなぁ。オシャレスポーツウェア的な流れなんだろう。きっと。

 一見して鎧とかには見えないし。その分、布系の新素材とか使用しているから、皮とかの同性能な鎧に比べてお高くなるんだけど。


「お前、何してくれてんだよ! ボロ装備からして10級だろ?」


 ああ~うん、まあ、そうですよね。着替えてないのが逆に裏目に出たか……仕方ない。


 というか、ロングソードは新品とはいえ明らかに普及品だし、胴装備、防具は中古の払い下げ胸当てなの即判りだもんなぁ。みんな見たことあるからね。10級とか初心者のうちはギルドからレンタル出来る装備と同種、同クラスだからさ。


「あ、いえ、あ、あの……このお漏ら……あ」


 目が……合った。


 ガーン……という音が聞こえた気がした。それまでぐすんすぐすんって感じだった目の前の高級装備女が、いやーと声を上げて泣き崩れ、その場で大泣きし始めてしまった。

 な、何もそんな風に泣かなくても、いや、今のは俺の失言が原因か。というか、原因だ。お漏らしは俺の中だけのあだ名だった。言ってはいけなかった。すまん。


「てめぇ、何してくれてんだよ! ふざけんなよ! 外出ろ! 外!」


 怒ってるぅ~。血の気が多いだけじゃ無くて、お漏らしにアピールしたいのか、なんかもの凄い力入ってるね。この人。


 当然だが……探索者同士のケンカは禁止されている。


 とはいえ、血の気の多いこの業界。ちょっとした小競り合いは外に出て殴り合いで解決……なんてことも日常茶飯事なわけで。当然、この手のもめ事は探索者になって間もない俺でも、何度か見たことがある。ヤンキーみたいのと、チンピラみたいのが良くそんなことで争っていたな……ってこれは俺も当事者じゃん。どうしよう。というか、どうすればいいかな。これ。


「え、い、い、や、あ、あ、あの……」


 とまあ、こんな風にこんな状況でもちゃんとしゃべれない、叫べない自分。情けない。なんだろうなぁ。心の奥底、精神の奥底に潜む本能が拒絶しているんだろうなぁ。他人とのコミュニケーションを。


「オラ! 来いよ!」


 軽装フル野郎は体格が良い。気絶してた時には気付かなかったけれど、そこそこ背が高い。180センチちょいだろうか? 良いなぁ。俺もこれくらいの身長が欲しいなぁ。牛乳飲んでるんだけどなぁ。高一で162センチっていうのはちょっと低めだよなぁ。


 手が上から延びてきた。頭を抑える……か、奥衿を取ろうとしたのかな。これは。


 まあ、当然だけど、そんなのに捕まるわけにはいかない。身体を揺らすように横にスライドさせて避ける。


「逃げんのかよっ!」


 当り前じゃん。


 血の気多いな。いやいや、逃げるというか、避けるに決まってるでしょ。体格的に組み合ってそこから反撃出来るほど差があるのか良く判らないし。危険回避するのは探索者の当然の行動だし。


 そもそも身体の大きさっていうのはアドバンテージなわけで。それを生かして上から押さえ付けようとしてきたのは自分だろうに。……というか、そういう風に動くのが当り前って感じで生きて来たのが滲み出てるよ。軽装フル男。


 問題のお漏らしはまだ、グスグス言ってる。いやいや、お前、お前がなんとかしろよ。俺に悪いところなんて一切無かったろうが。というか、助けてやったのはこっちなんだぞ。


 勝手に泣きやがって。ちゃんと「では」って言ったろうが! まあ、それが通用しないなんてことはわかっちゃいるけど、最低限の会話マナーはこなしただろうが! 


 あ。でも、最後の一言は確かに俺が悪かったか。すまん。と、伝わってないか。でもでも、頑張ったろうが! って俺の事、知らないんだから判るわけ無いな。笑。なんかおかしくなってきちゃったよ。


「なに……笑ってんだ? てめぇ……」


 あ。にやついちゃった。やばい。


 そりゃそうか。コイツにしてみれば、パーティメンバーを泣かした男に因縁付けてるのに、そいつがその最中にニヤっと笑ったわけだしな。イロイロな意味で誤解が深まった! しまった! どうしよう! こういうときにちゃんと状況を説明できる、話せる能力というか、交渉力というか、弁論力が欲しい。


 無理か。無理だ。



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