0009:お漏らしさん
「あ、あの、先ほどは、ありがとうございました……」
いきなり、近距離から聞こえた声に、ビクッと身体が反応してしまう。
いかん、気が抜けてた。さすがにアクシデント二連発は自分でも気づかないうちに疲労度が上がってたのか。ここはまだ迷宮だというのに。油断してるのは自分もじゃないか。
そばに「誰か」が近づいて来ているのは何となく判っていたのだから、事前に心構えをしておかなければいけなかった。くそう。話かけられたくらいでビビるなんて情けない。
と。声の方を見る。……さっきのお漏らし女が立っていた。
が。イメージが違う……いや単純に服が違うのか。
つや消しの銀の模様、独特の縁取り、前に紹介されてたの見てカッコイイと思ってたんだよ。
……クリエスタ風操ローブに続いて、ナガ風纏のコートかよ! これ地味だけど、気配遮断効果付いてるんじゃ無かったっけ? 確か。ローブほどじゃないにしてもなかなかのレアじゃねぇか。それこそ、買えば……五百いや、軽く七百万くらいはするハズだ。最近ドロップしなくなってるみたいだし。値上がり傾向かもしれない。
俺が気付けなかったのも納得だ。相手がどんなに素人でも、これくらいの装備を着けられちゃうと、全体的にぼやかされてしまう。
しかしどんだけ金持ちなんだよ……お漏らしで汚したローブの代わりにさらにこのコート。初めての迷宮には明らかに不相応……当然、購入ってことだもんな。どうしたら、こんな高価な装備を普段使いの……ファストファッション的に使えるんだか。
「い、いえ、もん、もんた、問題、な、無いです。では」
「あ、い、あの、あの」
なんとなく、うざったい気がしたのでとりあえず、会話を閉じる。視線も落として自分の世界に集中する。
あ。そういえば、俺もそろそろ鎧をどうにかしないとなぁ。まずは布……皮だろうなぁ。スケイルやプレート系なんて着ちゃったら音が大きいし。そもそも重いしな。
「あの、あの」
「ま、まだ……な、なにか?」
足が動いていないから判ってはいたけど。
うはーこんなに女の子話してるの何時ぶりだろう? 小学校……かな。あの頃はよかったなぁ。男女の差とかあまり無かったし。意識することもそうそう無かったな。だからってちゃんと話せてたわけじゃないんだけどさ。くそー。って、そんなアホなこと考えてる場合じゃないって。
「いえ、あの、おれ、御礼を……」
「け、結構で。す。では」
自分の中で「では」は魔法の言葉だ。話し掛けてくる人というか、これを付ければ大抵の会話は回避出来る。俺自身が、この壁を乗り越えてまで話をしたいような魅力的な人間じゃないのも大きいとは思うけど。
まあね。うん。俺、会話がね、出来ないしね。普通にはね。この後、迷宮局の職員さんにちゃんと……今日のイレギュラーの説明をできるかどうかがもの凄い心配だ。報告は探索者の義務だからなぁ。詳細を解説しないとなんだよなぁ。でもなぁ。上手くしゃべれないことが多いしなぁ……やだなぁ。
まあ、お漏らしさんは……とりあえず、このまま俯いていれば、いなくなってくれるだろう。うん、それでいこう。
と思っていました。
なんか、ずっと……視線の向こうに足……靴が見えている。
うお! こ、この靴も……多分、レアアイテム、しかもお漏らしが跳ねたであろう時に履いていたモノとはまた違う……この白い模様とデザインは多分、隠密とかなんか特殊能力付きのレア装備だったハズだ。そうか。これにも気配遮断効果アップとか付いてたんじゃなかったっけ? よく覚えてないけど。
そうか……! だから、気付けなかったのか! よかった。俺が超絶油断してたってだけじゃなかった。
だってなー正直中途半端な性能なのにお高めなレア装備、買えるワケが無いからなぁ。もの凄く手が込んでいるから、ファッション性は高い気がするけど。憧れてもどうにもならないレベルのモノはガン無視だもんね。もうちょっと上のランクの装備は憧れだったり、欲しかったり、諸事情によりよく知ってるけどさ。
「お、おれい……を……」
グス……
え? マジデ? いやいや、違うでしょ、何してくれてんのよ! おいおいおいおい! バカか! お漏らし! こ、こんな人の多いところで……泣いたりしたら……というか、女の子を泣かしたりしたら……。
「え、あえ? ええ?」
ま、マズいって、そんな、いや……。周りから、アレ……とか、なんで? とか、何が? なんていう囁き声が聞こえてくる。そりゃそうだ。うん。だって、こんなに人が沢山いる所で泣かれたら、いくら気配遮断のローブを着て、靴を履いてても、周りに気付かれちゃうよ。
で、一度誰かが気付いてしまえば、それを周りに教えれば、認識が更新されてしばらくローブの気配遮断は効果が無くなる。それこそ、この場から一度居なくなって、再度目立たない様に入ってこない限り、存在を消すことはできないハズだ。
「本庄さん。どうしたんだっ!」
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