0006:前兆
迷宮は探索者が命がけで挑む戦場だ。魔物との戦闘が主体を為す職場だ。命がけである以上、各種情報収集は手間をかけて常に行われているし、都や国の対策も一般的な他のお役所仕事に比べれば迅速に、細かく対応してくれる。
迷宮から得られる利益が膨大である以上、国として探索を推奨はしたい。
だが、命が掛かっているのは確かなのだ。ある程度手厚く、しかもリスクを抑える方向で適切な指導を行わなければ、被害は膨大になる一方で、批判を呼び、さらに収益も低下していく。
混迷期に当然の様にマスコミによるバッシングが行われて、迷宮探索反対派の声も大きくなったらしい。まあ、それを裏から操作していたのが周辺某国の特務機関によるもの、という事実が暴露されて一気に鎮火されたらしいが、それでも不安は残る。
だから公的な税免除を始めとした福利厚生、活動支援が分厚いのだと、教習所学科の授業で教官が言っていた。
ま、現在ではここまで手厚いのは日本のみだそうだ。さすが、迷宮先進国。まあ、現状日本以外は迷宮後進国しかない……というのは、これも教習所教官談。
つまり。
何かが起こっているのだ。この迷宮で。さっさと報告に戻った方がいいだろう。とはいえ、ソルジャーオークは処理していかないとマズイか。幾ら巣鴨でも、この後ここを、誰が通るかわからない。熊なら逃げ帰っても「しかたない」で済むが、オークはなぁ。倒しておきたいよなぁ。うん。
多対一での戦闘は、最初が肝心だ。不意打ちできるのであれば、初撃でどれだけ戦力を減らせるかで勝負は決まる。本気で行こう。
「シッ!」
既に抜いていたロングソード。握りと手首の位置をずらして、右手一本で大きく横に薙ぐ。ストローパペット二体が一気に半分に寸断された。うん、さすが、パペット先生。いい手応えだ!
両手で柄を握り、次の一歩でもう一体。さらにそのまま。鍔部分を握り固めて、突き進む。ストローパペットがもう一体、あっけなく千切れた。
ズン
その勢いのまま。剣がソルジャーオークの腹に突き刺さる。大切なのは……引き戻しのスピードだ。突き刺さったまま、筋肉を締められたら、刃が抜けなくなってしまうことも多い。ボクシングもパンチを繰り出した時よりも、引く方を意識しないといけないそうだけど、剣での攻撃も原理は一緒だ。
特に自分よりも質量の大きい敵を相手にする場合、大切なんじゃないかと思う。
一撃入れたら即離脱。これを繰り返す。どんなに凄まじい攻撃も、当たらなければ怖くない。なのだ。さっきの
基本的に剣で攻撃してくる以上、それの間合いをキチンと計れれば避け続けることは可能だ。自分の行動スピードが足りないのなら、それを見込んで先行すればいい。オークは二足歩行で、腕は二本。なので、骨格、動きは人間に近く……挙動が読みやすい。
最初の一撃でかなりダメージを受けてくれた様だ。追撃は無く、最善を求めて考えている、いや、悩んでいるかのように思える。
ここはラッシュだったんじゃないかな? 時間をもらってうれしいのは、俺の方だろ。
「ほら。キチンと構えてしまった。構え、そして型はすごく大事でね? オーク界ではあまり知られてないみたいだけど。こうして振り出しに戻ったように見えて、実はもう、お前は詰んでると思うよ? 何も考えずに、剣を振り回して突っ込んできた方が怖かったかもなー」
ブツブツと呟いちゃう。
ああ、なんて饒舌な俺。魔物相手なら実況配信者とかアナウンサーにでもなれるんじゃないだろうか? しかも仕事も臨機応変でスピード感満点。……声小さいし、気持ち悪いだけか。
ザン
視線を向けることなく、最後のパペットを斬り落とした。
「お前たちがしゃべってくれればなぁ……ちゃんと会話できるのに」
さらに。一瞬、そのパペットに気を逸らしたソルジャーオークの首を落とす。甘いよ。本当に甘い。というか、注意力散漫すぎる。この間合いでそのチラ見はダメなのは、さっきまでの剣筋で理解しないと。なんで一度刺されてるのに、余所見不注意で死ぬかな。さすが魔物。変に知恵を付けて、賢いから無駄に反応しちゃうのかな?
「ソルジャーオーククラスなら、問題なく断ち切れるか。さすが、新品」
オークの死体が、迷宮の大地に染み込む様に消えていく。残されたのは熊さんより若干小さい魔石。うん、それ以外のドロップは無しか。ちぇ。熊もオークも革や肉が有名なのになぁ。ついてない。
魔石を回収すると、帰還予定よりはかなり早いが、4階層と3階層の間のゲートから、地上への大門&出張所のある1階層のゲートに跳ぶ。
イロイロと面倒な事になりそうだ。うんざりとしながらだと、足取りはどんどん重くなる。はぁ。溜息しか出ない。
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