0004:個人的には大惨事
「だ、だ、だいじょ、だいじょです、か?」
一応、声をかけた。というか、この場合、声を掛けるのがルールだ。
ぺたんと腰をついたまま。呆然としている。……ああ、単純に腰が抜けて動けないのか。
そんな放心状態のお金持ちなお嬢様。断言出来る。迷宮で、あんな悲鳴を上げる様なヤツに、HMは狩れない。このローブは買った。つまりはお金持ち確定だ。
で。うん、わかってる。皆まで言うな。俺はキチンと対人で言葉を口から発する事が出来ない。別に、相手が女だから……ではない。爺でも、幼児でも、サラリーマンでもなんでも。
どもりとか、吃音とか……困っている人も多いとは思うが、医者からすると俺のは本格的な対人恐怖症系の精神的な病気が原因とのことだ。メンタルに致命的な何かが引っかかってるらしい。
なので、異常に他人と上手く話せない。
迷宮にソロで歩いている時点でお察しだが、程度の差はあれ、身内だろうが何だろうが、他人と喋れず、苦手で、会話の言葉が出てこない。どもる、つまづく、大事なコトを伝えきれない。
相手に何か言われたら変に緊張してオドオドしちゃうからだ。なので、ついつい口を噤んでしまう。話そうとしていると、何を話そうとしていたのかとかループし始めて、思考も異常に鈍る。
まあ、特に、女性は症状が重くなる。「話そうとすると」未だ、ほぼ全年齢対象で、動悸息切れめまい、思考停止も連続して起こる。シャレではない。本気で、本当に、そうなってしまうのだから仕方ない。
本当なら声なんてかけたくないくらいだ。
でも、このまま無視して立ち去るのは色々と問題がある。最低限の安全確保確認くらいはしておかないと、さすがに倒れてる人を放置してそのまま立ち去る……のは。ねぇ。
海外だと完全自己責任が極限まで振り切ってて、こういうとき、一定無視、放置なんて当り前なんだそうだ。
まあ、特に日本の探索者ルールは相互扶助の精神が非常に高いんだろうなぁ。悪人も多いがそれは一握りで、一般的に良い人が多い傾向にある様だ。
色々と心配された迷宮ならではの犯罪率も日本では……当局が隠蔽、先回り対処しているのかもしれないけれど……実体感上でも異常に低いと思う。
汗が滴り落ち、膝がガクガクしている。緊張度はさっきの
くそー心の中はこんなにおしゃべりなのに。現状、世界で俺が気安く本音で語りかけられるのは、戦闘時の魔物だけだ。
「は、ははははは、はいいい」
で。今のは俺ではない。悲鳴女の返事だ。
生まれたての子馬ってこんなんだっけ? って位、ガクガクしている。まだ、三半規管が揺れてるんだろう。強烈な力で身体を強制的に移動、投げられたりすると、どうしても身体のコントロールが戻ってこないことがある。
それでもどうにかして立って会話しようと努力の後を感じられるのは素晴らしい。多分、真面目な人なのだろう。
うん? あれ?
「あ、あの、そ、そ、そ、そ、れをどうにか、し、し、しないと」
指を指しながら小さな声で囁く。彼女はそれでやっと気が付いたのか、顔を赤くして、ものスゴい困った顔で、状況を把握した。
「あ、ああ、わ、わたし、あの、はじめ、はじめてのめ、めいきゅうで、あの、ああ、あ」
レアアイテムである高級装備をつたって、足元に小さい水たまりが出来ている。
初? 初迷宮? 言い訳はいらん。なのにこの装備? コーディネートしたヤツがバカか。なんだかアンバランスというか、ワケがわからんねぇ。どうでもいいか。無事そうなら深く関わらないが吉だな。
安全確保はしたし。誰か一人でも起きて動ける様なら、離れてもいいよな。
「あ、あああ!」
ああ、うん、まあ、外から強力な一撃をもらうと、漏らす位、良くある話だ。ガチ勢は強力なHM戦の時、大人用紙オムツ装備するって笑い話、マジだしな。数時間に及ぶ長時間戦闘になる可能性もあるからだろうけど。
ちなみに、よく見れば足装備も
こんな装備してるヤツが、初迷宮とか……
倒れてる仲間全員がそこそこの高額装備を身に付けているけど、この娘だけは……別格だ。だから、同じ様に吹っ飛ばされたのに、異常に起き上がるのが早かったんだな。
まあ、そんな御自慢の装備もお小水付きじゃ転売時、減点だ。あ、いや、若い女子探索者の……となれば逆に価値は上がるのか? なんてセクハラな。
実際にはあれくらいの高級レア装備になると魔術による汚防止、防護機能もバッチリなので、簡単に汚れたりしないんだけどね。
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