0003:迷宮の空(俺の空的な)

「いやーーーーー!」


 だから声を出すなよ!  何の為に俺がこんな死闘に挑んでいると思ってんだ……。


 悲鳴なんて上げて良いことないんだから……って、あ、いや、周りに危機を知らせるには悪くないんだろうけど、現在絶賛戦闘中。そしてここは巣鴨迷宮。


 おじいちゃんおばあちゃんの原宿、巣鴨の青果市場跡迷宮だ。


 迷宮のリセットも行われず、珍しい魔物、アイテムも出現せず、当然階層ボスも踏破されている。火曜日、午後2時。俺以外、誰が好き好んでここに潜るかよ。通りかかるかよ! まあ、その分、ダブルデートのコースとしてはバッチリってか? 暗がりも多いしな!


 実際、大門、出張所、1階層から3階層に来るまで、人影ひとつ見かけていない。夕方~夜ならともかく、さらに言えば週末ならともかく。平日はな。プロ&本気の探索者はもっと儲かる迷宮へ行くしな。


 黒毛狂熊マッドベアはこっちを無視して、悲鳴を上げ続けている女の方へ向かって行く。折角忘れてたのに! 前右腕がブラブラなのになかなかのスピードだ。


「っておいおい、ツレねぇな。ここまでダメージ与えてやったんだから、それなりにヘイトは上がってんだろ? お前の獲物はそっちじゃねぇよ」


 踏み込んだ足で大地を「掴み」、黒毛狂熊マッドベアを引き寄せる様に、次の足でさらに「掴む」。そこにある空気が歪み、異物を弾き出せとばかりに身体を強引に前に押した。本来あってはならない挙動に身体が軋む。 


 強引に横っ面にロングソードを叩きつけた。


ゴイン!


 固てぇ……音が生き物がぶつかった音じゃない。動物の毛髪じゃねーだろ。これもう。どんだけ剛毛なんだよ。鉄……とは言わないけど、柔らかめの金属、銅とか鉛とかを叩いたみたいな感じだ。


 よし。振り向いてくれた。って、オイオイ、一瞥してそのまま女の方へ行く……なよ!


「だから! 俺が相手だって言ってんだろ?」


 振り向いた間に、追いついて、思い切り、口の脇に指を突っ込む。歯に注意して噛み合わせ部分を強引に掴めば、牙による攻撃は無効化出来る。


 そのまま、俺の全体重を遠心力に変換し、ヤツの首を強引に回す。


 って、あわよくば首の骨にダメージを……と、と思ったが、固い。そう上手くいかない。やっぱ強ぇな。 


 口腔から、下から頭に剣をブッ刺す作戦は……この角度だとどうにもならない。さらに。魔物の腕の振りかぶりはかなりの角度まで持って行ける。当り前だが、後ろ、背中脇にいる俺目掛けて爪による攻撃が繰り出される。


グバン! 

 

 うっわー怖ー。とんでもなくギリギリで爪を避け、正面に回り込んだ。髪の毛……何本かが宙に舞っている。


 お……でも、ふらついてる? 首にダメージ入ったのか? ふう。やっとか。まあ、あの悲鳴女も隙を生み出してくれたという意味では役に立ったという事か。俺じゃなきゃ追いつけなくて、死んでたけどな。


 正面から、ヤツを見る。明らかにフラついていて、右腕が垂れ下がっている。そちら側からの攻撃は無い。人間の格闘家とかなら、既に動かない腕を振り回してそれを当ててきたりするかもだけど、魔物は痛みにそこまで冷静でいられない。


 ならば、そこに近づいてしまえば、動かない側が行動の死角となる。攻撃を避けるための安全地帯と思えば、かなり有効だ。


 大振り……しかも、雑、さらに、左腕のみ。既に体幹が崩れている。腕を振るうたびに、身体がブレているのだ。足元がヨタヨタと覚束無い。


 最初の頃に比べれば、……運動能力は十分の一以下。威圧感も感じない。うん。そして。さらに口が開き始めた。酸素が足りてないよね。魔力を内包する身体とはいえ。身体が大きい代償だ。


 両手でロングソードを握り直す。


 手袋……というか、篭手に近い、戦闘用手袋だけは、装備の中で上等な方だ。


 世界のモリヤマ製、戦闘用篭手バトルガントレット伍式。特殊ハイシリコンとレベザンドリザードの内皮、ニューロゴアテックスにミニルスケイルなんていう高級素材を惜しげも無く使用している。魔物の特殊な血で滑ることもないし、形状記憶機能による握力サポート機能は、数時間振り回していてもすっぽ抜けたりしない。高ランクの冒険者であれば……スペック的には十時間でも握力を維持してくれるハズだ。


 まあ、魔術付与されているわけでもなければ、魔力の籠もった金属が使われている訳でも無いので、黒毛狂熊マッドベアの爪をもろに受け止めれば裂けるだろうし、嚙み付かれれば牙で穴が空く。だが、戦っていて、ロングソードを取り落とすことがないだけでも御の字だ。


 これまでと同じ様に、身体の回転を使用してロングソードを横からぶつける……フリをして、強引に踏ん張って刃の軌道を変える。


 さらに踏み込む。ほら、真上に、ちょうど良い感じで、大きく開いた口が!


グズズズズ


 鈍い音、そして口から喉を貫き、血塗れの刃が首の後ろから突き出ている。毛はね強いけどね、さすがに、喉奥はそこまで固くなかったね。あと、皮の内側からも。


「ああ〜面倒くさかった」


 手首の回転、そして逆側への急制動で、一度右へ。そして、その切れ目へ寸分違わずもう一度、左下に。


 熊の首がずれて……落ちる。見開いた目は「バカな」といった所か。


ドズン


 素早く退く。地響き。巨体が動きを止め、前のめりに沈んだ。重量ある音と共に、膝を突き……そして巨体が横たわった。


 俺は熊の隣りに、仰向けに寝転がった。迷宮の低い(多分)空は変に青く、雲一つ無かった。





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