0002:慣らし
「今日だって、慣らしだよ、慣らし。この新しいロングソードに馴れるためのテストのつもりで潜ってきたのに!」
悲鳴が聞こえたと思って駆けつけたら、綺麗な装備の初心者っぽい探索者パーティがなぎ倒されてて、丸かじりでいただきマースの瞬間だったんだから。
しかも、ちっ。あいつら初心者だけど金持ちだな。社会人……いや若いから大学生か?
男が……アビタスジャパン製の今シーズン最新式軽装フルアーマー(男1)に……ナイギの重装フル(男2)……女が木下魔導工房の最新デザインのローブに、もう一人は……あれ、
いやいや、実物初めて見たわ。探索者の友、月刊エクスプローラーズマガジンのちょっと前の号に特集されてた気がするな。いま、オークションでお得! とかって。やべぇ……何百……いや、一年前なら数千万クラスじゃねぇか。こんな低階層にいる探索者が着て良い装備じゃねぇだろ。
迷宮内での殺人は当然禁止されているし、ログは保存されているので証拠が残る。なので探索者同士の直接的な戦闘……喧嘩、強盗はそんなにない。一騎打ち、決闘なんていう例外を除いて。
だが、仕掛けられていた罠に偶然引っかかって死んで……偶然落ちていた死体の装備を拾った場合、それは見つけた探索者の物になる。
その辺、厳正で、詳細な調査が為されているのかはブラックボックス、闇の中だ。本当に偶然なら、一切お咎め無しなんだぞ? 判ってんのか?
基本的にログを辿られて、常時監視レベルで暴かれて、罠を仕掛けたことがバレちゃうらしいので、犯罪行為は隠せないと言われているけど。言われているだけで不可能じゃない。事故は何処ででも起こりうる。そういうことだ。
まあ、ヤツら、そんな高性能防具のおかげで、助かったんだな。あの一撃をまとめて喰らっても斬り裂かれ出血する事態に陥ってないのは幸いだった訳で。
それこそ……俺の着ている様な、ギルドの訓練用だった中古払い下げ胸当て、肩当て、だったら、確実に、一撃死だ。何とか逃れても大出血。掠っただけでも当たり所が悪ければ、腕や足が持っていかれる気がする。
多分、重装フルのヤツが攻撃を受けて……いや、突進か? なぎ倒しかもしれない。とにかく、一番装甲の厚いヤツがぶっ飛ばされて、それに巻き込まれる形で後続も吹き飛ばされて……全員気を失い……というとこだろ。
グオウ!
熊くんは確実に苛ついてる……。
まあ、そりゃそうか。自分の攻撃は一切当たらないのに、こっちの小賢しい関節狙いの打撃は着実にダメージを与えてるもんな。ずっと痛い。ムカツクよなぁ。そうそう。怒り心頭でもっと……もっと突っ込んで来い。熊系の魔物は我を忘れると四つ足になり、前足片方を振り回す系の攻撃が極端に多くなるからな~。
そして……顔を前に突き出して、口、牙でも喰い付こう、喰い千切ろうと必死になってくる。既に口は開きっぱなしなので涎がトンデモナイコトになっていた。酸欠朦朧……というか、ランナーズハイというか、アドレナリンハイというか。確実に本能のみでこちらを追い詰めに掛かっている。
大抵の敵は、その膂力と人間を遙かに超えるスピードで粉砕してきたのだろう。
「運が悪かったなーって、俺もなかなか決められないからね。偉そうなコトは言えないけど」
もの凄い音を立てて、剛毛な右腕が眼前をかすめていく。前足の爪は、姿通り、鋭利な刃物と変わらない。防具の無い所に当たれば……そのまま血塗れで木っ端微塵だし、防具のあるところだって……俺の防具じゃ、一撃で斬り裂かれ穴を開けられて貫かれて、身体も……っていうパターンだろう。
ビキ……お。クリティカル! 良い音した。多分、右肘が壊れたな……。うん。これで右腕は文字通り、根本から振り回すくらいしか使えなくなった。
オオオオオオオオオオオオオ!
痛いねーそりゃ痛いよねー。うん。肘砕かれたことは無いから共感は出来ないけど。
荒れた大地に雄叫びが響き渡る。
この階層にいる魔物は、この周辺からさらに逃げ出したハズだ。下手に他の魔物が寄ってくることもなく、孤立していく、一対一の戦いに集中できるといういう意味では悪くない。
「きゃああああああああーーー!」
なっ! バカか!
クリエスタ風操ローブ! を着ている女がいつの間にか立ち上がって、よりによって悲鳴なんて上げやがった。ふざけんな! 常に状況を読み、沈着冷静であれ……っていう探索者免許試験の第一問を忘れたのかよ……素人じゃあるまいし、膠着状態を何とか保ってるだけなのに、足を引っ張るな!
グオオオオ!
案の定、目の前の何時までも「喰えない」餌=俺よりも、見るからに柔らかそうな方へヤツの意識が向けられる。バカがバカが、バカが! 文字通りファッション探索者め!
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