16歳からの迷宮探索には「国家資格:迷宮探索及び魔物討伐、武器等所持限定使用許可証:通称、迷宮免許」が必要です ※全面改稿版
久城征博
0001:10級探索者
ザザッ
距離を詰める。石や岩で地面は荒れていて、平らじゃない。
当然、すり足は使えない。腰を落とし、足をコンパクトに折りたたみ、重心を低くして不自然な姿勢のまま、膝下を高速で動かし移動する。我ながら中々に気持ち悪い動きだと思う。これらの法や技が作られた当時は、腰下を「袴」が隠してたんだよな。
幾つかある歩法を自分なりに組み合わせている不自然な動きは、振りかぶり、肩当てに載せた両手剣を何時でも繰り出せるようにした為であり。
斬り割れれば良いけど……。敵は剛毛で覆われている。
牽制を避けて、ここぞというタイミングで斜めに振り下ろす。
ギチッ!
くそ〜なんて音、なんて手応えだよ。今のでもクリティカルヒットしているはずなのに。毛の上からとはいえ、右肘関節横の急所に一撃を与えたんだぞ。もっと痛がれ。気にしろ。
くっそ。
……大事なのは呼吸だ。
呼吸を読むという言葉があるじゃないですか。相手が人間だと判りやすい。息づかいは、動きやこれから相手が何をしてくるか? を予測するきっかけになるわけで。
普通なら息を止めた後に攻撃を仕掛けてくるわけで。動物や魔物の場合は当てはまらない事も多いけど、それでも、呼吸のタイミングと攻撃のタイミング、そして初動となる動きの気配は読み取ることができるかな。
コイツの場合は攻撃時、フッと重さが消失するかのような一瞬の溜め、ズレる様な揺らぎが生じる。その瞬間が、こちらの攻撃チャンス。
ガガガ
砂利と石、そして土が抉れた。
避けたけど、お釣りを多少もらってしまう。砕けた砂が舞い上がる。
ぶほっ。
こういう粉塵的なモノで目潰し効果……なんてのも本能で狙ってるんだろうなぁ。振り下ろしの一撃。破壊力は抜群だし、俺の剣の一撃とは比べものにもならない。
そこにすかさず横薙ぎの一撃! だがリーチは短い。少し後ろに下がるだけで、その圧倒的な攻撃力は空を切った。
両手剣。とは言っても、両手で扱う剣には様々な種類が存在する。
西洋の大剣、大曲剣、日本刀、全て両手で扱うが、
武器屋のセールで安かった。定価9万8千円が特価7万2千5百円。いやいや、駆け出しの高校生10級探索者にしてみれば、もう、一大決心ですよ! 一大決心!
父さんにもらった、刃がほとんど潰れちゃって、最初から鈍器としてしか使いようの無い中古のロングソードに比べれば!
もうですね、抱きしめて寝ちゃうくらい嬉しかったわけで。当然鞘有りで、だけど。
俺の買った、ニッパン工房制作の96(くんろく)ロングソード「切断」は迷宮産の新素材である新鉄製で、魔術でも付与していなければヤツを斬り裂くことは難しいだろう。
ではどう戦うのか? ロングソードの2㎏近い重さを利用して、毛の薄い部分を狙い、筋を切る。軟骨を断つ。関節、さらに曲がる部分の裏側目掛けて叩きつける。
相手の動きを読み、大きく振り回して遠心力を味方に付けて、丁度いい踏み込みポイントで敵の急所にぶち当てる。
黒毛狂熊、通称マッドベアは本来、こんな低階層に出現する敵では無いんだよなぁ。この巣鴨迷宮であれば、25階層から30階層で出現確認されていたハズ。当然、初見だ。戦った事なんて無い。……なんで、3階層であるここ、地蔵荒れ地に出現したんだろう?
現状、どう考えてもヤバイのは確かだ。何よりも……逃げられないもんな。そもそもヤツは速い。レベル差があるってだけじゃなく……何よりも右手に探索者が四人、倒れているからね。アレを放置してというか、撒き餌にして立ち去るのは……あり得ないな。
そもそも助けに入った意味が無いし。
焦るな……ヤツの弱点、いや、この場合の関節以外の弱点は口腔……口だ。
魔物なので、凄まじい膂力と、ヤバイ防御力を備えているけど、姿形は大きな熊さんなので、主な攻撃は四つ足からの突進、前足での攻撃、後脚で立ち上がっての前足での攻撃、嚙み付きくらい。
魔物だからって、手が触手化して、ぐねぐねと鞭の様に攻撃してくる……ということは無いと思う。多分。各種事前情報でそんな事、気配も書いて無かった。というか、やられたら即死だなー。
何度か、右腕の肘関節に刃を食い込ませた。
「ちぇ。ちゃんと磨いて研いで来たのになー。こんな風に無茶な感じで叩きつけてたら、確実に刃がボロボロになっちゃうでしょうが。研ぎ直し……でどうにかなればいいけど。軸が歪んだりしたらヤバイぞ。一昨日買ったばかりなのに、もうお釈迦……は嫌だなぁ。悲しいなぁ。生まれて始めて買った新品武器なのに」
ついつい、普段より大きい声で独り言、愚痴がこぼれてしまう。ブツブツと。これはオタク独特の行動らしい。昔からよくいたぞってじいちゃんが言っていた。
でもまあ、それを魔物を前にしてやってしまうのが、我ながら気持ち悪いな。俺。
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