第1話 リダの村とそれから

 やはり南部は暖かい。森を抜けた。だだっ広い草原が広がる。

 ここは『始まりの大陸南部』。南部地域は自然が豊かで、西部との境には深い深い樹林が広がる。樹齢1000年を超える大木がそこら中に乱立し、大木の中で生活する種族もいるそうだ。その根はもはや自然なものとは思えないほど、巨大で岩と見間違えるほど。樹林の奥深くには、3000m級の山がすっぽりと入ってしまう大穴もあるそうだ。だけどこんなのはほんの一部。この大陸にはもっと想像を超える場所もある。

 俺が今までで一番驚いたのは、水が川が滝が天に向かって登っていくのだ。あれを見た時は、しばらく時が止まったようにそこに立ち尽くしていた。もう一度時間があれば行ってみたい。

 壮大で美しい姿が随所にあるこの世界が俺は大好きだ。この世界を知れて本当に良かったと思っている。10年前の俺では全く想像できなかっただろう。だからこそ、俺はあの人に感謝している。未来に絶望し、夢や希望もなかった俺を救ってくれたあの人のように俺はなりたい。

 そう思って、あの人と別れてから2年、俺は旅を続けていた。あちこちで出会った人とも交流して、時には人助けもして。

 でもまだまだ世界は広い。


 草原を丸一日かけて歩き続け、小高い丘を超えると眼下に小規模の村を見つけた。しばらく街にも入れなかったので、人里を見つけたことに少しの安心感を覚えた。

 南部の最大の街は海に面する貿易都市だ。そこは暖かい気候のおかげで、珍しい果実や魚が豊富に採れる。貿易中継地としての機能も果たしているため、多文化交流が盛んらしい。おそらくここから歩いていけば2ヶ月以上はかかるだろう。道中には、中規模な街も存在するのだが、先日とある魔物との戦闘で地図を無くしてしまったため、正確な位置を把握できていない。うろ覚え状態でここまでやってきたので、村を見つけただけでもホッとしたのだ。

 村の入り口に着くと、思ったよりも寂れていて、活気がない雰囲気を感じ取った。衛兵の一人や二人いてもおかしくはないのだが、それもいない。看板には、蔦が絡まって文字も薄くなっていたが、「リダの村」と読むことができた。

 村人は俺を見るなり、すぐに家の中に入ったり、顔を背けてしまう。村人以外の人間がこの村に訪れることは少なく、人馴れしてないのだろうと思った。だがそれと同時に、嫌な視線も所々で感じた。まるで罠にかかりそうな動物をやや興奮気味で見つめるような。

 通常村や街は、観光業や商業、農業などで生計を立てるものだが、この村は一体どうやって生計を立てているのだろうか。露店もいくつかあるが、大したものは売っていない。

 ひとまず宿を探そうと歩いていたが、一人の老人に声をかけられた。


「お前さん、冒険者かい?」


 顔の皺から声の質まで相応の年齢を重ねているのは判断できるが、この村の長だろうか。身なりはそれなりにしている。南部特有の1枚の大きな布生地を施工して作られた衣装だ。この衣装は、集落ごとに少し模様を入れて、特徴を出していると聞いたことがある。大体はその集落での特産物だったり、象徴を象ったものが刺繍されている。この村では、胸のあたりに花のような刺繍が施されている。


「あぁ、たまたま見かけたもんでね。宿で一休みしたいんだが、どこにある?」


 村長らしき老人は俺の返答に、気のせいだろうか、一瞬高揚したような顔を見せたが、平静を保つように答えてくれた。


「宿ならこの先を左に曲がったところにあるよ。何せこの村に冒険者が来ることなんて滅多にないからね。宿屋も喜ぶさ。」

「それなら良かった。ところでなんだが、この村は、そのー、なんだ、大丈夫なのか?」


 村に入った時から感じる不安感をなんと表現したら良いかわからず、なんとも曖昧な質問になってしまったが、村長らしき老人は、得心得たかのような表情を浮かべた。


「お前さんが心配するようなことではないさ。確かにこの村は活気が落ちてはいるが、なんとかやっていけてるんだよ。」


 実際、本当にやっていけないのであればもう廃村になっているだろう。そうなっていないのであれば、何かそれなりの収益があるのだろう。だが、この老人が言うように、それは俺が知る必要のないことだ。大丈夫なら問題はない。


「そうか、変なことを聞いてすまなかった。宿は遠慮なく借りていくよ。」


 老人の横を通り過ぎ、俺は宿屋がある方向へと向かった。


 宿の外観は他の民家と同様少し廃れているが、中は綺麗だった。店主も他の村人とは異なり、明るく対応してくれた。村長らしき老人の言ったように、客が珍しかったのだろう。部屋もベッドが一つとサイドテーブルがあるくらいで簡素な部屋だったが、ここしばらくの野宿に比べたら、雨風も凌げるのでなんの文句もない。ふかふか、とはいかないが柔らかいベッドに横になって、今後のことを少し考えた。

 予定としては、南部最大の貿易都市に向かって、そこから船で南洋諸島に渡る。新しく発見された迷宮があると噂に聞いたからだ。南洋諸島は、地域的に火のアニマが集まりやすい。ゆえにその迷宮にも火のアニマの雫があると予測するのが普通だろう。

 南洋諸島は大小様々な島がいくつも集まっている。民族も多く、その数だけ文化の形成もある。まさに多文化・多民族。それゆえ小さい争いも絶えないだとか。そんな多民族間の争いに巻き込まれたらどうしようか、などと若干妄想しつつ、新たな土地への冒険に心躍っていた。

 それからこの村のことも少し気になる。何か問題を抱えていることは確かだろうが、だからといって俺はぐいぐいと人の懐事情に押し入っていくような人間ではない。人とも繋がりは好きだし、困っている様なら人助けもする。だが俺は勇者でも英雄でもない。朽ちていくならそれも運命、自然の摂理に反することはしない。

 だからこの村で何があろうと俺には関係ない。助けてくれと声を挙げられたら別だが、それもないならもう俺には何もできない。

 そんなこんなで色々考えていると、自然と眠気が襲ってきた。全く休めてなかったわけではないが、野宿生活が長いこともあり、体は徐々に悲鳴をあげていたようだ。久しぶりのベッドは俺を容赦なく無意識の世界に誘う《いざな》。当然その力に勝てるはずもなく、奈落の底へ落ちるが如く眠りについた。


 ふと何かの気配を感じた。そう思って目を開いた。どれくらい眠ってしまったのだろう。窓の外は既に帷が落ち切っている。

 気配は外からだ。おそらく人。6人くらいか?囲まれているのか?こういった経験は初めてではない。と言っても大体はモンスターに囲まれていることが多かったのだが。人に囲まれると言うことは、間違いなく目的は俺。金品か?命か?なんにせよ狙われていることに間違いない。

 そっとベッドから起き上がり半開きになっていた窓際へ体を寄せ、外の様子を伺った。見ると武装した人間が多数いる。あの身なりからするに、おそらく『人攫い』。 

 人攫いの特徴は非常に簡単だ。顔を黒めの布で半分ほど隠し、顔の布と同じ素材でできた簡素な装束を纏っている。身軽に動ける様に無駄な防具はつけないのだ。

 それにしても、なんというか、なぜこの俺を狙うのだろうか。女子供ならまだわかる。仮にも見た目からして俺は冒険者だ。武器も備えている成人男性だ。確かに捕まえれば、レア度はそれなりに高いから高く売れるだろう。

 しかしリスクってもんもある。果たしてこいつらに俺を捕まえるにあたってのリスクヘッジはできてるのだろうか。よく見ると人攫いだけではなかった。村人だ。なるほど、この村と人攫いはグルで動いている。村にやってきた人間を丁重にもてなし、油断させたところで人攫いどもに連絡して、捕まえる。それがこの村、いや人攫い集団組織の作戦なのだろう。

 これで合点がついた。この村から感じた視線と村長らしき老人から感じ取った違和感はこれだ。獲物が食らいついた喜びを隠しきれなかった。だからその品定めするような卑しい視線を俺も感じずにはいられなかったのだ。村の生計もおそらくこれである程度は立てているのだろう。

 さてさて、どうしたものか。正直このくらいの相手なら楽勝だ。しかし、力を使うとなるとそれなりに被害が出る。この村の人間が全員悪者と断定もできないから、無闇に力を使うわけにもいかない。それに、組織がここにいる全員とは限らない。もっと大きな組織でこいつらはその末端だとした、ここにいる奴らを倒しただけではこれからの被害がなくなるわけではない。


「泳がせてみるか」


 うまくいけば大本も叩けるかもしれない。村人への被害を天秤にかけた結果、俺はわざと捕まることにした。


 ことはうまくいった。寝床に再び戻って眠りについたふりをした俺の部屋に、人攫いが押し入ってきて、両手、両足、口を頑丈な縄で結び、外で待機していた馬車に運ばれた。ご丁寧に俺の愛剣も一緒に。これもそれなりにいいものだから、高くは売れるだろう。

 半刻ほど移動した頃に、馬車は止まった。村からそう遠くないところにこいつらの拠点があるようだ。古びた何かの工場跡だろうか、それなりに大きい。暗くてよく見えなかったが、蔦が外観をびっしりと覆い、稼働しなくなってだいぶ長い時が経過しているようだ。

 大男に担がれて内部へ入ると、いくつか牢屋のようなもがあるのが見えた。その中にも人がいた。一人。幼い少女だ。

その少女が入っている牢屋の隣の牢屋に俺は放り込まれた。


「そこでおとなしくしてるんだな。」


 大男はそう吐き捨てると、鍵を閉め工場の奥へと消えていった。

 おそらくだが、この人攫い集団はそこまで大きな組織というわけでもなさそうだ。少人数で動いて、村と連携をとっているのだろう。

 そうとなれば容易い。さっさと縄を燃やして親玉を叩きにいこうと思ったが、ふと隣の牢獄に入っている少女に目が留まった。

 年は10歳くらいだろうか。赤毛で少し癖っ毛のある。身なりはそこまで汚れていないから、ここに長い間囚われていたわけではないだろう。しかしその特徴的な服装、胸に花の刺繍。この少女はあの村の子供だ。

 人質とされていて、これを脅しに村人が協力せざるおえない状態になっているのだろう、と思えたらよかったのだが、違う。この子は売られたのだ。なぜそう思ったのか、俺は一目でわかった。

『リベレータ』だからだ。





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