第4話

「荷下ろししたら迎えに行くから、それまで好きに観光でもしときな」

「うん、ありがとう」


 僕たちは交易都市クルシドの関所を通り、商会の前で別れることになった。カルトンは道中で僕が冒険者じゃないことを何度も確認すると「まずは冒険者ギルドに行った方がいい」と勧めてくれた。


「いらっしゃい! ジューシーな串焼きはどうだい?」

「次はお前が鬼だぞ~! わ、待て~!」

「薬草にポーション、今ならまとめて安くしておくよ~」


 ギルドに向かう道中はたくさんの人で賑わっていて、僕の胸は高鳴った。僕より小さい子供が町を走り回り、大人はものを売ったり買ったりしている。そのどれもが新鮮で、僕が見てみたかった光景だ。

 辺りをキョロキョロしながらも誘惑に耐える……耐えるんだ。


「あい、毎度ありィ!」


 カルトンからもらっていたお金で串焼きを買ってしまった。だってお腹空いてたし、いい匂いがしたから……。

 その後は何やかんやありながらも、無事冒険者ギルドに辿り着く。道中にあった酒場という場所と雰囲気が似ているけど、それよりも大きくて、なんだか騒がしい。木で出来ている大きな扉は僕の身長の2倍ないくらいだ。

 僕が扉を押すとギィ、という音が鳴る。中にはたくさんの人間で溢れていた。受付と書かれている場所で女の人と話す強そうな人たち、壁に貼ってある紙を見て首を捻る人たちなど色んな人で溢れていた。

 

 これが全て冒険者なんだ、と僕が呆気に取られていると受付で手招きをするお姉さんと目が合う。僕? と自分を指さすとお姉さんはにこりと笑って頷いた。ふわっと揺れたショートカットの赤毛からは爽やかな良い香りがした。


「お姉さん、何?」

「何……って、キミは用事があってここに来たんじゃないの? 見ない顔だけど、冒険者見習いくんかな?」

「僕はクレイス。冒険者登録、をしに来たんだ」

「なるほど、じゃあこれから見習いくんになるんだね。よろしくクレイス! 私はマヤ・キトラ。ここの受付嬢をしているわ」

「うん。よろしく、マヤ」

「よーし、登録ってことはまずは試験からね!」


 片腕をぐるぐる回して何だか嬉しそうなマヤ。試験ってなんだろう。


「試験?」

「そうよ。冒険者にはランクっていうのがあってね、下から青銅級ブロンズ鉄級アイアン銀級シルバー金級ゴールド白金級プラチナと強さごとに分かれてるのよ」

「僕はどれくらいになりそうですか?」

「あら、クレイス少年は向上心があるみたいでよろしい!」


 僕の質問にマヤは満足気な表情を浮かべる。そして「んー」と僕の方を見て少し考え始めた。


「クレイスは12、13歳くらいかしら?」

「僕は今15です」

「あら! それはごめんね。馬鹿にしたわけじゃないのよ。身長と体格からちょっとね、割り出してみただけなの。でも大体君くらいの年齢はほとんどがブロンズよ。もちろん年齢が高いほどって強い訳じゃないけど、アイアンや稀にシルバーに最初からなれるのは体が出来上がった人たちが多いわね」

「そうなんですね」

「でも大丈夫! 経験はこれから積めばいいんだし、若いからきっとすぐにランクも上がるわ」


 そんなものなんだなと思った僕は頷いて、マヤに案内されるがまま冒険者ギルドの裏手にあった演習場という場所に出た。

 そこには簡単な柵で囲まれた円や、カカシと呼ぶらしい冒険者の攻撃を試す人形が置いてあった。


「クレイス、私たちが今から使うのはこっちよ」

「あ、そうなんだ……私たち?」

「そ、今から私がクレイスの試験を担当するからね! でも安心して。これでも私、少し前まで銀級シルバーの冒険者やってたからその辺の人たちよりは実力があるはずよ」


 さっき腕をぐるぐる回していた理由に納得がいった。でも、女の人はか弱いものだって爺ちゃんも言ってたし、マヤが大丈夫って言っても少し心配だ……。

 と思っていたら、わしゃわしゃとマヤが僕の髪を撫でてきた。


「一丁前に心配してるのかな~クレイス少年~?」

「や、だって……もし怪我なんかしたら」

「クレイス!」


 マヤはより荒く僕の髪を撫でた。何事かと顔を見れば、その顔は少し怖い。


「あのね、君の気遣いは優しいものかもしれない。けどね、冒険者にとって今の言葉は侮辱にもなるのよ」

「僕は馬鹿になんて……」

「うん、分かってる。でも他の人にはあまり簡単に言うもんじゃないわ。冒険者ってのは危険な職業でいつ命を落としてもおかしくない。だからこそ自分の強さに誇りを持ってる人も多いの。だから、『怪我するから止めときな』なんて最大級の侮辱になっちゃうのよ」

「そうだったんだ……あの、マヤ、教えてくれてありがとう」

「どういたしまして! でもクレイスは冒険者にしては素直すぎるわね。だからこそこんなに優しいんだろうけど」

「そうかな?」


「そうよ」と言いながらマヤは演習場に置いてあった箱の中から何かを取り出して手に装着した。僕の方に向き直ったマヤは首を左右に曲げたり軽く飛んだりした後、構える。


「じゃあ、そろそろ始めよっか? 分かってると思うけど、試験に優しさを持ち込んだらぶっ飛ばすわよ?」


 笑顔だけど鋭い視線。これが冒険者……すごい! マヤなら、すごい冒険者って言ってたし僕の全てを受け止めてくれるかもしれない。よし、頑張るぞ!


 「行くぞ!」


 僕は勢い良くマヤに走り出し、まずは軽く地面を叩いてみた。演習場の土が割れて、マヤが動きづらそうにしている。よし! このまま……!


「えっ、ちょっと何これ!? 地面が割れ……どういうことなの! ちょっとクレイス! ストップ!」

「そ、そんな急に言われても!」

 

 グッと溜めた拳を振り抜こうとしたけどマヤが急にストップって言うから、何とかして彼女に当たらないように拳を止める。あらぬ方向に飛んでいったエネルギーは、奥にある物置のような場所を半壊させていた。


「え……何、これ……」

 

 マヤはペタン、と座り込んで顔が真っ青になっていた。

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