第1話 side story

 ジョーン・ヨギロストフ。50年前、魔王を討伐した冒険者の一人であり、今や生ける伝説、勇者と呼ばれていた存在だ。

 だが、今や老いた戦士は町を転々としながら死に場所を求めていた。




「グギャアアア!」


 人体の数倍の大きさはある怪鳥を切り伏せる。パーリデスと呼ばれるこの種はAランク級のモンスターで、本来はパーティを組んで対峙するモンスターだ。だが、そんな奴もワシの相手ではない。振り回した剣の血を拭き、背中に収める。


「ふーっ、老体には堪えるわい」


 そんな独り言を呟いてしまう。流石にラストダンジョン近くのモンスターだ。その辺にゴロゴロいるのはどれも他のダンジョンでは縄張りのボスになれるレベルを持っている。魔王亡き今も、ここが誰も近づけない場所であることに合点がてんがいく。


 今もこの魔の巣窟を踏破したものは誰もおらず、入口に辿り着く前に多くの冒険者が命を落としている。こんな険しい山の奥地にあるダンジョンだから無理もない。さらには先ほど倒したようなボス級モンスターが跋扈ばっこしておる。正直、全盛期のワシらパーティでも苦戦はするだろう。だというのに、調査とはいえ今じゃ老いぼれ一人で山登りとはな……。


「異常は、ないようじゃな」


 山を登りきり、遺跡にも似たダンジョンの入口に目を凝らして見る。何かがうろついている様子もなければ、破壊の痕なども見られない。魔王が世界を支配しようとしていた頃に比べモンスターたちは縄張りから出ることも少なく、ラストダンジョンとは言われているこの場所も「踏み込めば危険な場所」くらいの認識だ。

 冒険者も今や傭兵や護衛が主流。たまにダンジョンに湧くモンスターを退治したりなどはあるが、危険な仕事はかなり減った。平和な時代になって、人間同士の争いが増えてきたようにも感じるが、まあこれも時代の流れだろう。

 そんなことを考え込んでいると、背後から殺気を感じた。


「ギャギャギャ、グギャア!」

「ぬ、おおおっ!」

 

 先ほどと同様の怪鳥。その巨大な質量が自分を圧し潰さんと体当たりを仕掛けてきた。大剣の面で巨体を受け止める。

 勢いが止まった後、そいつを両断して大人しくさせる。勢いよく真っ二つになるモンスターを見て、ワシもまだまだ現役か、なんて良い気持ちになってしまうわ。


「さあ、どんどん来るがよいわ!」


 だが、ワシはものの数秒で自分の発言を後悔する。どんどん来いとは言ったが……。

 ものすんごい群れが来た。ものすんごい数。いくらワシが伝説の勇者と言っても無理じゃん。


 陽が落ちてから数時間。数十体を蹴散らして何とか戦いには勝利したものの、ワシ自身も瀕死の状態で近くの木にもたれかかって死期を悟っていた。この世に生を受けて約70年、人生を振り返り思いを馳せておったら……。


「あの、大丈夫……?」

「う、ぁ……誰、じゃ」

「僕はクレイス。あなた、怪我してるの?」

「そうさな……もう、目が見えなんだ。ワシは……じき、死ぬ」

「分かった。じゃあ、治してあげる」


 ワシはとんでもない冒険者に出会ったらしい。

 フワフワの白い髪、丸くてクリクリとした緑色の瞳、どうみても普通の少年に見えるその子供は、ワシの瀕死の怪我を一瞬にして治療しおったのだ。かつてパーティを組んでいた僧侶の全盛期にも匹敵するその力に、思わず見とれてしまったほどだ。


 少年に礼を言い挨拶をする。うーむ、ワシの見立てではSランクパーティに所属する回復術師ヒーラーと見た! となると彼にあげられるものはワシにはない……そうじゃ、クレイスくんにはちと悪いが、同じパーティの戦士にプレゼントをしよう。

 こんなところでくたばってしまう老いぼれには、もう必要のないものじゃろうからな。今までありがとう、我が相棒よ。今後はこの慈悲深く勇敢な冒険者を守ってやってくれ。


「これを受け取ってくれるか。お前さんを見て、自分の冒険者人生の終わりを悟ったわ」

「くれるんですか? こんな大きな剣を」

「ああ、ワシが50年前から使っている立派な武器だ。もらってくれい」


 クレイスくんはワシの剣を軽々と受け取る。うむ……なんじゃ、最近の若者は力も強いか。結構この剣重いんじゃけどな?

 まあええわい。こんな子がいるなら未来は明るいな! ワシもそろそろ隠居時というわけじゃ。


「あり、がとう」

「ああ、いいんじゃよ。これからは君たちの時代じゃ。このラストダンジョンも、君なら攻略してしまう。何だかそんな気がしているんじゃ。何なら、いつかここに城でも築いて住んどったりしてな! ガハハハッ!」


 やや引きつった顔のクレイスくんに背を向け、ワシは山を下る。ギャグはそんなに受けんかったのう……。ジョーンしょんぼり。

 まあ、そうしてワシは、この小さな恩人に別れを告げたのだった。

 

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