ラストダンジョンで生まれた僕、外の世界を冒険したいだけなのに神と崇められる。

詩川幸

第1話

 薄暗い洞窟。そこには迷路のような空間が地下に何層も広がっている。

 僕は大体15年くらい前に、その洞窟の近くで爺ちゃんに拾われたらしい。


 今日も洞窟の一番深いところで壁に絵を描いていると、奥からヌッと9つの頭が陰から現れた。


「クレイスや、今日も外の絵を描いているのかい」

「そうだよヒュドラ爺ちゃん! この前聞いた勇者を描いたんだけど似てるかな?」


 ヒュドラ爺ちゃんは大きな体を持つ蛇の魔物らしい。僕は爺ちゃんとは違って体も小さいし、頭も1つしかない。人間というここでは珍しい生き物だと聞いた。

 爺ちゃんは9つの顔の内6つの目を閉じて、じっと僕の絵を見つめる。最近細かいところが見えにくいみたいだから、ちょっと心配だ。


「ああ、かつて魔王様から聞いた特徴をよく捉えているねえ。クレイスが上手な絵を描くから、嬉しくて毒を吐いてしまいそうだ」

「やったー!」


 嬉しさでつい飛び上がってしまった。爺ちゃんは優しいけど、戦いの修行で褒めてもらえることは全然ないから胸がうずうずする。

 機嫌の良い9つの頭を見て、僕は質問を投げかける。


「ねえ爺ちゃん、僕は外に出れそうかな? 戦いはまだまだかもしれないけど、絵が上手なら画家? ってやつになれないかな……」


 そう言った途端に爺ちゃんの頭は気難しそうな表情に変わってしまう。ああ、まだダメなんだと分かって心がチクチクする。

 少しの沈黙をいつもの言葉が僕に優しくかけられた。


「いいかいクレイス、お前はとてもいい子だ。でも、自分の身を守れるほど強くない。だからこのままだとすぐに利用されてしまうだろう」


 寂しそうな顔をして爺ちゃんは言葉を続ける。


「だから……」

「もっと強くなったら、外に出る許可をあげよう。だよね?」

「ああ、そうだ。この老いぼれを倒せるくらい強くなれば外の世界に出してあげよう」


 僕が10歳になって初めてヒュドラ爺ちゃんに「外の世界を見てみたい」とお願いした日から今までずっとそう言われてきた。

 だけど未だに弱いままの僕は、最近自分に自信を持てずに他の職業でもいいかな……と思ってみたり。

 

 とにかく、僕はこの洞窟の外での生活を憧れを捨てきれずに生きていた。


 

 

 その夜、僕は爺ちゃんに隠れて、いつもの密かな楽しみのために洞窟の階層を駆け上がっていた。

 僕たちの住んでいる場所は一番深くにあって、入口に向かうまでにも一苦労だ。

 走り続けて1時間くらい。道中のキマイラやケルベロスたちも上手くいて、僅かに月の光が差しこむ場所へやってきた。


 キラキラの月の光。外の世界にはこんなに綺麗なものがあるのかと、涙を流したくらいだ。

 爺ちゃんの話だと、昼というものはもっと明るくて、太陽が出ているらしい。太陽は月なんか目じゃないくらい光ってると言うけど、僕はそれだけはまだ信じられない。だってこんなにも月は明るいのに。


 ふと、ピチャン、ピチャン、と水滴の落ちる音が聞こえてくる。耳を澄ませると、この入口から少し先で鳴っているみたいだ。

 この場所を離れちゃうことは心配だし、約束を破るみたいですごく怖いけど、いつもは聞こえないその音が僕はすごく気になった。


「……ごめん、爺ちゃん」


 「すぐに戻るから」と自分に言い聞かせて、僕は絶対に超えなかった一線を今超える。

 胸のチクチクとは裏腹に、髪を揺らす風は穏やかで、僕の顔はきっと笑みを浮かべていた。


 音の方向へ走っていくと、そこには短い金色の髪を生やした、顔にしわのある人間が木にもたれかかっていた。鎧や身体の大部分が真っ赤な液体で濡れている。

 僕以外の人間を見るのはこれが初めてだ。


「あの、大丈夫……?」

「う、ぁ……誰、じゃ」

「僕はクレイス。あなた、怪我してるの?」

「そうさな……もう、目が見えなんだ。ワシは……じき、死ぬ」

「分かった。じゃあ、治してあげる」


 傷を治す魔法は爺ちゃんに教えてもらった。それに、戦った自分を治すために何度も使ってるから少しは得意なんだ。

 僕は目の前の人間に手をかざす。そしてゆっくり、はっきりと言葉を口にする。


癒しの光ヒール


 みるみるうちに人間の傷は塞がっていく。


「……はっ、ワシ、生きてる。それに目もはっきりと見えとる……だと。お前さん、Sランクパーティの僧侶でもやっとるのか! ガハハハッ!」

「え、な、どういうこと?」

「おっと、すまんすまん。最近の若者には分からん冗談じゃったかね」

「ええと、傷が治ってよかった」

「謙虚じゃのぉ坊主!」


 またガハハッと豪快に笑い人間は立ち上がる。その人は僕の背丈より随分と大きく、爺ちゃんから聞いた「屈強な戦士」という言葉がぴったりだった。目の前の人は笑いながら、たくましい腕で僕の背中を叩く。


「まったくたまげたわい! お前さんはワシの命の恩人じゃ!」

「いたた、ん、どうも?」

「おお、すまんすまん。ワシの名前はジョーン・ヨギロストフ。見ての通り、今じゃ老いぼれた戦士よ」

「ジョーン・ヨギロストフ。わぁ、初めて……!」


 初めて聞いた人間の名前に僕の心は高鳴った。ジョーン・ヨギロストフは僕の言葉を聞いて、なぜか顔を赤らめてくねくねしている。ちょっと気持ち悪い。


「おぉ、ワシのファンじゃったかな! 若者にも人気があるなんて、ワシもまだまだ捨てたもんじゃないというわけだな」

「ファン……?」

「え、ファンじゃない? ワシのこと、知らない?」

「うん、知らない」


 ジョーン・ヨギロストフはなぜかシュンとしてしまった。心なしか身体が小さくなったように見える。というか人間って元気だ。皆こうなのかな?


「ところで、ジョーン・ヨギロストフ。あなたは何故ここに?」

「何故って、本来はワシが言う台詞じゃぞ。ここは未踏の地、ラストダンジョンとも呼ばれる場所じゃ。ワシはともかく、クレイスくん……じゃったか。君みたいな子供がいる方が不思議なんじゃが」

「そうだったのか……」

「で、君はここに何をしに来たんじゃ。やはり、ダンジョンに挑みにきたのか?」


 その言葉を聞いて僕は言葉に詰まった。ヒュドラ爺ちゃんに内緒でここに来ているのに、もしジョーン・ヨギロストフが爺ちゃんに話すかもしれないと思ったからだ。


「え、まあ。そんなところです。ジョーン・ヨギロストフ」


 咄嗟に嘘を吐く。これで大丈夫かは分からないが、聞いてくるってことは多分それが普通なんだろう。


「ジョーンでええわい! そうか。それにまあ、あんな強力な回復魔法を使うんじゃから、きっと素晴らしいパーティにおるんじゃろう。戦士のワシでもそれくらいは分かる」

「は、はあ」


 何を言っているか全く分からないが頷いておく。ジョーンは背負っていた大きな剣を外し、こちらに差し出してくる。


「これを受け取ってくれるか。お前さんを見て、自分の冒険者人生の終わりを悟ったわ」

「くれるんですか? こんな大きな剣を」

「ああ、ワシが50年前から使っている立派な武器だ。もらってくれい」


 手渡された剣自体を重いとは感じなかったが、自分の3倍も長く使われてきたと言われる剣。そこにある細かな傷や微かな汚れを見て、僕は全身の鳥肌が立ってゾワゾワとした感覚に襲われた。

 分からないのに分かる。今渡されたこれが、とても重みの持つものだと直感した。


「あり、がとう」

「ああ、いいんじゃよ。これからは君たちの時代じゃ。このラストダンジョンも、君なら攻略してしまう。何だかそんな気がしているんじゃ。何なら、いつかここに城でも築いて住んどったりしてな! ガハハハッ!」


 いや、もう既に住んでるんだけど……なんていえず、僕はジョーンと挨拶を交わして、歩き去る彼を見送った。

 これが僕の、人間との初めての出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る