第2話 スキル『調香師』。
ギルドから追い出されたフォルテは、気分転換に郊外にある樹海の中で気を休めていた。彼は湖の畔で仰向けに寝転びながら、更新された自身の冒険者証を眺める。
『フォルテ・コロニア』
年齢:21
性別:男
冒険者等級:S
所属ギルド:無所属
固有スキル:調香師
「これからどうするかな。またどこかのギルドの入団試験を受けてもいいんだが、またトラブルになっても困るしな。しばらくは貯金を食い潰しながらやり過ごすか」
この国、『ジャドール王国』には星の数ほどギルドが点在している。ギルドは所属している冒険者が達成した依頼の難易度や国への貢献度などからポイントが加算されていき、累積数によってギルドの序列が決まる。
その星の数ほどある中でも、かつて所属していたギルドは上位10%に入る程の実績を上げていた。ただそのほとんどがフォルテが単身挑んでは達成したものばかりで、実質的にはほとんどワンマンだったと言っても過言ではない。
所属先を決めたのも『家から近い』という理由のみで、フォルテ自身これといって上昇志向がある訳でもなく、ギルドを移ったりなども考えなかった。
透き通った水面を鴨が横切るのを眺めていた時、フォルテは近くに人の気配を感じた。なにやら上機嫌な鼻唄、そして軽快なステップ。恐らくは若い女性が1人、この場所に近づいてくる。
「俺のとっておきの場所なんだが、他にもこの場所が好きな奴がいるのか」
ムクッと上体を起こして立ち上がる。
そして耳を澄まし、声のする方へ振り向くと、深緑の中から女性が現れた。
ただその女性の顔を見て、フォルテは目を剥いて驚いたのだった。
「あ……貴女は!王女様、どうしてこんなところに!」
そこに現れたのは、ジャドール王国の王女『ローズ・パルファン』に間違いなかった。
艶のある白銀の髪を2つに結び、白を基調としたシンプルかつエレガントなデザインのドレス。
凛とした瞳にスラッと伸びた鼻。非の打ち所がない、芸術作品のような造形をした美形。
彼女という存在は、この雄大な大自然にはまるで似つかわしくない。
王女ローズもこんな場所に先客がいることに驚いたようで、フォルテの顔を見るなり背をのけぞらせて驚いた。
「ビッ、ビックリしました。貴方も自然に癒されに来たのですか?」
「まぁ、そうですね。少し辛いことがあったので」
「ここにいる間は、全てを忘れることができます。自然は偉大ですね。ところで、貴方の顔……どこかでお見かけした覚えがあります」
ローズはその端正な顔立ちでジッと眺めてくる。
コミュ障のフォルテには慣れないシチュエーションだ。彼は思わず視線を逸らして強がって見せる。
「王女様、近いですよ。一応、冒険者等級はSランクなので、冒険者名鑑などで拝見されたのかもしれませんね」
「あら!Sランク冒険者なのですね。名前は?スキルは?」
Sランク冒険者と聞いて、ローズは眼を輝かせて食いついてきた。どういう理由でこの場所にいるのか知らないが、相手が相手なだけに無下に突っ撥ねる訳にもいかない。
「俺はフォルテ・コロニア。スキルは調香師、香水を生み出すことができるスキルです」
「それはまた珍しい能力ですね。けれど、そのスキルはどういった活用法をするのでしょう?」
「例えば、匂いには癒しの効果があります。白檀、檜、ラベンダーなど、これらの香りは人間の脳波に影響を及ぼし副交感神経に作用することで、身体に安らぎを与えることができたり」
「つまり、サポートや回復系のスキルということでしょうか?」
「いいえ、それがそうとも限らない」
匂いを嗅ぐ。
嗅覚は人間にとって最も本能的で原始的な感覚である。これまでの進化の歴史を振り返ると、いかに嗅覚が必要不可欠であるかということは言うまでもない。
人間が匂いを認識してそれが脳に到達するまで、その間わずか0.2秒ッ!
これは他の五感と比較しても圧倒的に速い。
痛みを感じるまでの速度が0.9秒だということを鑑みると、その速さを実感していただけるだろう。
そして、嗅覚だけが脳の中心部位である海馬に直接信号を送り込むことができる。
——これら優れた特徴を、応用する。
「香水作りに必要なのはエタノールと精油。そこに魔獣由来の特濃エキスを混ぜることで……」
フォルテが饒舌に香水について語っている後ろで、不気味な黒い影が動いた。サイズは規格外。推定3mはあるかもしれない。
雷鳴のような咆哮とともに現れたのは、巨大な熊だった。ただの熊ではない。通常の個体が突然変異して生まれた、『魔獣』と呼ばれる類の生物だ。
『魔熊帝』
危険度:☆☆☆
生態:王国全土に分布する大型の肉食魔獣。剛腕から繰り出される横薙ぎの一撃は、骨肉を破壊する。巨大にも関わらず俊敏で、戦闘力が高い。
振り返ったフォルテの脳内に、魔獣図鑑の説明が浮かぶ。彼は天賦の才である抜群の記憶力で、ありとあらゆる知識を記憶している。
良い獲物を見つけた魔獣の大熊は、涎を垂らして右腕を振りかぶった。
鋭利な鉤爪が空を切り裂く一撃。
まともに貰えば肉はおろか骨まで断たれる威力だ。
未だ余裕の表情で念仏のように自身のスキルを解説し続けるフォルテ。身に迫る絶望的危機に、傍で動けず立ち竦んでいたローズは叫ぶ。
「危ない!避けて!」
「——このように、調合する精油や内容物を変えることで、香水は無限の可能性を実現する」
大振りの攻撃を人間離れした反射神経で屈んで避けると、彼は熊の懐まで瞬間移動の如く速く移動していた。そして腰を捻り、全身の体重を乗せた渾身の回し蹴りを披露する。
赤褐色の厚い毛皮に覆われた下腹部が凹んだ。
大熊は眼球が飛び出るほど大きく見開き、声にならない呻き声をあげる。今まで体験したことのない強烈な痛みに悶絶しているのだ。
巨大がよろめいたところでもう1発。
脚を振り回して怒涛の上段蹴りだ。獣骨が砕け、バキバキと弾ける音が鳴る。
そして間も無く、立ち塞がっていた巨体はその場に倒れ込んだのだった。
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