第6話 真相(?)

 窓の外の空は黒い雲に覆われていて、月明かりさえ入って来ない、真の闇夜だった。

 小屋は山小屋として作られたというよりは、元々は倉庫のようなものだったのか、廃材や丸太が積まれ、シャベルや縄や橇、何に使うかもよくわからない機械が埃をかぶったまま置かれていた。

 

 あれ? 何かひとつ足りないような……。


 何だったか。

 私は父のノートの記述を思い返そうとした。

 その時、小屋の入り口のほうで音がした。

 私はとっさに廃材の陰に身を潜め、半身を出すようにして小屋の入り口を伺う。

 誰かが小屋の中に入ってくる。

 頭にヘッドライトをつけているのか、一瞬、入口近くが真昼のように明るくなった。

 入って来たのは、二十歳前後の若い男だった。

 学生だろうか?

 山男らしく体つきはがっしりしているが、どこか陰鬱な空気を身にまとっている。

 

 私は、その時気付いた。

 自分がこの男を知っていることに。

 どこで見たのか。

 記憶を探ると、すぐに思い出す。

 頂上近くで見かけたのだ。

 この山は以前殺人事件があった。犯人はいまだに捕まっていない。そのため普段はほとんど人は来ない。

 だから「人がいるのは珍しいな」とよく覚えていたのだ。

 遠目だったが、服装が同じだ。

 だが。

 私は昼間の記憶をよみがえらせる。

 間違いない。

 

 

 後からくるのだろうか。

 そう考え、しばらく男の様子を見ていたが、誰かを待っている風ではない。

 男は携帯食を取り出し、ライトがひとつついた暗闇の中で食べ始めた。

 どうしよう、声をかけて確認してみるべきだろうか。

 闇の中でグズグズと考えているうちに、男が私の存在に気付いた。

 私はなるべくにこやかに男に接し、打ち解けたところで同行者について聞いてみた。   


 君は一人でここに来たのか?


 そう口にした瞬間、ライトに照らされた男の顔からスッと表情が消えた。男は私のことをジッと見つめる。男の顔には何の感情も浮かんでおらず、まるで人間ではない、よく理解できない生物と相対しているような気持ちになった。

 私は悟った。

 これはだった。

 口の中がカラカラに渇き、緊張で手が小刻みに震え出す。

 一体、どうすればいいのか。

 私は恐怖の中で狂気のように頭を巡らせる。

 

 誰かに見られている。


 男の中に芽生えた何かをひるませようと、私は必死になってそう言った。


 この小屋はかなり広い。奥に


 私の言葉は男の中に迷いを生むことに成功したようだ。

 私はそのあと、急いで小屋の奥に逃げ込んだ。

 とにかく暗闇に潜んで、あの男が油断した隙に逃げだすしかない。

 だが闇の中に一人になり落ち着くと、自分が何かとんでもない思い込みをしているような気持ちになってきた。

 同行者がいた、というのは見間違いだったのかもしれない。

 もしくは同行者はさっさと下りてしまい、あの男は取り残されたのかもしれない。

 先ほど、同行者について聞いた時に見せた表情も、そのことを思い出して不機嫌になったのかもしれない。

 私は、無理にでもそう思い込もうとした。

 その時、不意に辺りがカッと明るくなった。

 まるでヘッドライトに照らされたような……。


 ヘッドライト?


 私は光源である背後を振り返った。

 ヘッドライトに視界を焼かれ、たまらず目をつぶる。

 その瞬間、頭にすさまじい衝撃が走った。

 頭を破壊されたような激痛が走り、私の口からは獣の咆哮のような絶叫が漏れる。

 斧は二度、三度、叩きつけられ、私の頭も顔面もぐしゃぐしゃにつぶれ、血と脳漿がそこらじゅうに飛び散った。


 夢の中の男が体験しているすさまじい痛みから離れた場所で、「私」は考える。

 そうか、9時から9時30分の空白の時間があったのはこのためか。

 次の日の早朝、明るくなってから、小屋にあった橇を使って死体を運びシャベルを使って埋めた。

 小屋を出たのは五時ではなく、太陽が昇ったあと。

 だから陽射しが眩しく、下山したのが昼近くだったのだ。


 私が昨夜、母に話した「考察」と、一体どちらが正しいのか。

 知りたい。

 私の胸に焼けつくような願望が生まれた瞬間、聞き覚えのある事が聞こえてきた。 


「世の中には、知らないほうがいいこともある」


 私は顔を上げる。

 目の前には、年老いた晩年の父の顔があった。

 父は見慣れた穏やかな表情で笑っている。

 その顔は、誰の物ともわからない赤黒い鮮血で染まっていた。


                                        (終)

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父の遺言  苦虫うさる @moruboru

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