第4話 考察
私は憑かれたように、その文章を何度も何度も読み返した。
読むたびに、自分の中の靄のような違和感が明確な形を持ったものになっていくのがわかった。
ひとつひとつは「そういうこともあるかもしれない」と思える引っかかりだ。
だが全部繋げあわせると、その引っかかりが引っかかりではなくなる。
父が会った男は何者なのか。
どこへ行ってしまったのか。
男が父に言った「知らないほうがいいこともある」という言葉。
それはどういう意味なのか。
すべて説明がつく話が、私の頭の中で形あるものとして浮かび上がってきた。
4.
私はその考えを一人で抱えていることが出来なくなり、ある晩、母と晩酌をしている時に「そう言えば、親父のノートを読んだよ」と話を切り出した。
母は「ノート?」と言って首をかしげたが、すぐに私が何の話をしているか気付いたらしく「ああ」と言って笑った。
「あの旅行で行った場所をメモしているやつのこと? お父さんも変な人よね。どうせ書くなら、旅行した時の出来事とか感想を書けばいいのに」
私は母のコップにビールを注ぎながら言った。
「母さんは一番初めのノートは読んだことがある? 親父が学生だったころのノートなんだけど」
母は「一通り読んだはずだから読んだと思うわ」と言いながらも、首を捻る。
私は母の記憶を助けるように、話を進める。
「ひとつだけ長々と書かれている話があっただろ? 覚えていないかな? 親父が無人の山小屋に一人で泊まった話」
母は、ようやく「ああ」と思い当たった顔になった。
「あったわねえ、そんな話が」
「あの話の中で、親父が山小屋で会った男がいただろ? 親父が一人でいるところに話しかけてきて、朝になったらいなくなっていたっていう男」
「あれ、何か変な話よね」
そう言いながらも、母の口調はさほど興味がなさそうだった。
話を切り出そうか悩んでいるうちに、「そう言えばこの前ね」と別の話が始まりそうな気配がしたので、私は思いきって母の言葉を遮った。
「あの話は、かなりヤバい話だと思うんだ。親父は危ないところだったんだよ」
母は驚いたように目を見張った。
「お父さんが? 危ないところだった? どういう意味よ?」
「小屋にいた男がさ、『自分も時間を読み違えて、下山できなくなった』って言っただろ? 覚えている?」
内容を細かく覚えていないのか、母は「そうだっけ?」と言いたげな顔で首を軽く捻る。
私は「そうなんだよ」と言ってビールを一口飲んだ。
「あれは嘘なんだ」
「嘘?」
私は言った。
「男は『この山は、普段はほとんど人に会わない』って言っている。二、三回来た程度じゃあ、こんな言い方はしない。つまり小屋にいた男は、定期的にあの山を登っていたんだ」
曖昧な表情をしている母に向かって、私は「男は山をよく知っていたんだよ」と断言した。
「男は、親父みたいに時間を読み違えたんじゃない。親父に嘘をついたんだ」
母は半ば私の勢いに押されながらも、「でも」と言った。
「何で嘘なんかつくの? その人は、山小屋でお父さんに初めて会ったんでしょう? 嘘をつく理由なんてないじゃない」
母は自分の言葉の説得力に満足したように頷き、私のほうに軽く身を乗り出した。
「下山出来たなら、何で山小屋にいたの? いる必要がないでしょ」
その疑問は予想していたため、私はすぐに答えた。
「待ち伏せしていたのさ」
「待ち伏せ? お父さんのことを?」
私は首を振る。
「誰でも良かったんだよ。たまたま、あの日あの小屋に来たのが親父だったってだけで」
私の答えが予想外だったのか、母親の顔に驚きが浮かぶ。
私は話を続ける。
「男は誰かが来るのを、小屋の中に潜んで待っていた。そう考えられる根拠が、あのノートに書かれているんだ」
呆気にとられた顔をしている母を見ながら、私は付け加えた。
「よく読むとそうなんだよ」
私は、頭の中にノートの記述を思い浮かべる。
何度読んだかわからないくらい読み込んでおり、自分の考えをメモまでしてまとめていたため、詳細がすぐに浮かんでくる。
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