第21話 贈り物
自分のアパートに帰った後も、鴨白さんの言葉が頭から離れなかった。
あんなの偶然だってわかっているのに。
塩昆布が好きな人なんてたくさんいる。
おにぎりがきっかけで、部活があった日は、箱崎くんに作ったものをあげるようになった。
箱崎くんはいつも嬉しそうに食べてくれて、それは、わたしにとって大切な時間になっていった。
調理部では、「女の子っぽいもの」を作ることがなかった。
オムライスだとか唐揚げだとか、ガッツリお腹がいっぱいになるようなものばかりだったのに、一度だけ、フィナンシェを作ったことがあった。
きっかけは何だったか忘れてしまったけれど、後輩の子が作りたいと言ったからだったような気がする。
いつもの大雑把な配合と違って、材料を一つ一つ測っていく作業に、不慣れなみんなは、それだけでぐったりしていた。
おまけに、焦がしバターの「焦がし」具合の正解を誰も知らず、動画を見ながら、あーでもないこーでもないと意見を言い合った。
その横では、「『人肌』って何?」とか、「オーブンを余熱って、天板は? これも余熱いるの?」とか「バニラオイルとバニラエッセンスって違うの?」、なんてパニクって、出来上がる頃にはみんなげんなりしていた。
そして、みんな心の中で同じことを思ったらしく、二度と誰もお菓子を作ろうとは言い出さなかった。
それでも、出来上がったものは初めて作ったとは思えないくらい美味しくて、わたしはそれを箱崎くんにあげようと思った。
教室まで走って行って、後ろのドアのところで、箱崎くんの座っている席の前に、女の子が2人立っているのが見えて立ち止まった。
2人の女の子のうち、1人が可愛くラッピングされた何かを箱崎くんに渡しているのが見えた。
「――作ったの。食べてもらいたくて」
そう聞こえた。
箱崎くんが受け取ると、女の子達は、わたしが立っているドアとは別のドアから出で行った。
3ーCの子だった。お菓子を渡していた方は確か、男子に人気の……
わたしのは、調理室にあったラップに包んだだけのもので、急に恥ずかしくなった。
彼女達の姿が完全に見えなくなってから教室に入ると、わたしに気がついた箱崎くんが、にっこりと微笑んでくれた。
「今日は何もない」って言おう。
そう思っていたら、箱崎くんがわたしに小さな袋をくれた。
「いつももらってばっかりだから」
「いいのに……だって部活で作ったものの余りなんだから」
「いつも楽しみにしてる」
「開けていい?」
「気にいるかどうかわからないけど」
袋を開けると、中にはキーホルダーが入っていた。
「僕が作ったんだけど、キモい?」
「全然! 嬉しい! すごく可愛い!」
「良かった」
「こういうの作る人だったんだ」
「これは、この前親戚の家に行った時、従姉妹が作ってたから教えてもらって作ったんだ。あげようと思って」
「ありがとう。大切にするね」
キーホルダーの輪っかに、天使の羽のモチーフと水色の雫の形をしたストーンが連なって揺れている。
「ラリマーだよ」と言われ、きょとんとしているわたしに「覚えておいて」と、彼は付け加えた。
意味は分からなかったけど、宝物にしようと思った。
「今日は甘い香りがする」
そう言われて、あげるつもりはなかったのに、フィナンシェを机の上に置いた。
箱崎くんは、一瞬困ったような顔をしたように見えたけど「食べていい?」と聞かれて、「どうぞ」と言うと、いつものように嬉しそうに食べてくれた。
「美味しい」
「これね――」
箱崎くんにとってはどうでもいい、調理部のみんなで四苦八苦した話と、「お菓子はもう作るのをやめよう」という暗黙の了解があったことを話した。
それを彼は楽しそうに聞いてくれた。
いつからか、外は雨が降っていた。
傘を持っていなかったわたしたちが途方に暮れていると、バスケ部の顧問の先生が、ビニール傘を2本貸してくれた。
1本で良かったのに、なんて不届なことを考えながら、いつものように途中まで一緒に帰った。
傘の分、2人の距離は遠くて、雨のせいで、周りの雑音が大きく聞こえて、箱崎くんの声がよく聞こえなかった。
それでも、一緒にいるその時間、箱崎くんはわたしだけの箱崎くんで、この関係が続いたら、もしかしたらいつかは……なんて夢を見ていた。
あの日、教室であんなことを見るまでは……
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