第19話 おにぎり
鴨白さんが何事もなかったような態度で接してくるから、こっちも気にしていないフリをする。
あれは、「事故」。
自分に言い聞かせながら午前中を過ごした。
お昼時になっても鴨白さんは事務所にいた。
こんなこと、この会社に入って初めてかもしれない。
いつも午前中はいることが多いけど、昼前くらいからフラッと出て行って、夕方まで帰って来ない。
おかげで変な緊張をしなくて済むからいいのだけれど、今日に限ってずっと隣にいる。
先日ちらっと聞こえた、イベントのポスターの仕事をしてるようだった。
「いただきます」
聞こえないように小さな声で言ってから、持ってきたお弁当をデスクに広げた。
イヤホンをして、スマホで動画サイトを見ながら、半分くらい食べたところで、何気なく隣を見ると、鴨白さんはデスクに肘をついてこめかみあたりを押さえるようにしてモニターをじっと見ていた。
お昼食べないで大丈夫なのかな……
そんなことを考えてすぐに否定した。
関係ないし。
どうでもいいし。
心配なんてしてないし。
社長なんだから、お昼に食べなくても、時間なんていくらでも作れるんだから、空いてる時間に食べればいい。
そう思っているのに、鴨白さんの今日のスケジュールを確認してしまった。
PCのモニター上に表示された鴨白さんのスケジュールは、隙間なく埋められていて、どこかでお昼を食べる時間なんてないように思える。
ザッというような音が聞こえて、もう一度隣を見ると、鴨白さんが椅子の背もたれに体を預けて、両手を頭の後ろでクロスした状態で天井をじっと見ていた。
思わず自分も天井を見たけれど、特に何かあるわけでもない。
「鴨白さん、お昼ですよ?」
声をかけた後、後悔した。
余計なことを言うんじゃなかった。
「関係ないだろ」とか言われるかも……と思ったのに、その返事は普通だった。
「昼か」
「お昼ご飯食べないんですか?」
「昼ご飯……そう言えばずっと食べてない気がする」
自分が食べている横で、ご飯も食べずにいられたら気になってしまう。
ただそれだけのこと。
「このおにぎり、良かったら食べませんか? いっぱい作りすぎて。多いよなぁ、とか思いながらも持ってきてしまったんです。ちゃんとラップに包んで握ったので、もし他人の握ったものはダメとかでも、触ってませんから」
なぜだか捲し立てるように説明するわたしを、鴨白さんは唖然とした顔で見ていた。
「そんなの気にしない。くれる?」
「どうぞ」
「悪い」
今の「悪い」はイコール「ありがとう」?
「中身は、おかか、塩昆布、ツナのどれかです」
鴨白さんはおにぎりを受け取ると、じっと見ていた。
「お茶、淹れますね」
「いや、いい。水飲むから」
そう言うと、自分で冷蔵庫まで行ってミネラルウォーターを取ってきた。
そして、水を一口飲むと、おにぎりを食べ始めた。
まるで子供みたいに嬉しそうな顔をして。
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