第9話 初日

「財務諸表の作成できる応募者が他にいなかったから」


採用のメールをもらった時は驚いたけど、出社初日に社長に言われたのがこれだった。


「9時に来るように」とメールに書かれていたから来たものの、事務所には社長しかいなくて、挨拶もそこそこに、大量の領収書の入った段ボール箱を渡された。


「席はここ。俺の隣」

「他の方は?」

「知らない」


知らない?


PCを起動させると、デスクトップに会計ソフトのアイコンがあった。

これを使えばいいんだよね?

有難いことに、前の職場で使っていたソフトと同じだった。


「そこのフォルダ開いて」


すぐそばから声がすると思ったら、背後から今にも顔がくっつきそうなところに社長の顔があった。

肩もふれている。


「ここに人事関係の書類が入ってるはずだから、自分で作成して。社会保険の手続きとかも自分でやって。人事系も一通りできるんだろ?」

「あの……」

「何?」

「ファイルに拡張子って表示されないんですか?」

「ああ……Windowsを使ってたのか」

「commandキーとカンマを同時に押下して、詳細から――」

「ありがとうございます。あと」

「何?」

「社長、近いです」

「だから?」

「セクハラです」

「本当のセクハラをしようか?」

「そういうのはなしでお願いします。今わたしが辞めるって言ったら、また一から募集して面接して、大変ですよ? ここまでためた領収書の山、ざっと見ても半年分はありそうですし」

「辞めないよ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「この会社、希望通りなんだろ? 志望動機に当てはまる項目につけた〇印『仕事内容・給与体系・福利厚生・副業希望・家から近い』。デザインに興味があるとか一言も書いてない。こんなバカ正直に書くやつ初めて見た」


言い返せない。

デザイン事務所なんて縁遠い職種で、下手に嘘をついてもバレると思ったから、エントリーシートに正直に書いたんだった。


「だったら、お互い利害関係が一致してるみたいなので、1m以内に近づかないでください」

「それは、無理がある。デスク並べてるんだから離れられない」

「だったら、必要以上な接触は禁止でお願いします」

「つまらない女」

「それで結構です」

「あのさ」

「まだ何かありますか?」

「『鴨白』でいい」

「でも……」

「みんなにも、そう言ってるから」

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