第2話 阿僧祇
「いつまで着いてくる気だ」幻次郎は唐突に口を開いた。自分でも気がつかないうちに、距離が近くなってしまったようだ。
「いや……、たまたま行き先が同じ方向で……」俺に行くあてなど無かった。半分日が落ちて辺りは少し暗くなっていた。
「この1本道の先は、山の中にある俺の家しか無いのだ」幻次郎はあきれ顔で呟いた。
「そ、そうなのか!?」改めて確認すると、俺達以外に他に人が居なくなっていた。
「どうせ、行くあてがないんのだろう」幻次郎はため息をつく。
「いや……、そんな」図星であった。
「一晩泊めてやる。だが、明日は出て行け」あからさまに迷惑そうな口調であった。ただ、この男が悪い奴では無いことは判った。
「人に名を聞いたのだから、お前も名乗れ」幻次郎は前を向いたまま、聞いてきた。
「さ……、さくや、俺の名はさくやだ」
「ふーん、さくやか、良い名だな」幻次郎が褒めてくれたのが意外だった。
「幻次郎は、一人で暮らしてるのか?」
「ああ、爺さんが居たが、少し前に死んだ。今は一人だ」相変わらず前を向いたまま、目は合わさない。「お前はどうして、あの男達に追われていたのだ。あまり、素性は良くないようだったが」
「ああ……、俺はアイツらに口減らしで売られたんだ。……親に」
「そうか……、それは……」その後にかける言葉が見つからないようだった。
「気を遣わなくていいよ。俺は別に気にしてないから」本音では無かった。
14の歳を迎えてすぐの朝、目を覚ますと男達が押しかけてきた。驚いた俺は家の中を見回したが、両親の姿は見えなかった。連れ去れた俺は、後で親に金で売られた事を知った。数日は泣き過ごしたが、すぐに仕事を与えられ寝る暇も無く働かされた。それは、大所帯の食事の手配であった。組織の人数は半端なく一日中、料理をしている状況であった。おかげで包丁さばきは、かなり上達した。そして15を迎える頃、寝ている俺の元に突然男が忍び込んで来て、新しい仕事を教えてやると言った。俺は激しく抵抗し、男の腕を噛み逃げ出した。
そして、幻次郎と出会ったのだった。
「上がれ、飯を作る」幻次郎の言葉はぶっきら棒であった。俺は履物を脱ぐと、囲炉裏の前に座った。幻次郎は、何も言わず手に持っていた袋から、食材を取り出し、鍋にぶち込んだ。
「ちょ、ちょっと、下準備とかしないのか?」あまりにも大雑把に何かを作ろうとするので、驚いてしまう。
「下準備?なんだそれ」幻次郎は首を傾げる。
「包丁とかないのか?それに塩とか」呆れてしまった。
「ああ、それなら」幻次郎が見た先に、散らかった台所があった。ろくに掃除もしていない様子であった。
「これだから、男の一人暮らしは……」俺は立ち上がると、鍋の中から幻次郎が放りこんだ野菜をすくい上げた。
「おい、何を!」幻次郎は立ち上がろうとする。
「せっかく食べるなら、美味しく食べようぜ」それを制止しながら、俺は台所に向かった。
「なんだ!こんな旨いもの食ったことないぞ!」幻次郎は、息をするのを忘れているのではないかと思うほど、俺の作った料理を流し込んでいる。
「落ち着けよ。多めに作ったから無くならないよ」なんだか久しぶりに笑った気がする。
「爺も、料理なんてしなかったからな!そんな時間勿体ないって」少し満足したのか、やっと器を床に置いた。
「勿体ないって、何をする為に?」素直な疑問だった。
「そりゃ、剣術の稽古さ」なんだか、口調が柔らかくなったようだ。男は胃袋を摑まれると負けって聞くが、満更嘘ではないらしい。
「その刀、凄いな!名刀なのか?」幻次郎の
横に置かれた、刀を指差す。
「ああ、名刀かどうかは知らないが、これは爺の肩身だ。阿僧祇という」幻次郎は阿僧祇の鞘を掴んだ。
「高そうな刀だよな」
「値段なんて、関係ない。この阿僧祇は俺の分身みたいなものだ」そう言うと幻次郎は、再び、食事を再開した。
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