阿僧祇(あそうぎ)0.5バージョン

上条 樹

第1話 チョーカーの男

男のクセに、黒いチョーカーを首に巻いているコイツを見て無性に嫌悪感を抱いた。


少し右に体の重心が右に傾いたような歩き方、腰には大きな刀。きっとかなりの値のする物であろう。チョーカーの次に俺の視線は、その刀に釘付けになった。無性にその刀を手に入れたい衝動にかられた。

「なんだ、俺に何か用か?」チョーカーの男は少し目を細めて怪訝そうに俺を見た。あからさまに鬱陶しそうな目である。

「いや、別に……俺は」そこまで言ったところで邪魔が入った。

「おい小僧、また逃げだしやがったな!」聞き覚えのある声、それは俺を追いかけてきた組織の男達であった。

「しまった!」俺はある組織から逃げ出していた。油断して、こんな所までは追って来ないだろうとタカをくくって安心していた。俺は非力で、奴等には到底敵わない。「た、助けて」咄嗟にチョーカーの男の背中に隠れてしまった。

「ふう……」チョーカーの男は、あからさまに軽く目を閉じながら迷惑そうに鼻からため息を吐いた。

「お前、邪魔する気か!容赦しないぜ」男達の一人が、チョーカーの男の胸元を掴んで持ち上げようとした。その瞬間、右手を軽く相手の腕に添えたかと思うと、体ごと倒してしまった。チョーカーの男の腕には、太い腕輪が巻かれていた。

「てめえ!」その行為が、男達の怒りに油を注ぎ込んだようだった。男達は俺達を取り囲むと殴り掛かってきた。チョーカーの男は、まるで意に介さぬように、その攻撃の全てをかわし男達を地に這いつくばせた。驚く事に、彼は、足場をほぼ移動せず、全てを捌いて見せた。

「事情は判らないが、暴力はやめておけ」その、言葉を残してチョーカーの男は去ろうとする。その言葉に対し答える事が出来る者は居なかった。

「ちょっと、待って!」呆気にとられて声をかけ損ねるとこであった。「ありがとう」

「いや、別に」男は面倒くさそうに答えた。人と関わりを持つことが苦手なのかもしれない。

俺は男にかける言葉が出てこなくて焦った。「そ、そうだ、名前を教えてくれ」

「名前か……、俺の名は幻次郎だ」言い残すと幻次郎は、歩き出した。

「幻次郎……」俺は噛みしめるように、その名を繰り返した。そして、少し距離を取りつつ、俺は幻次郎の後を追いかけるように歩き出だした。


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