~10~ 加護の国へやってきた第四王子Ⅲ
服装を着替えたイエルは、控えていた守護騎士二人に確認した。
「どうしても、禁書庫へ行きたいのだけど、大丈夫かしら?」
イエルは、禁書庫で調べたい事があった。
この国の歴史、その事実を知りたい、と彼女は思っていた。
転生したこの世界は、ゲームと違う事柄が多い。
乙女ゲームの世界とこの世界が、イエルは同一と思えなくなっていた。
(禁書庫にある書物に、ヒントがあるかもしれない
あのニルドネアの王子が、魔王だったとして
魔王が自分の意志で、人に転生する?)
魔族の方が人族より遥かに上位種族だ。
人族は魔族よりも弱く、寿命も短い。
(魔王がそんな劣等種族になろう、なんて思うだろうか?
それとも転生したら人間の第四王子だった、の?)
イエルが気掛かりな事はもうひとつある。
(どうしてかしら、やはりニルドネアの第四王子を
私は知っている)
彼女はあの王子を知っている。
(知っている、筈なのにどうしても思い出せない)
思考に沈んでいたイエルの意識を、テオドールの返答が引き上げる。
「禁書庫がある場所は、王族と随伴する守護騎士のみが入出出来ます
そう考えると、ニルドネアの王子と鉢合わせする可能性は、ほぼ無いかと」
テオドールは、王女の質問に返答する。
「問題は、そこまでの経路か」
もう一人の守護騎士のゼネクが、テオドールの「ほぼ」という言葉を、くみ取り、口を開く。
「ニルドネアの王子は、王への挨拶に行っておられる筈
謁見の間と反対側にある、禁書庫へ向かう途中では会う事はないか?」
守護騎士二人は、禁書庫までの経路を、思い起こしながら確認し合う。
そして、テオドールとゼネクは頷いた。
「イエル様
念の為、城内の衛兵を先行させましょう」
「守護騎士のお二人に、お任せします」
こうして、イエルは守護騎士二人を伴って、禁書庫へ向かった。
禁書庫、正式名を【持ち出し書き写し厳禁書物格納庫】という。
そこには、主に歴史や加護、錬金術、魔法、魔族、薬草、に関する本が保管されていた。
世界に数冊しかない書物が多い為、持ち出し厳禁だ。
この規則は、王族も準じなければならない。
禁書庫の場所は、通常の図書室とは違う場所にある。
王族区の地下深く、封印の広間がある。
囲う壁で六角形の広間になっており、中央に魔法陣の様な陣が描かれている。
扉が三枚あり、一つは広間への入り口、もう一つが禁書庫の扉だ。
残り一つの扉は、『
イエルが、所定の位置に、掌を翳すと解錠される音が、扉から鳴った。
これは錬金術を用いた解錠法だ。
建国の折、この国にいた錬金術使いが設置した、と伝えられている。
「イエル様、私が」
そう申し出、ゼネクが扉を開ける。
皆が中に入りきると、静かに禁書庫の扉は閉まり、ガチャンと再び鍵が掛かる。
その音に、ビクリと振り返ったテオドールは
「もしかして、ここを出ようとする時、自分達では扉は開かないのでしょうか?」
と口元を僅かに引き攣らせ、イエルに尋ねた。
「いいえ、そんなことはないわ」
「テオドール、お前はイエル様から賜った、御印の入った短剣を、必ず所持しろと、隊長に言われただろう?」
ぜネクは呆れ顔をしてテオドールに言う。
「あ、はい!勿論肌身離さず持っています!!」
両脚をビシッと揃え、テオドールは敬礼をして、答える。
「短剣は、私が居る場所に、必ず辿り着けるように
例えば禁書庫の様な、入室が限定されている特別な場所にも入れるよう、錬金術の陣が施してあるのです」
テオドールは、はっと息を呑み、腰に納めている短剣に、緊張で熱くなった手を置く。
今、テオドールは、更に守護騎士の証である、この短剣の重さを悟ったのだ。
「貴方の持つ短剣は、貴方にしか使えません、テオドール
守護騎士の持つ短剣は、万が一、奪われても、悪用出来ないように造られています
それはこの国を建国する前、魔王と契約書を交わした人間、
『契約の加護をもった錬金術使い』によって、造られた秘匿技術なのです」
初めて知った歴史に、ゴクリと喉を鳴らしたテオドール。
「これは私も母上から教わったのです」
と続け、イエルはニコリとほほ笑んだ。
(私も、七歳の誕生日に、母上から教わるまで、知らなかったのよね
ゲームでも、こういう物はなかったから)
あれ?
イエルは首を傾げる。
(もしかしたら、前提が違うかもしれない?)
・居る筈の勇者一行がいない
・ゲームにはいない私達とキュイ姉様とアースドラゴン
・数々の、知らない設定
(ここが、ゲームの世界ではなく、
ゲームがこの世界を舞台にした、想像だとしたら)
イエルの、この世界への認識が、グルリと変わる。
(しっくり来るわ
余りにも、乙女ゲームの世界に似過ぎていたから、その世界だと勘違いしていた)
彼女の桜色の唇が、三日月の形に変わっていく。
(だとしたら、亡国ルートなんてありえるの?)
弟が危惧している、亡国ルートがそもそもない、のだとしたら。
(魔王すら、人間に転生している、かもしれない現状
でも、魔王は、この世界では実際は存在したのかも、調べなくてはならないわ)
古い歴史というものは、歪んで伝えられるものだ。
「イエル様?」
守護騎士の前で、考え込むイエルに、何かあったのかと、テオドールは腰を落として、彼女の顔を覗き込む。
「なんでもないわ
調べものが終わったら、ニルドネアの王子に、会うわ
けれども、その前に……」
イエルは、天井の高い禁書庫に立ち並ぶ書棚を、仰ぎ見て言った。
「この国の、この世界の、本当の歴史を知らなければ…!!」
書を読む為に設置されている、本棚のないスペース。
そこに置かれている机の上には、目録がある。
禁書庫の中の書物の種類、それらが置かれた場所が、それぞれの書棚に書かれた記号を用いて、記されている。
イエルは、目録に手を伸ばす。
(突然現れた、顔も名前も知らないストーカー、
ストーカーとはそういうものか、と思っていたけど
……男のあの目は、最初から私への殺意しかなかった)
目録の頁を捲りながら、目的の書物の場所を探す、イエルは思い出していた。
(そうだ、あの男はオカシカッタ
あの男が持っていたナイフ…あれは短剣だ
思い出した、あれは守護騎士達に王族が授与する、短剣に似ていた!)
余りにも酷い記憶だったので、今まで殺された時の詳細を、イエルは思い出そうとはしなかった。
しかし、彼女があの日、鏡越しに見た凶器は、守護騎士の証の短剣そのものだった。
(刺された時は、短剣という刃物の知識がなかったから、大きなナイフだと思ったけど…)
ゾクリと背筋に震えが走る。
あれは誰の短剣なのか。
(もしかしたら、私達が、ここに来た理由があるのかもしれない)
「テオドール、ゼネク、私は今日、ここに籠ります」
「「はっ」」
イエルは目録から顔を上げると、目録で確認した、書物のある棚へ向かう。
(『魔王』の称号を持つ彼に
会う前に、知っておかねばならない事がある)
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