~9~ 加護の国へやってきた第四王子Ⅱ

「早く会いたいなぁ、会いたいなぁ」


(やっと、サヴァール王国に来る事が出来た

 嗚呼、やっと会える)


 足取り軽く歩く少年、ニルドネアの第四王子ルカ・ニル・ヴァイーゼは目を輝かせ、王城内の門から城内へ続く、長い道を歩く。

 ルカは従者と、案内役であるサヴァールの騎士と共に、王城への石畳を行く、その足取りは軽やかだ。

 実質、ニルドニアから同行した、王子専属の護衛はその従者のみである。

 彼の後ろを歩む従者は、感じ取っていた。

 視認出来ない距離から、王子を観察する気配を。


(敵意は感じ取れぬ……

友好国だからと、護衛を最小限にしたのは、不味かったか?)


 ニルドニアから同行した、少ない護衛兵は、サヴァールの城内、王宮区画への立ち入りは出来ない。

 ニルドニア王国第三王子のレンツの行方不明の今、第三妃のお子で、最四王子のルカに護衛を割く余裕は、ニルドニアには無かった。

 なので、交換留学の条件として、ルカのサヴァール王国への道程は、サヴァール王国南隊第三部隊が護衛に付く事、となった。


 ニルドニアから同行した護衛は、護衛兵二人と、ルカ専属従者兼護衛のグランヴィルだけであった。


「そんなに難しい顔をしちゃあ駄目だよ、グランヴィル?

 折角、サヴァールに来たのだから!」

「はい、ルカ様」

「大丈夫、サヴァールの方々は素晴らしい方ばかりだからね!」



(同盟国とはいえ、ルカ様はこの国を恐れないのだな)


 グランヴィルは、それを口には出さずにいた。

 加護の国、その国に生まれた者はこの地の加護を得る。

 それは様々な種類があると聞いたが、どうしてこの地に生まれた者だけが、加護を得るのか?

 錬金術師が加護を陣で付与しようとすると、必ず神罰が即座に下る、この世界の理だからと、納得出来るものではない。


(あの死に方は異常だ)


 過去にその現場を目の当たりにした祖父がいつも言っていた。


『錬金術師になっても加護の研究は決してしてはならぬ』


(俺は錬金術師の才は皆無だが、研究をした馬鹿を、取り締まる仕事をしていた時に見た

 死と言うより、身体が分解され消える

 あれは異常としか言いようがない)


 彼の前職は【錬金術師取締官】、ニルドニアでは騎士団に並ぶ権限を持つ、国の組織である。


 サヴァールの加護の力への警戒をしている、グランヴィルを余所に、ルカは案内のサヴァールの騎士の後を、トテトテと付いていく。


(彼女の魂の気配は城にある

 ちょっと、色々していてコチラに産まれるのが、遅れてしまった

 けど、人としてやっと会える)





 ◆------------------------------------------------◆



 あの女をこのナイフで刺せば俺はやっとやっと願いが叶う。


 俺はストーカーなんかじゃねえ、こんな小娘に興味なんかねえ。

 アイツに、言われた通りにすれば、移植を待つしかない息子の命が、助かるんだ。


 くそ…どっちの女、だった?

 顔はうろ覚えなんだよ、こいつら姉妹か?

 似た面、似た背格好をしやがって


「ははっ」


 どっちもこのナイフ?短剣?で

 刺し殺せばいいか





「君の息子を、救える力が、僕にはあるよ」

「ああ?」




 俺は、昼も夜も働き、息子の心臓移植の可能性がある海外への渡航費用を、稼ごうとしていた。

 ある夜、工事現場の仕事の日に、ヤツに出会った。


 その夜は、夜間工事の現場、交通整理のアルバイトをしていた。

 休憩時間に、近くの公園のベンチで、缶コーヒーを飲んでいた。

 そのガキは、いつの間にか、俺の横に腰掛けていた。

 こんな時間に子供がなんでいやがる、と思ったが、疲れが先立って、声の方へ目を向けるだけの俺に、その子供はまた言った。


「君の息子を救う代わりに、お願いがある」

「知らねぇガキに、救って貰うような子供なんざ、俺には居ねぇよ」


 息子の事は誰にも話していない。

 俺の両親は、とっくの昔に事故であの世へ逝っている。

 息子は五年前に別れた女房が、連れて行った。

 一年前に別れた女房が、自分だけではどうにもならないと、泣きついてきた。

 あの女も、俺と同じで、身寄りも無い。

 一人で何とか出来る、許容を越えていたのだ。


「あの病院に、いるだろう?君の息子が

 あの心臓だともって一カ月ってとこかな」


 カラン、中身がまだある缶を落とし、その手で横のガキの胸座を掴む。


「戯言を…ッ」

「ふふふ、わかるよ~

 まぁ、実際に僕が君の息子を救える事を信じて貰う事は難しいよねえ」


 凄んだ俺なんぞ、怖くも無いと言わんばかりの、そのガキの態度に、俺は無言で答える。

 このガキはきっと頭がおかしい、救うってなんだ?

 実は、このガキが大金持ちの御曹司で、金でも恵んでくれるっていうのか?


「違う違う、この世界のお金を僕は持っていないからね」

「な……」


 心を読んだ?いや、偶然だ。


「見てご覧よ」


 いつの間にか、俺が掴んでいたガキは、ベンチの上に立っていた。

 ガキが指差す先に、トラックの行き来が激しい、国道がある。

 俺が目を向けて数秒後、信号で停止している一台のバスの後方に、トラックが突っ込んだ。

 大きな音と共に、トラックの前が潰れ、バスの後方もひしゃげた。


「な!!!」

「あれ、運転手は即死してないよね?」

「きゅっ、救急車を、」

「君もついておいで、今、僕を信じさせてあげる」


 そう言うと、ガキは俺の上着の裾を引っ張り、事故現場へ走る。

 とんでもなく早くねえか!?

 ガキのくせに!!

 俺の足がもつれそうになると、ふわりと体が浮いた、と、飛んだ!?


「うわあぁああっ」


 俺達は、事故ったトラックの、すぐ傍に着地する。

 ガソリンに引火したのか、火の勢いが凄い。

 トラックの運転手は、ハンドルと座席に挟まれ、内臓が圧迫されたのか、フロントガラスに頭部を強打したのか、運転手は死んでいるように見える。


「可哀相に、すぐ助けるからね」

「何言ってやがる、こんな所に居たんじゃ、俺等も焼け死ぬぞ!!!」


 ガソリンの火が洒落にならねぇ、バスの方に引火したら、中で気絶しているやつらも無事じゃ済まねぇ。


「よっと、引き摺り出すのを、手伝って欲しかった、のだけど時間も無い」

「おい、死んでいるそいつより、バスの…」


 俺は気が動転していて、このガキが、ハンドルと座席に挟まれて、レスキュー隊だろうが、すぐには引き出せない運転手を、するりと引き出した事を、疑問に思わなかった。

 後から考えれば、ガソリンに引火している劫火で、熱さも感じていない事にも、俺は気づいていなかった。


 目の前で、繰り広げられる光景に、俺はただ、見るしか出来なかった。

 そのガキが、両手を翳すと、身体に光が満ちて、ふわふわと光が溢れていく。すると、死んでいた運転手が、負っていた傷がみるみる内に消え、顔色が良くなっていく。

 ヒュッと喉が鳴ると、運転手は呼吸し始めた。


「もう少し遅れていたら死んでいたね、間に合って良かった」

「死んでなかったのか!?」

「心臓は止まっていた

 脳死まですると僕には救えない」


 なんだ、これは、本当に、なんなんだこれは


「信じてくれた?」

「ほんとうに…ほんとうに、息子を、助けられるのか…?」


 背後で炎が弾けた。


「君がこの短剣で彼女を殺してくれたら、ね」


 差し出されたそれは、柄に装飾が施され、深紅の鞘に納められている、短剣だった。

 炎に照らされた剣先は、鋭い。


 天秤に掛けられた命、見ず知らずの誰かの命と、息子の命なら、俺は迷わず息子の命を取る。


「必ず息子の命を救ってくれるのか?」

「これは契約だよ、僕と君との契約

 この短剣が契約の媒介、これで殺してくれれば、必ず君の息子は全回復して、長い人生を全うするだろうさ」



 きっと、こいつは悪魔だ。



 それでも俺は



 息子を救う。







「はぁ、はぁ、やった…、心臓を刺してやったぞ…!!

 契約成立だ、息子を…救いやがれ!!」





 刺した短剣は、光に変わり、その光は彼女達の身体を包み込む。

 やがて光は消え、そこには、命を落とした姉妹の死体がある。

 俺はスマホで、病院へ電話をかけ、息子の病状の確認を取った。



 嗚呼、本当に助かったのか教えてくれ、パトカーが来た、早く教えてくれ。


 スマホの向こうから「信じられない」「心音が正常に戻っている」と戸惑う声が重なって聴こえる。


 そうか、良かった。


 俺はきっと息子には会う事が出来なくなるだろうが、それで良い。





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