~8~ 加護の国へやってきた第四王子Ⅰ

 サヴァール王国の城下街、いつもならこの時間は、キュイ王女がアースドラゴンと空を舞う時間帯だ。

 その姿が本日は無い為か、空を見上げ、寂し気に流れる雲を見送る者達が多数いた。

 隣国へ赴いているとは、騎士団から説明があったが、それでもやはり寂しい。


 それは城下の国民達だけではなかった。


(はぁ、アルメイルもキュイ姉様も居ない城は寂しい)


 騎士団訓練所の一角にある王族専用の訓練区で、日課の訓練を終えたイエルは、用意された檸檬水で喉を潤し、溜息を付いた。

 この世界に転生してから、全くの一人になるのは、就寝時くらいだ。

 それでも、ドアの向こうには守護騎士がいたので、一人ぼっちになる事はない。

 イエルが気軽に話せる相手は、アルメイルとキュイ位だったのだが、二人とも国外だ。


(私も行きたかったなぁ、でも、私は私でニルドネアからくる王子に会わないとならないから、仕方ないのだけれども)


 一旦、訓練用の服から着替えなければと、イエルは外へ出る。

 勿論、守護騎士が二人、ゼネクとテオドールが、ついて来る。

 守護騎士はイエルの前後を挟むように歩く。

 彼らは、王族専用の区画へ続く階段の中程で


「イエル様」


 ゼネクが発した警戒する声、守護騎士として即座に、その背に王女を隠した。


「あれは…、ニルドネアの…」


 向こうは、こちらに気付いていない程の距離だが、ゼネクが持つ加護『危険察知』が反応した。


「ゼネク、もしかして、あの中の誰かが、危険、なのですか?」


 イエルがゼネクの後ろから少しだけ、顔を覗かせる。


「はい、『危険察知』が示すのはあの少年…ニルドネアの王子の様です」


『危険察知』の感知範囲は、周囲千五百メートルに及ぶ。

 ゼネクが加護を常時発動して感知する範囲は、七百メートルだ。

 そのギリギリの範囲で、彼が察知したニルドネアの第四王子への危険。

 イエルの目に、彼は六歳という年齢相応に見えた。

(でも、どこかで見たような…)

 イエルの記憶に、何かが引っ掛かる。

 彼女の眼は、ニルドネアの第四王子が目の前で見えているように、見る事が出来る。

 これがイエルの持つ新生加護『遠眼』である。

 数十キロ先まで自由に見る事が出来、『遠眼』はある程度の遮蔽物は、すり抜けてみる事が出来る。

 『遠眼』は常時発動出来ないが、数分置きであれば、十分程、連続で見る事が出来る。


「ゼネク、どうして危険なのか分かりますか?」

「危険かどうかだけしか現在はわかりません

 危険度は、五段階で下から二……くらいですが、これは経験上の憶測ですが」

「かまいません、教えて下さい」


 ゼネクの『危険察知』は有能だ。


「この感覚は経験があります、あの王子には魔力があるようです」

「!?」

「人間なのに魔力、だと?」


 もう一人の守護騎士、テオドールが警戒を強める。


「急ぎ、フェルデナンド宰相補佐を呼んで下さい」

「はっ」


 ゼネクは近くにいる衛兵へ、イエルの命令を伝え、緊急案件と付け加えた。

 守護騎士達はイエルをその王子と近づけないよう、城の中へ促すが、イエルはその場から動かなかった。


「イエル様?」

「ここはあちら側からは死角になっています

 私はこのまま宰相が来るまで、彼がどういう人物か見ています」


 イエル達から離れた場所にいる、交換留学で自国へやってきた、ニルドネア王国第四王子ルカ・ニル・ヴァイーゼ。


(その彼に、魔力があるなら……)


 ゲーム【勇者と花冠の姫】では、存在しなかったニルドネアの二人の王子。


(その一人である彼は、一体何者なのだろう?)


 と考えながら、イエルは宰相補佐の到着を待った。




 暫くすると、足早に、宰相補佐のフェルデナンドがやってきた。

 敢えて、第四王子に気付かれないように、遠回りできたフェルデナンドは、若くして宰相に任命されるほどの、才があった。

 サヴァール王国には、宰相補佐は二人いる。

 どちらも優秀で、それに見合う加護も持っている。


 フェルデナンドの加護は『鑑定(全般)』だ。

 それは加護の種類、錬金術師ならばそのレベル、魔族ならばレベル・使用可能魔法・種族・称号等が分かる。


「イエル様、報告は聞きました。早速鑑定します」

「距離がありますが、出来ますか?」

「伝手で手に入れた、ニルドネアの特別な眼鏡がありますので、問題は無いかと」


 そう言うと、フェルデナンド宰相補佐は眼鏡を掛け、六百メートル程の距離のにいる、ニルドネアの第四王子を見た。

 その目が僅かに普段より開かれ、暫く沈黙する。

 眼鏡を外し、懐に仕舞うと、フェルデナンドは


「こちらへ」


 とニルドネア一行に気付かれないように、イエル達を城の中へ連れ行く。


「種族は人でしたが、彼の魂の称号が…」


 そこまで言って、フェルデナンドは一旦言葉を飲み込む。

 彼は、まるであってはならないものを見た、とでも言うように、厳しい表情で視線を揺らめかせた。


「フェルデナンド、言って下さい」

「……魂の称号を持つ者は、人間にはあまりいません

 彼、あのニルドネアの第四王子の魂の称号は

『魔王』です」


「「「なっ!?」」」


 その場にいた、イエルと、守護騎士のゼネクとテオドール、三人は驚くしかなかった。



 魔王。

 それは、この国の建国前にこの地を統べた者。

 この地には魔族が蔓延り、土地は魔素で染まり、人が住める場所では無かった。


 魔王が『契約』の加護を持つ者が作成した、契約書にサインをし、魔族を引き連れ北原野へ移住した。

 残った土地を『神聖雨しんせいう』で浄化し続けなければ、このサヴァールの地は再び、魔素が充満する土地に戻るのだ。


 以上が、国民の知るサヴァールの建国の歴史だ。



 その古い歴史は千年近くも前の事。




「魔王が死に、朽ちて魂が人として転生した?という事ですか?」


 イエルは、自分達が転生者だとは、誰にも話してはいない。

 だが、この世界にはイエル達の様に、転生する、というシステムがある可能性が高い。

 

(魔王が人へ、転生?)


 しかし、イエルはそれに疑問を持つ。


「鑑定は嘘を示しません

 概ねそういう事だと判断出来ますが、魔族の寿命は、上位各だと千年とも二千年とも

 寿命が来たとは考え難い……?」


 フェルデナンドですら、自分の鑑定が正しいとしても、魔王の転生には疑問がある。

 守護騎士のゼネクは、余りの事に、任務中だが口を開く。


「しかし、魔族が人へ…そんなことが」

「これが、他の魔族にも出来るとしたら、大変な事だ」


 テオドールも、事態が突飛過ぎて、動揺していた。


「いいえ、それは無いかと

 魂の称号ですので魔族では無いのです

 彼は人間で魔力がある、これからも人間でしかありません」


 フェルデナンドが断言し、皆、先程の魔族への恐れを孕んだ殺気は薄らいだ。


「問題は……彼に魔王の記憶が、あるのかないのか、ですね

 フェルデナンド宰相補佐、お聞きしたいのですが」

「なんでしょうか、イエル様」

「魂の称号は、彼以外にも、持っている方がいるのですか?」


(『魂の称号』、そんな設定は、ゲームの時にはなかった

 これが、この世界を知る鍵になるかもしれない!)


 イエルはわくわくした瞳を、フェルデナンドに向けた。


「魂の称号を持っている方、私が直接確認出来たのは三人、です」

「そ、それは、お聞きしても……?」


 イエルは、わくわくを隠しきれず、詰め寄るものだから、フェルデナンドはたじろいだ。


「特に、極秘事項というわけではありませんが、ここにいる皆様も、イエル様も、絶対に口外してはなりませんよ?」

「!!!はい!!!」


 イエルは元より、ゼネクとテオドールも、教えてもらえるのか!と一斉に返事をする。

 彼らの様子に、フェルデナンドは、クスリと笑みを浮かべ、話始める。


「身近な方ですと、第一王女殿下は『ドラゴンの母』という称号をお持ちです」

「ドラゴンの母、ですか!?」


 なんというか、もっとこう、THE・称号、的なものを、想定していたイエルは、パチクリと数回瞬きをして、小首を傾げる。


「もしかして、キュイ姉様はドラゴンだった、とか?」

「そこまではわかりませんが、魔王が転生出来るなら、魂とは、肉体の種族と無関係なのかもしれません

 もっとも、私にはそこまでわかりませんが」


 イエルの問いに、苦笑して肩を竦めたフェルデナンド。

 彼は、懐から懐中時計を取り出し、現時刻を確認する。


「おっと、そろそろ、執務に戻らないとなりません

 ニルドネアの王子の事は、王にもお伝えせねばなりませんので

 イエル様は、王のご判断があるまで、お会いにはならないように」

「わかりました、宜しくお願いします、フェルデナンド宰相補佐」


 イエルは、ニルドネアの王子とお話出来ない事は、残念だったが、事が事なのでコクリと頷く。


 フェルデナンドは守護騎士に目配せする。

 彼の意を悟ったゼネクとテオドールは、頷いた。




(あ、称号があるという残りの二人は誰なのかしら?)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る