~11~ 加護の国へやってきた第四王子Ⅳ
サヴァールの王城は、主に住む為の居城と、政治を担う為の執務塔に分かれている。
それぞれの居城の横にある塔の上には造り付けで設置された、椅子とテーブルがあり、花壇に植えた花々や花が咲く木々があり、ちょっとした庭園の雰囲気がある。
王との謁見を恙なく終えたルカは従者のグランヴィルと共に、賓客用の居城区の塔の上にあるティータイムなどが出来る塔の上にいた。
ルカ達の為に用意された部屋は、王族が住む場所から一番離れた賓客用の部屋だった。
(この風……、懐かしいな)
ルカは造り付けの椅子に腰掛け、地面に届いていない脚を、暇を持て余す様に、ぶらぶらさせている。
この国へ来た名目は交換留学だが、ルカはまだ六歳という年齢の為、サヴァールの学校へは通えない。
ニルドネアから希望もあり、サヴァールの王子達に教えている講師が、ルカに勉学を教える事になった。
「六歳だと、学校にはまだ入れないのは、残念だったなあ
仕方がないか…レンツ兄様が行方不明じゃなければ、レンツ兄様がサヴァールへ来る筈だったのだもの」
「レンツ様の行方は、まだわからないようです」
「そっか~、まあ、こちらの第一王子と第一王女が、我が国へ行かれたのだから、すぐに発見されると思うよ
あの、アースドラゴンも同行しているんだ、見つからないわけがないよ」
まるで、それを確信しているような口ぶりで、ルカは言う。
「ドラゴンには会いたくなかったから、向こうに行ってくれて助かった」
「ルカ様はドラゴンがお嫌いなのですか?」
グランヴィルが問う。
「いいや?僕は嫌っていないよ」
ルカは、出された紅茶を口に運び、グランヴィルに深くまで追及させない。それを察知したグランヴィルは、いつもの事だな、と目を伏せた。
「そう言えば、第二王女には会えないね、警戒されているかな?」
「どうして、そう思われるのでしょうか?」
グランヴィルの問いにルカは顔を寄せる。
それは塔の上に出る階段付近で、警護するサヴァールの衛兵には、聞こえないようにする為だ。
「あの時、一瞬だけど、君は警戒したでしょう?」
周囲には悟られないように、気配を探ったグランヴィルは、ルカの言葉にドキリと息を飲む。
(ルカ様は、六歳とは思えない洞察をされる)
「何者かが、私達を警戒していました
多分、私達ではなく、ルカ様を」
「へぇ?僕を?」
ルカは、なるほどと、緩やかな笑みを作る。そして、持っていたカップを口元に運び、紅茶を飲み干し、空のカップをソーサーに置く。
「こんな幼い王子を警戒する、それはどうしてかなあ?」
ルカの塗れ羽色の髪が風に揺れ、金色の瞳が傾いた太陽の光を跳ね返す。その上位魔族の様な存在感と、穢れのない少年が入り混じるさまに、グランヴィルはドキリとする。
グランヴィルは彼の魂に『魔王』の称号がある事を知らない。
それでもルカが彼にとっては、あの時から、唯一無二の主だ。
「ルカ様は、もう少しご自身を顧みられては、と思いますが」
「お母様譲りの濡れ羽色の髪、金色の愛らしい高貴な瞳!
こんな可愛い六歳児を、警戒する必要はないだろ?」
わざと拗ねる口調になるルカに大きなため息で返すグランヴィル。
「ここはサヴァールなので、何らかの加護の力で、ルカ様が魔力保持者と、バレたのかもしれません」
「この魔力阻害の腕輪をしているのに、あっさりバレちゃった?
ロラン兄様の傑作なのに」
ルカの左腕にある腕輪を右手で優しく撫でる。
それは、弟を溺愛するロラン制作の銀の腕輪。
この腕輪は魔力持ちの魔力を認識阻害させる、ルカの為にロランが制作した錬金術具だ。
人が魔力を持つ事は、極稀だ。
魔道具を使用して、魔法を使う民族もいるが、殆どの魔力持ちは魔族との混血の一族で、純粋な人族ではない。
ルカは混血ではないが、その極稀に魔力を持つ人間だった。
ニルドネアでは、王族と上層部の極一部の者が、ルカが魔力持ちだと知っている。
錬金術具には、能力鑑定が出来る道具がある。
その鑑定道具は、錬金術使いの≪目≫、魔力、加護の所持非所持が判る。
フェルデナンド宰相補佐の『鑑定』程、詳しく分からないが、ニルドニアの王室が所持する錬金術具だ。
魔力持ちであっても、ルカは国王を含めた王族から溺愛されている。
ニルドネアの王族は一夫多妻、ルカの母である第三王妃は、東方にある島国出身の先祖がいたらしく、彼女は黒髪で金色の瞳をしており、ルカもまた同じだった。
因みに同じ母から産まれた兄のロランは、父親の髪の色を受け継いでいる。
魔力持ちと加護持ちは、世界から狙われる、これはこの世界の常だ。
特別な力を持つ者は、国の軍事力の底上げ、もしくは剥奪を目的とする。
魔力は加護と違い、子に遺伝する確率が高い。
男女の魔力持ち同士を番わせ、更に強い子を作らせる。
現在の軍事国家エルドラム帝国は、貴重な魔力持ちを、各部隊に一人はいるほど、有していた。
これはエルドラム帝国での軍事機密である。
ルカを守る為の、魔力を認識阻害させる腕輪でさえ、サヴァールにいる『鑑定』加護の力の前には、無力だった。
ニルドニアは、第三王子が行方不明である現在、サヴァール王国ならば、自国にいるよりは安全だと判断され、いや、こんな時だからこそ、建国時から王都は結界に護られているサヴァール王国に、ルカを送り出したのである。
魔力持ちとバレたことは、仕方がないと、ルカは溜息を漏らす。
(結界さえ通過出来れば、あとは計画通りだよ
サヴァールはもうすぐ終わる)
ルカは立ち上がり、塔からサヴァールの王都を見下ろす。
「流石、加護と言う名の呪いが、充満する国だね」
その声は、城下の時計塔から響く、十五時の大きな鐘の音が搔き消した。
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