~7~ 錬金術国家へⅣ(ダンジョン)
錬金術国家ニルドネア王国の城塞。
城内の王族が住む居城は、国王と王妃が住まう居城と、第一王位継承者が住む居城、そして第二王子以下が住まう居城区に、分かれている。
ソアが示す先は、第二王子以下が住まう居城区だ。
神格級アースドラゴンが、人の姿になっていることは秘匿している。
彼に見えている魔素は、通常の人間には見えない。
「この先の、あの部屋から、魔素の粒子が漏れている」
ソアは立ち止まり、突き当りの部屋を、指差した。
「あの部屋は?」
アルメイルは、ソアが指差す扉を見て、驚くロランに問いかける。
「あれは……、弟の部屋です、弟のレンツは、あの部屋で消えたのです」
「消えた?」
「攫われた痕跡も、自ら外に出た痕跡も無く、消えたのです」
彼らは、打つ手は打ち、どうしようもなくて、他国の王族の交換留学という名目で、やってきたアルメイル王子達を頼る、決断をした。
ロランは錬金術を使って、部屋を調べ捜索し尽くした。
(それでも、痕跡が無かったのにと)
ロランは、下した手で、拳を作る。
自分の力不足に、打ちのめされる。
その拳にそっと手を重ねた、アルメイルは言う。
「ロラン王子、まだ間に合います。
助けましょう、貴方の弟君を」
下を向き、己が無力に打ちひしがれている、ロラン。
アルメイルは、彼の前に立ち、身長差で見えるその顔を、下から見て言う。
「あの扉を、開けてもよろしいでようか?」
「も、勿論!!」
少年王子の言葉に、ロラン王子は即座に頷いた。
彼の了承を受け、アルメイル王子はソアを見て尋ねる。
「ソア、この向こうに、危険はありますか?」
「私がいて、危険な場所など、存在しない」
ソアの言葉を聞き、キュイが剣を抜く。
「頼もしいな、ソア!!開けるわ!!!」
誰かが、どうして剣を抜くのか、と問う間もなく、キュイが扉を開ける。
「「「「「「「えっ」」」」」」
その瞬間、部屋の中に、一同が強制移動した。
「こ、これは…」
「こんなことが……」
先程までは、城の中の広い廊下、行方不明の王子の部屋の前、だった。
今いる此処は、明らかに部屋ではない。
そこへ引き込まれた、アルメイル、キュイ、守護騎士四名、そしてロランは、それぞれ辺りを見回す。
「ダンジョンだ、漂っていた魔素は、ここからだな」
ソアは驚くことなく、言う。
「は!?
ダンジョンですと?
昨日も調べていたが、まごうことなく、弟の部屋だった!!
どうして!?」
有り得ない事象に、ロラン王子は、戸惑いを隠せない。
自分達の周りに広がるのは、四方石畳で作られた壁、床と天井、壁には数メートル置きに、灯りが灯っている。
「多分、ダンジョンが生成されたから、だと思います」
乙女ゲーム【勇者と花冠の姫】は、勇者がレベルアップする為に、ダンジョンイベントが、様々な場所に仕込まれていた。
乙女ゲームなのに、ロールプレイングゲームの要素が強いのも、このゲームの特徴だ。
攻略対象は、勇者御一行の誰かというゲームなので、魔王討伐までの会話等で、魔王討伐後にルートが分岐する。
バッドエンドは、魔王討伐出来ずにルート分岐すると、必ずどのルートもバッドエンドになる。
勇者一行とは別の、隠しルートのキャラを攻略する事で、魔王討伐せずとも、バッドエンドを回避出来るルート、も存在しているが、現状はそのルートを辿る事は、無理である。
【勇者と花冠の姫】でのダンジョンは、必ず人間が、ダンジョン生成へのエネルギーにされていた。
ダンジョン制覇は、ダンジョンの最奥の祭壇に囚われている人間を、救い出す事でなされ、タイムリミットがある。
ダンジョンが生成され、四十八時間以内に救い出さないと、そのダンジョンは完全生成され、魔物が湧くようになる。
その後、そのダンジョンは消えずに、魔物の巣窟となる。
アルメイルは、初めて実際のダンジョンに入った。
ダンジョンの第一印象は、空気が濃い、だ。
(これが魔素なのか)
ごくりと唾を飲み込み、アルメイルは気を引き締める。
「急ぎましょう、ダンジョンが生成されてから、まだ48時間は経っていない筈ですから、最奥にある祭壇に、行方不明のレンツ王子がいる、可能性が高いです」
まるでダンジョンそのものを、知っているような口振りの、アルメイルをロランは不思議そうに見た。
「それは一体どういう事なのですか?」
ロランは、己の≪目≫で見える、ダンジョンの壁や床に、違和感を覚える。
それらには陣がないのだ。
「これがダンジョン…」
(私の見るレベルのせいなのか、それとも、ダンジョンが不完全だからなのか)
ロランが難しい表情でいると、答えられない自分を訝しんでいるのか、とアルメイルは勘違いした。
(どう説明したらいいのかな、まさかゲームをプレイして知っている、とは言えないし…)
「ダンジョンは、魔物が人を選び、その人間をエネルギー源として、どこにでも造る」
アルメイルの代わりにソアが説明する。
「魔族は北原野にいるが、魔物は魔族と異なりどこにでもいる
そうだな、人間達はそれを精霊とも呼ぶ。」
ソアにしては、説明が親切だ。
(もしかして、僕を助けてくれたのかな?)
「え、魔物と精霊は同じなのですか?」
周囲を警戒している、守護騎士のオノフリオが驚き、思わず質問してしまった。
「人が言う精霊は、植物をエネルギーとしている魔物全般だ
それ以外は、魔素の残滓が集まり、弱い魔物が生じる
あれらは巣を作る為に、人を核として、ダンジョンを造る
」
つらつらと知識を話すソアに、そこにいた者達は驚き、パチクリと瞬く。
「ソア、凄い…!それは誰も知らない事だと思います!」
ゲーム設定でも、そこまで語られていなかった。
アルメイルはソアへ、尊敬の眼差しを向けた。
そしてそれはアルメイル以外のそこに居る者達も同様だ。
「ソア様、その核になる可能性は誰にでもあるのですか?」
ロランは、もしそうならば一大事である、ゴクリと、恐怖で溢れた唾液を嚥下した。
「無い」
「では、なぜ、弟が……」
「それはお前がその目で見極められるだろう」
キュイ王女でもアルメイル王子でもない、人間にこれ以上の説明は面倒くさいと、ソアはフイと通路の先を見た。
「つまり…私の≪目≫で見極められる…生態の陣に特徴があるのか…」
ロランは記憶している陣を思い出す。
「それより今はこのダンジョンの奥にいるレンツ王子を助けないと」
アルメイルは、当初の目的を思い出し、皆を促す。
「ねえ、ソア」
「なんだ、キュイ」
「下にその王子がいるのよね?」
「階層をぶち抜けない?」
「私がやるとやりすぎそうだ」
なにやら、規格外のキュイとソアが、人ならば有り得ない作戦を、行おうとしている。
「じゃあ、アルちゃんがこの辺をぶち抜けばどうかしら?」
両手をパンと合わせたキュイ王女は名案とばかりに進言する。
「姉上、残りのケーキが気になって早く戻りたいのですか?」
「分かっちゃった?」
「ったく、僕はまだ一口も食べていないのに」
彼らは歩みを止めず、緊張の欠片もない三人の会話。
守護騎士四人は、ダンジョンでも、この方々には大した脅威は無いのだな、と思いつつも、身を引き締める。
一方、ロランはその≪目≫で見ても、ダンジョンの陣は見えない事に、感動を覚え始めた。
何故なら、彼は生まれて一度も何も陣が見えない場所を見た事が無い。
(素晴らしい!世界にはまだまだ、知らない事が沢山あるのだ!)
さて、生成されたダンジョンは、四十八時間までは魔物も宝も、何もない。
ダンジョンの一階は、生成され続ける迷路のような、通路だけだ。
つまり、この段階のダンジョンは、それだけに厄介である。
先へ進むための地図を作ろうにも、刻々と通路が変わるのだ。
小一時間程歩いても、下層への階段に辿り着かない。
「やっぱりブチ抜くのが正解じゃないかしら」
キュイ王女が正攻法で行く手間を、面倒そうに言う。
「う~ん、そうですね、時間との勝負なのに、通路が変わって増えるとは……」
歩みを止めずに会話する、サヴァールの王子と王女は、共に立ち止まった。
「皆さん、少し下がって下さい。」
腹を括ったアルメイルが、片膝を付き屈むと、床をコンコン叩く。
「イエル程に力は強くはないのですが…いけるかな…」
他の者達が数歩下がった事を確認すると、アルメイルはこの辺がいいかなと、こんこん床を確かめる。
「とりゃっ!」
アルメイルが床を殴ると、ボコリと半径2メートル程の穴が床に明いた。
「えっ!?」
その場にいた中で、ロラン王子だけが驚きの声を上げる。
これが通常の反応だろう、アルメイルの訓練を、いつも見ている守護騎士達は
(手加減がお上手になられた!よかった、一帯が崩れなくて)
と安堵した。
「ショートカットいけそうですね!
よし、この調子で最下層まで行きましょう」
アルメイルは言うと同時に、その穴から飛び降りた。
「アッ、アルメイル様!?」
その行動に慌てた、アルメイルの守護騎士のオノフリオとネザルが、彼を追い飛び降りた。
「早く来ないとダンジョンですから、この穴はすぐに閉じますよ~!」
と下からアルメイルの声がし、残った者達も順に飛び降りた。
これを繰り返す事、四回、最奥の扉がある階層に、辿り着いた。
背の高いソアや、守護騎士達が見上げる位の高さの扉に、鍵穴は見当たらない。
先ずは、守護騎士のネザルが前に出て、扉に手を当てる。
「この扉は押せば開くのでしょうか?」
「いや、何か仕掛けがあるようだよ」
とロランは≪目≫で扉にある陣を読み解く。
「これか」
彼が、扉に刻まれている文字らしき模様を、指先でなぞると、扉がゴゴゴゴゴと右横にズレていく。
(ゲームでも、錬金術使いがその力を行使する場面はあった
実際に見ると、感動だなぁ)
アルメイルは、口には出せない感動に、目を輝かせた。
「流石、錬金術使いですね」
アルメイルは傍に歩み寄り、ロランを見上げて言った。
「ふふ、貴方に比べれば私など凡人です」
「いえいえ、ご謙遜が過ぎますよ、ロラン王子」
何故か、ロランとアルメイルの褒め合いが始まった
「この際、私の事はロランと呼んで下さい」
「では、僕の事もアルメイルと」
と二人が握手を交わす。
「あーっ、お姉ちゃんに許可無く仲良くなってる!!
アルちゃんは誰にも嫁がせないからね!」
アルメイルは、キュイ王女に後ろから羽交い絞めにされる。
その身長差で、少年王子の後頭部が、王女の胸の弾力で押され、強制で俯かされる。
「僕は男なので嫁ぎません
それに僕達は婚姻して国外に出る事は、禁じられていますよ、姉上
それより早く中に入りましょう」
アルメイルはブラコンの姉を諫め、腕を解くと、祭壇の間に入っていく。
「あれが…」
中央にある祭壇へ、ダンジョンの中なのに、天井の窓らしき場所から光が射している。
祭壇の上には探し人の、第三王子のレンツが横たわっていた。
よく見ると光が射しているのではなく、彼の体からエネルギーが吸いだされている光だった。
「レンツ!!!!!」
駆け寄ろうとするロラン王子を、守護騎士オノフリオが制する。
傍に行って、彼までエネルギーが吸い取られる恐れがあると、判断したからだ。
「顔色が悪い、このまま祭壇から降ろしても大丈夫でしょうか?」
王族にさせるわけにはいかないと、もう一人の、アルメイル付き守護騎士、ネザルがソアに問うた。
このダンジョンという空間の、不思議な事象、このドラゴンだけが、きっと正解を知っている、とネザルは思ったからだ。
ネザルの判断に、ソアはフフンと口元に笑みを作る。
(この守護騎士はよく状況を見ている
アルメイルの守護騎士としては、合格だ)
とアースドラゴンは思った。
ネザルは、やはり自分などには、このドラゴンは答えてくれないか、と思った、その時
「上のアレを破壊してからの方が安全だろう」
と、ソアは天井へ光が吸い込まれている、箇所を示す。
ネザルは、ソアが自分の問いに答えてくれた事に、驚いたが、
「ありがとうございます!」
と叫ぶと、腕に仕込んでいる、ガントレットタイプの弓で、その場所を射抜いた。
すると天井にあった何かが壊れ光が消えた。
「今だ、オノフリオ!」
「わかってるって!!」
ロラン王子を抑えていたオノフリオは、言うが早いか、素早く駆け寄り、祭壇からレンツ王子を抱え、祭壇から迅速に離れる。
ゴゴゴゴゴゴと、部屋が、地響きの様な音を響かせ、揺れ始める。
床に浮かんだ陣を見つけた、ロラン王子は
「皆、その魔法陣へ!!!元の場所に戻れる陣だ!!!!」
その叫び声に、一同がその魔法陣がある場所に集まる、と同時に、彼らはその場から消え、ダンジョンは崩れていった。
彼らは、ダンジョン攻略を規定時間内に、クリアした。
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