~6~ 錬金術国家へⅢ

 アルメイルの目の前は、ニルドネアの第一王子と第二王子がいた。

 二人の王子が部屋に尋ねてきてから、彼此三十分経つ。


「え~、であるからして……現状、我が国は……」


 第一王子は、王位第一継承者としての責任を以て、言葉を紡ぎ、第二王子は第一王子を立てる様に、黙している。

 彼の話は、本当は確信に触れたいのに、蛇行するように、パスクヮーレはゆっくり話す。

 彼らのじれったい様子に、痺れを切らしたキュイは、右足をドンと鳴らした。

 その場にいた、サヴァール王国の者達は、王女がほんのちょっとだけ、キレたな、と思った。

 しかし、ニルドネア王国の二人の王子は、ピクリと肩を揺らした。

 パスクヮーレは話すのを止め、アルメイルからキュイの方を見た。


「失礼を承知で言いますが、こちらに何か頼み事を、したいのでしたら

 遠回しに言わない方が、いいですよ」

 アルメイルは苦笑交じりに言う。

「姉上は、この後のティータイムで、この地方、ドルディナ地方特産の、フルーツケーキを食べる事を、楽しみにしていたので

 その時間にお話し時間が、食い込むのは些か……

 申し訳ありません、」


 年下の少年王子は、パスクヮーレがキュイを恐れているのだろう、と思い、申し訳なさげに言う。

 パスクヮーレは、こちらの言葉の何かが、彼女を怒らせたのではないのか思っていたので、その少年王子の言葉に、ホッとした。


「そう、でしたか

 わかりました、ではそちらのバルコニーへ

 フルーツケーキに加え、リモナータとリモーネパイも加えてティータイムにしましょう。ね、兄上?」

 ロランは、まだ少し固まっている兄の背を、ポンと叩くと、恭しく一礼し、サヴァールの姉弟を、バルコニーへ促した。


 パスクヮーレのキュイへの畏怖は、思いの外に根強いようだ。

 彼とは違い、弟のロランは、キュイに対する恐れは、持っていないようだ。

(彼の持つ、錬金術使いとしての知識が、そうさせているのだろうか?)

 とアルメイルは思った。




 錬金術使いは、加護を持つ者と違い、特殊な能力がいくつもある、訳ではない。

 彼らは、他の人間と、≪目≫が違うのだ。


 錬金術使いに成れる者は、生まれつき≪目≫が、他の人間と違う。

 彼らは常時、生命体、物質、見る事の出来るものに、あるそれらを成している陣を、見ている。

 陣は、生態や物質の設計図の様なもの、で彼らはそれを見、陣の構成ルールに則り、改良を加えるなどし、特殊な条件を付与するのだ。

 錬金術の付与は、繊細な作業だ。

 錬金術使いの≪目≫をもって行使せねば、付与した錬金術は、発動しない。

 

 例えば眼鏡のレンズ、レンズとなるガラスの陣に、その眼鏡を掛けた者の視力を読み取らせ、その者が見ようとする距離を、見える様に補佐する錬金術が、レンズ硝子に施されている。


 国外流出禁止ではあるが、錬金術が施された眼鏡を、装着すると、1~5㎞先辺りまで見る事が出来る、仕様の眼鏡が、この国の国境警備隊に配備されている。


 錬金術使いが、加護を持つサヴァール人を見ると、その人間の生態の陣に、数個の特殊な陣が、重なって見えている。

 それは例えるなら、描画ソフトで用いるレイヤー機能、その画像レイヤーが数枚重なっているように、見えている。

 複数のレイヤーは、加護の力の構成図のようなもの、だ。

 ニルドネアの錬金術使いは、加護を研究する事を、禁じられている。

 錬金術使いが、人工的に加護の力を付与しようとすると、付与した者も、付与された者も、その行いを命じた者も、必ずその瞬間に死を迎える。

 人間如きが、加護を授けようとすると、神罰が例外なく下るのだ。

 加護とは、神もしくは神格の存在からの贈り物、でなければならない。

 それがこの世界の、犯してはならない理、なのだ。



 ロランは、その錬金術使いの≪目≫で、アルメイルとキュイ王女を見ていた。

 彼らは、これまで見た加護持ちの者とは、明らかに異なっていた。

 双方僅かに違うが、生態の陣の奥になにか違う、光がある。

 錬金術使いの≪目≫では、解読出来ない体系の、陣のような何かだ。

 それは直感で、悪いものではない、とロランは感じた。

 彼は視線を横に移す、キュイ王女の傍にいる青年へ。

 銀髪で褐色の肌、サヴァール人では無さそうだが、彼には陣が無い。


 (いや、自分如きでは、この存在の陣を、見る事が出来ないのだ

 つまり、彼は神格の存在)


 ロランはそう理解した。


(これは交渉するより、素直にお願いした方がいい、かもしれないよ、兄上)

 と彼は己の兄に、視線を送った。



 一旦彼らの話は休止した。

 給仕達が、アルメイル達が城下に降りた時に、買い物をお願いした、フルーツを使ったケーキ、リモーネパイ、飲み物として、紅茶やリモナータが置かれる。

 さっきまで、不機嫌そうだったキュイは、フルーツケーキをのせた皿を、両手で大事そうに顔の前に持ち上げ、上その香りを嗅ぐ。


「ん~、んふふ、とても良い匂い!」

「見た目もとても美味しそうですね!

 そういえば……姉上は甘いものが、お好きなのですね?」

「柑橘系のケーキが、大好きなの!」


 キュイは、嬉しそうにケーキを口にし始めた、アルメイルはそれを、微笑ましく思った。


「では、パスクヮーレ王子

 先程のお話ですが、捜索に長けた加護を持った者が、我が国にいるかを、知りたいのでしょうか?」


(まだ、本筋にも入っていなかったのだが、先読みをされた)

 パスクヮーレは、少年王子の言葉に、目を見開く。

 目の前にいるのは九歳の少年。

 パスクヮーレは、アルメイルに話すていで、キュイに伝わればいいと、内心思っていた。


(これは、考えを改めなければならない、同じ第一王子でも、私が彼と同い年の頃は、もっと子供だった)


 ソーサーにティーカップを置き一息つくと、アルメイルは静かに続ける。


「我が国は、人権を守る意味で、国民全体の加護の全ては、把握しておりません、もし、そのようなものが、居たとして……」

 アルメイルの言葉を、思いがけない者が遮った。


「アルメイル、魔素が城内に舞っている」


「え!?」

 その場にいた一同が、発言者に注目した。銀髪褐色の彼に。

「ソア、魔素?え?魔族がこの城に居るって事?」

「何を馬鹿な!?

 城内には、サクロの香が要所・要所に、焚かれている

 魔族が入る隙など」


 パスクヮーレは立ち上がり、同じく、立ち上がった弟ロラン、と目を合わせる。

 重大な発言をしたソアは、リモーネパイを一口頬張り、ごくりと飲み込む。


「この魔素は、魔族ではない」

「ソア、魔素はどこからかしら?」


 キュイは立ち上がり、剣を携える。

 アルメイルが立ち上がり、襟を正す。


「ソア、その発生源へ、案内して頂けますか?」


 キュイとアルメイル、二人の言葉に、ソアは無言で頷く。


「それでは、城内を探索する許可を、お願いします、パスクヮーレ王子」


 (折角のケーキを、食べ損なった)


 アルメイルは、手つかずのフルーツケーキ見たが


(それどころではない)


 と切り替えた。


「嗚呼、問題ない、私も行こう」


 ソアは、一人だけ二個目のケーキを食べ終え、口元をぺろりと舐めて、立ち上がる。


「待って下さい、兄さんは父上に報告を

 彼らとは僕が行きます」


 ロランは、扉の衛兵に兄の護衛、指示を出す。



 こうして魔素の発生源へは、アルメイル、キュイ、ソア、それぞれの守護騎士達、そしてロランが向かう事になった。

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