~5~ 錬金術国家へ Ⅱ
アルメイルが、交換留学にやってきたニルドネア王国、実はこの王家には、抱えている憂いがある。
それは他国どころか、国内へも公にはされていない。
現ニルドネア王国、国王ザイン・ニル・ヴァイーゼⅡ世には三人の妃がいる。
それぞれの王妃との間に、王子が生まれていた。
上から
第一王子 パスクヮーレ・ニル・ヴァイーゼ 二四歳
第二王子 ロラン・ニル・ヴァイーゼ 十六歳
第三王子 レンツ・ニル・ヴァイーゼ 十三歳
第四王子 ルカ・ニル・ヴァイーゼ 六歳
の四人の王子である。
王位継承順も本来はこの順なのだが、第三王子レンツ・ニル・ヴァイーゼが三カ月前から、行方不明なのである。
ある晴れた日の朝、普段通りに専属の従者が、起床時間に起こしに部屋に入ると、忽然と王子の姿が消えていたのだ。
彼のベッドには、就寝した形跡はあったが、そのシーツは彼の体温を残していなかった。
ドア前の衛兵は、夜間交代もあったが、誰も一睡もせず、普段の警備をしていた。 部屋にあるバルコニーへ通じる窓は、内側から鍵が掛かっており、何者かが無理矢理侵入した痕跡もなかった。
あらゆる手段を用いて、第三王子を捜索したが、一つの手掛かりもなかった。
誘拐のように犯人からの連絡もなく、これが他者による誘拐なのか、本人による失踪なのか、いずれも不明のままだ。
第三王子の失踪は城外不出とされ、国外は元より、国内にも知らされていない。
大きな式典の折には、病気だと欠席としていたが、それもそろそろ限界かと思われた。
彼の行方は今でも水面下で、捜索され続けているが、公に出来ない事も相まって、なかなかその痕跡すら、見つからない。
そんな状況でニルドニアは、同盟国のサヴァール王国からの、第一王子の交換留学を受け入れた。
サヴァール王国の加護を持つ者達、その中に第三王子を探せるような者がいるかもしれない。
その可能性に掛けた兄弟の王子達が、父である国王に進言したのである。
王は王子達に任せる事にした。
今後この国を背負っていく息子達が、同盟国であるサヴァール王国に、どう助力を乞うのか、王は見極めようと決断した。
万が一、第三王子を攫ったのが、それを可能とする加護を持ったサヴァール人だったら?と考えてしまうが、現状、サヴァール王国がニルドネア王国へそのような事をする、根拠は思い当たらない。
書類に目を通しながら、第一王子パスクヮーレは、無自覚に唇を強く結ぶ。
交換留学という形で、こちらにやってくる王族は一人と、打診があったのだが、いざ蓋を開けると、事もあろうに、護衛という形で、あの第一王女が同行してきた。
(確かに、あの王女は騎士団の隊長でもあると、伝え聞く
護衛で来てもおかしくは……
いやいやいや、第一王女だぞ、あの国の第一王女!!!!
アースドラゴンを召喚し、地図まで変えた、あのキュイ王女が、どうして!!!)
心の中で、悲痛な叫びをあげる第一王子。
母である、第一王妃フィーシュに似て、柔らかく細く緩い癖がかった金髪、整った顔立ち、二重瞼に金色の睫毛、瞳は晴れた春空の色をしている、パスクヮーレ王子が
(もしかしてニルドネアの終わりか!?)
とキュイ王女を恐怖し、青ざめた表情をしている。
そうでなければ、パスクヮーレは美形で、優雅な面立ちのザ・乙女ゲームの攻略キャラの筆頭!的な王子である。
しかし、彼は【勇者と花冠の姫】の攻略キャラ、ではない。
パスクヮーレは気を落ち着かせようと、深呼吸をする。
(あの王女には、一度舞踏会で、お会いした事があった
ダンスはお上手だったが……
あまりあのような場は好きでは無さそうに見えた)
苦悩する王子は、ドレス姿のキュイ王女を思い出す。
彼は、キュイ王女がつまらなさげに見えた。
それは多分、愛する妹と弟と離れて、隣の国まで行かねばならなかった、からなのだ。
それは同行した彼女の守護騎士達くらいしか、察せない事であった。
(三年前だから、今はもっと、大人の女性になっているのか)
パスクヮーレは最後の書類にサインをし、ペンを置いた。
ドアをノックする音が聞こえ、
「兄上、よろしいでようか」
と扉の向こうから声がしたので、パスクヮーレは扉の前にいる衛兵に、入れて良いと手を振る。
扉が開かれ、弟であり第二王子ロランが入ってきた。
ロランは金髪を肩辺りまで伸ばし、後ろで束ねている。
瞳は父である王と同じく碧色、十六歳の誕生日を迎えたばかりなので、幼さも少し残るが、十六歳はこの世界では成人だ。
ロランは錬金術の才があったが、錬金術使いの中でも、変わり者の部類に属していた。
幼い頃から、他者がそれを見ると、あまり役に立たない様に思える錬金術具を作っていた。
彼は政治に興味が無いが、与えられた公務は、卒なく熟している。
弟王子の失踪以降、ロランは公務以外の時間、弟王子を探す何かを作れないかと、日々錬金術具の開発研究している。
「先程、サヴァールの王族と騎士の方々が、城の方へ戻られました。」
「そうか」
ペンを置き立ち上がると、パスクヮーレは深呼吸をし、意を決する。
「対価も無しに助力は乞えないから、交換留学を受けたが
これ位の事が、対価になるとも、思えぬ。」
パスクヮーレは、相手が錬金術の何を知りたいのか、見極め、それを教える事を対価に、弟を探す手立てがあれば、助力を乞おうと思っていた。
ロランを連れたパスクヮーレは、数週間滞在予定のサヴァール王国からの王族と、その護衛を担う者達を滞在させる部屋へ、歩を向けた。
ニルドネア王国はサヴァール王国と比べて、その国土は三分の一以下である。
両国の国境沿いは森になっており、サヴァール王国の北にある巨大大湖アブールから流れる河が、サヴァールを縦断し、ニルドネアの国境沿いに広がる森を抜け、国の中央を流れ、その流れは海に繋がっている。
国境沿いの森の中に、魔族除けに使われるサクロが、群生している場所がある。
遥か昔、魔族討伐と共に建国されたサヴァール王国、それより前からあったニルドネア王国は、サクロが群生する森のお陰で、魔族に侵入されなかった。
サクロを守る意味も込めて、森はニルドネアの聖域と定められている。
城は王都ネバルにあり、海側からの風が、心地よく城内を通る造りになっている。
「サヴァールの城とは違って、海風が心地いいなぁ」
窓を開けると、アルメイルは転生して初めて見る、海とその向こうに薄っすら見える島、ゲームで見た風景だと目を輝かせた。
アルメイルは、王子に転生して九年も経つと、王子である自分が自分としての殆ど、なので乙女ゲームを楽しんでいた前世と、今の自分は少し感覚が違うなあ、と不思議な気持ちになる。
(もしかして、前々世も、男の子だったのかもしれないな)
等と感じる位に、アルメイルは今の自分は、しっくり来るのだ。
理不尽に殺された前世には、辛く悔しい思いが残るが、今は今で幸せな気分に、アルメイルは、なっていた。
(けれど、この平和もただでは、維持出来ない)
と少年王子は気を引き締める。
(【桜舞う亡国の騎士と賢者】に登場する、重要なキャラクターがこの世界には、存在していた
乙女ゲーム【勇者と花冠の姫】を、プレイしていた時には、居なかった人物が、この国にいる)
バルコニーに続く窓を背に、アルメイルは開かれた扉を見る。
そこには、二人のニルドネア王国の王子が、立っていた。
「アルメイル第一王子には、お初にお目にかかります
私はニルドネア国・第一王子パスクヮーレ、横にいるのは、弟であり第二王子のロランです」
一歩下がって横に立つロラン、彼こそ、【桜舞う亡国の騎士と賢者】に登場する賢者である。プレイヤーが、全ての攻略対象を攻略しなければ、攻略ルートが出現しない、人気キャラであり、錬金術使いの最高峰になる、筈の人物がロランだ。
「初めまして、サヴァール国・第一王子、
アルヴァ・アルメイル・サリーリャです。」
そう言ってアルメイルは、王子らしく、ニコリと笑みを作る。
(彼を味方に付け、この国で起こっているかもしれない、バッドエンドへ続くフラグを、折らないとならない
じゃないと…ニルドネアも、亡国になる国だからだ)
ゲーム通りにクリアしようとしても、無理なのだ。
今、自分達が生きている、世界、魔族が完全に北の原野に封じられている。
だから、この世界には魔王を倒す勇者一行の、存在は確認出来なかった。
(この乙女ゲームの世界は、勇者も魔王も戦っていない)
アルメイルは、気づいていなかった。
この時点で、彼自身が大きな勘違いをしている事に。
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