閑話 1 アースドラゴン

 中央平原にあるサヴァール王国。

 この国にだけ存在する『加護』という能力は、この国を治めるにあたって、無視は出来ない、政治要素である。

『加護』の種類は多岐に渡るが、建国祭で五年毎に降らせる『神聖雨しんせいう』の年に、生まれた者が強い『新生加護』を持つ、傾向にある事が分かっている。

神聖雨しんせいう』に合わせ産まれた、王女と王子も同様、いや、三人共が存在を確認されたのは数百年振りである、『新生加護』を持っていた。

 一人目の子である、第一王女アルヴァ・キュイ・サリーリャ、誕生と同時に現れたアースドラゴン、彼女が召喚したのだと、ドラゴンから心話で王妃に言われなければ、城にいた全騎士団員で討伐しなければならなかった(まぁ、それは逆に全滅したかもしれない)。

 そのドラゴンは神格級であった。

 常にキュイ王女の傍におり、彼女を守っていた。

 彼女が立ち上がるようになると、その背に乗せ、城の上空をゆっくり旋回しながら、飛んでいた。

 彼女が十歳になると、城下の上空も、アースドラゴンの飛行範囲に入った。

 国民は空を見上げ、キュイ王女とアースドラゴンへ手を振った。


 国境付近の農村からは、防衛の為の高い石積みの防壁があって、見えないが、アースドラゴンが飛翔する高さからは、エルドラム帝国の国境の壁が見えた。当時あった、ヴァイアル平原は広大で、両国の戦が数年おきに起こっていた。

 平時は互いに、国境兵達の睨み合いになっている。

 ある日キュイ王女は、城下から飛翔エリアを広げ、西方の農村近くまで、アースドラゴンと行ってみた。

 飛竜に乗っている守護騎士は、アースドラゴンの飛行速度と高度に、ついて行けなかった。

 エルドラム帝国側からすれば、突然見たことも無い、大きさと姿の、神格級ドラゴンが現れ、その背に何者かが搭乗している。

 敵国の空に、自国を破壊するかもしれない、アースドラゴンを見た国境の兵士達は、即辺境伯へ報告し対応を仰いだ。

 辺境伯からの返答は、帝国の脅威は排除せよ、だった。

 国境兵はその命に忠実に従い、長距離射撃用の銃を、数名の兵が構え、アースドラゴンとキュイ王女に照準を合わせた。

 かなりの距離があるので、銃では当たる筈は無かった。しかし、彼らの、その殺意を持った行動に、アースドラゴンは即座に反応し、銃撃させない為に、轟音と共に、あろうことか、ヴァイアル平原を、ヴァイアル山脈に、してしまった!!

 その光景を目前で見た、双方の国境兵は、何が眼前で起こったのか、理解はしても、事実として受け入れるには、早い者でも数秒を要した。


 まさか、地図を変える存在が、サヴァール王国にいるとは、想定していなかった軍事国家エルドラム帝国は、容易にサヴァールへ手出しが出来なくなった。


 一方、キュイ王女の単独飛翔に、激怒しなければならないと待っていた、国王と王妃は、王女の帰城後、地図を変えてしまった、という報告に、言葉が出なかった。

 神格級とはいえ、一魔法で地形を変える程のドラゴンとは誰も認識していなかった。

 しかもアースドラゴンのその行動が、キュイ王女への守護ゆえ、だった事に王城にいた者達は驚愕を覚えた。

 召喚者の指示ではなく、アースドラゴン自身の判断で魔法一撃。

 キュイが、国と国民への愛が強くて良かった、と国王と王妃は心底思った。


「貴方のドラゴンの判断で、事なきを得たとはいえ、貴方が守護騎士を振り切り、国境付近まで行った事実は、看過出来ません、わかりますね?」

 母でもある王妃は、第一王女を見据え沙汰を言い渡す。

「一カ月の自室謹慎と、我が国の法典と歴史書、及び周辺国との歴史の全て、の転記し、学ぶ事を命じます

 これを機に、もっと学びなさい

 貴方は、自分の命を大事にしなければならない、のです。アースドラゴンがいなければ、死んでいたかもしれない行動をする、恐れを学びなさい」

「はい、母上」


 第一王女は、この時初めて、己の命に価値がある事を知った。


 あの世界とは違う、自分を愛してくれる人達が、この世界にはいるのだと。



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