みんなフコウにならなければいい

イタチ

第1話

「全員不幸にならなければいい」


遠くの方で、車のエンジン音が、聞こえ始めた

長机の並べられた、暗い和室には、数人の大人たちが、手も付けない茶菓子を、ざるの中に挟み

なにやら、会話をしているようであった

「何でも、スーツ姿の男が、佐藤のばあさんの家に、行ったそうだ

誰か、知らないか」

ぼんやりとした、明かりの下

誰も、首を縦には振らず、横を向いている

「簡単な話、ただの国勢じゃ、ないのか」

一人が、茶を、啜りながら

そのような、話を、続け

「でも・・」と、言葉を、入れたが

表の引き戸が、誰かにより、引かれる音がした

「誰か、来たな」

上座に座った老人は、首をかしげる

一体、誰が、会合中に、来るようなことがあるだろうか

その、予想外の出来事に、自分の範疇を、越える何か良からぬ存在を、

そのくらい玄関から差し込む、明かりを、曇りガラス越しに、ふすまの奥を、見ながら

考えていた

家のものが、表に出たのだろう

玄関からは、ふすまが開く音と

相応の歳の女性の声が、響き

直ぐに、若い男の声が、辺りには、響いていた

「どうも、お忙しい中、南部鉄道のものです」

老人たちは、静かに、声を交わしながら

音の方へと、意識を這わす

「実は、この度、この城戸街に、新幹線が、引かれることになりまして

それで、ご説明にと、この集落の方に、お話を、して回っているわけです」

老人の一人が口を開く

「なあ、今何と言った」

もう一人も言う

「新幹線」

最奥の老人が、口を出す

「おい、それは何処だ」

ふすまを開けて、老人が、玄関に出ると

スーツ姿の男は、こちらに、ぺこりと、礼儀正しくお辞儀をした

まるで、そのマネキンのような動作に、意にも介さず

「それは、何処だ」

と、いった答えに、反対に、その男も、答えた

「南楽地区に、駅を」

老人は今にも、物でも投げそうな、視線を、スーツに投げかけながら

「何処から、その新幹線は、来ると言っているのじゃ」

と、入れ歯が飛びそうな勢いで、言う

若者は、言われたことを、そのまま答える

「ああ、っえと、品濃からです」

老人は、首を回す

暗い室内

そこには、だれも居ない

「出井部山か」

言われた男は、きょとんとして、立ち止まって居る

老人は、先ほどよりも、語彙を強め、怒鳴る

「出井部さんかと聞いているんだ」

男は立ち止まったままだ

別の老人が、老人の横にいる

「面倒な事になったな

あの馬鹿市長

ろくなこともせずに、誘致などしやがって

馬鹿にもほどほどにしろって言うのだ

親が親なら仕方がないが

しかし、あの神聖な山に、穴何て、開けるなんて、ただではすまんぞ

おい、若者、あんた、この話からは、いや、親会社が、何処かは知らんが、やめた方が良い

ろくな結末は、迎えんぞ」

若者は、愛そう笑いを浮かべながら

悪態をつきたそうな、憎々し気な笑みを浮かべ

「はい」

社に帰りまして、入念に、会議、したいと、思います

そう言って、また頭を、下げると、紙を一枚鞄から出すと、この家の息子の嫁に渡すと、飛び出すように、玄関から出て行った

「あれほど言ったのに」

この家の主

村長は、懐から、羊羹状の携帯端末を、取り出すと

そのまま、何処かに電話を、かけ始める

「ああ、佐道だ」

そのどすの利いた声は

玄関の集まった人間の中に、響きまわっていた


「はい、市長、佐道様から電話です」

椅子に腰かけて、楽にしていた

壮年の老人は、急に、顔をしかめ

首を振った

「はい、すいませんが、今出かけて

・・ええ、はい、来られても・・はい」

扉が、いきなり開いて

連れて来たと思われる

職員が、ドアを固定して、中に、ぞろぞろと、老人たちを、入れる

「どうも、山同、お前を、殺しに来てやったぞ」

市長は、直ぐに、受話器に、耳を当てるが、電話の中で、動作音が、しない

「ああ、佐道さん、今日は、何か」

その市長の前に

スーツ姿の老人が、投げ捨て横たわる

「おや・・じ」

老人の中に、市長は、たちふせ

秘書の姿はない

「それで」

佐道の言葉を、遮るように

市長は、つくえのうえの紙の束を、取ると

「もしかして、新幹線の件でしょうか

其れでしたら、村民には、回数券の支給を、毎月」

いつの間にか、背後に立った老婆が

思いっきり杖を、ふくらはぎに、スイングし

市長は一瞬

何が行われたか

判断できず

床に倒れたことにさえ、意識が追い付いては居ない

「なあ、あの話は、何度もしたな、山同、お前には、三世代前も貸しがある

それを、今、チャラにして、取り立てても良いんだぞ」

目の前に、紙が、ひらつく

老人の手にある紙には、茶色い血判が、ずらりと、並んでいた

「おっお金なら」

「梅」

佐道の鋭い声

丸眼鏡をかけた老婆が喋る

「あんたの畑の上には、ぎょうさん、作業員が、連なっているらしいな

それも、全ては、この借用書で、別に人間のものだ

さあ、山同さん、借金の返済、どう、してもらいましょうか」

市長の額には、にじみでるあせが、逆光の中

下へと、したたる

下でうめく老人

連れ去られていく市長

「なあ、早乙女君、新しい、市長は、誰が、候補だったか」

いつの間にか、戻ってきた秘書が、青い分厚いファイルを、捲る

「あれほど、あほうだったとは、この血判も、意味を、見いだせない輩が、いや、時代が

来たのかも知れない」

良く冷えた部屋は、あけ放たれ

外から、外部の涼しい風が、ブラインドから、紛れ込もうとしていた

「それじゃあ、後は、頼んだよ

これも、戦後

あの、馬鹿な明治政府の始まりの尻ぬぐいでなければいいが」

老人は、溜息をつきながら

出されたお茶に、口を付けていた。



「おい、どういう事だ」

黒い白黒の幕が張られ

佐道の家の前には、村総出と思われるほどの人間が、大きな屋敷の前に立っていた

子供は、黒い洋服に、身を包んではいたが

親が、静かにしているのを装いに、廊下で、遊んだりしている

全集寺の法事も終わり

厳かに、辺りには、料理が、支給され始め

お盆の上の料理を、口につけながら

大人たちは、それぞれ、酒を、注がれていた

「大変な事になったな

まさか、もう工事が、着工しているとは・・・

しかし、あの山同の親の方が、先に、手を回していたとは

全く面倒な事になった

最近、尾上屋のノリも、調子が、悪いとか言っていたし

大丈夫か」

酒を、傾けることもなく

「おい、今、県の方に、聞いてみたが

どうも、報告の前に、先に、掘削作業が、行われていたらしい

開通した後に、適当に、ごまかせばいいとでも、考えていたのだろう

あの、馬鹿が」

「しかし、ぽっくり、逝っちまったな

これが、山同ののろいなら、良いが、しかし、やはり」

一人が、酒を置きながら

「これも、あの山同が、たんまり、懐に、全く、これっぽっちのはした金で、何て言う

不幸ものだ、これほど、までに、周りを、困らすことになると、分かって居ただろうに」

首を振る老婆が、言う

「うんにゃ、あいつは、都会に勉強に、行ってっから、物が、ずさんになった

価値と言うものが、金銭でしか、勉学でしか計れん、あほうに、なってしまった」

溜息の中、子供が廊下を走り

親が、怒鳴って居る

何処からか、線香の匂いが漂い

奥座敷には、クーラーを、抱いた仏が、白い布団の中で、冷えていたのである

その遺体は、様々な黒い額に上から見下ろされながら眠ったように、動かない

その時、駆け込んでくる

足音が、廊下にこだます

それは、何か、子供ではない

緊急事態を、知らせるようであった

ガラスの付いた障子を、開けると

乱暴に、老人が、黒い喪服で、廊下から

座敷に、顔を出した

「大変だ」

誰かが聞く

どうしたんだ

すると、男は、血相を変え

言葉を漏らす

「みっ、水が、留まった」

それを聞き、直ぐに立ち去ろうとし始めた者

目を落としたもの

悲嘆にくれ、背後に手をついたもの

ただ子供だけが、キャッキャキャッキャと、無邪気に、廊下で、大人の騒ぎを、見つめていた


「それで、地下水の方は、どない、なってますかな」

弁護士を、引き連れて、県庁の方へと行ってみるも、会社の方に、尋ねているの一辺倒で、埒が明かない

会社の方はと言えば、調査中と、給水タンクを、三日後に、寄こしたが

田んぼの水量から考えれば、そんなものは、プールに、蟻を、落とすほどの質量もない

田植えの時期に、重なった、田んぼは、水が入らず、到底植えられるような状況ではなかった

村のはずれの小高い丘に、洞窟が、開いており

そこに、村の上の方の人間が、集まり、寄合をしていた

その中心には、白い着物を着た老婆が、布団で、寝ており

横には、同じ服装をした、子供が、立っていた

「おばあさまは、どうにも、調子がすぐれません」

少女はそういうと、ちらりと、祭壇を見た

岩の中に、木で組まれた

簡素で丈夫な

それは、白いふさがおかれ

ゆっくりと、風で揺れている

「しかし、そうなると、不味いんじゃないか

どうにも、何かに、仕組まれたように、良くないことばかり起こる

もし、あんなものが、出てくれば」

少女は、それを遮る

「まだ抑えていますから、出来れば、早く、水を、水を、尾池様に、流しませんと、とおばあさまが、言っています」

「ああ、直ぐに、村のもんで、井戸や、別のところから、水を、引こうと思って居るんだが

何処まで掘っても、水が、みつからんでな

それで、巫女は、どうせいと」

彼女は、首を振る

布団で、今にも死にそうな、老婆が、腕を伸ばす

「不味い、目を、目を覚ます」

その時、遠くの方で、何かが、揺れた気がした

誰かが、地震だ

そんな事を、言ったが、それは、ゆっくりと、長く、続き、ようやく、全員の意識が、それを、何かだと認識したころ、山の中ほど、作業員たちが、作業服と、ヘルメットを、着用し

トンネルの前に立っていた

何処からか、連れて来た宮司を前に、お供え物やお神酒を、置き

貫通した

ぽっかりと開いた

その穴の前、のりとうを、あげている

それを、背後で、社長が、見ている

「無事、終わりましたね、これで、国の方には、報告が出来ます

それで、次の」

男が、小さな手帳を前に、語ろうとしていたが

何かが、小さな赤い丸が、ノートに、付いた

首を傾げ、上を向こうと、顔を上げると

白い服を着ていた宮司が、なぜか、真っ赤に、彩られ

横を見ると、仕立ての良いスーツの腕が、シャツを巻き込み

自分の肩を、掴んでいる

「っあ」

何かが、社長の口から、たれ、引いた砂利に、こぼれる

それに駆け付けようとした男は、急に、電池を、切られたロボットか何かのように

倒れる

口の中から、何かが、あふれ、地面を、汚す

じゃり、ジャリ

何処かで、何かが、歩く音がする

しかし、暗い、死人に、見ることはできない


「おい、社っ社長が」

病院で、社長夫人は、子供が、急に、学校で、倒れたと言うので、一人、廊下の椅子に、締め出されていた

検査にしては、長い

ただ、ぼーと、白い壁を、眺めていると

社長の弟が、廊下の向こうから、かけて来た

途中で、看護師に、注意を受けるが、それをすり抜けるように、目の前に来た

「何ですか、一馬さん」

「こっこれ」

携帯電話を見せられ

首をかしげる

それは、ニュースであり

新幹線工事中に、鹿嶋建設の従業員社長含め数人の死亡が、確認され・・・

血の気が、引いて行くのを感じる

「すいません、賀桐君のお母さんですよね」

目の前を、ストレッチャーに、載せられた誰が、通り過ぎる

その透明のマスクの付けられた

小さな姿は、まぎれもない

自分の息子であった

「っあ」

どうしたんですが

そう聞こうとしたとき

赤い何かが、そのかけられた布団から、垂れるのを見る

なっ、何が

一歩

また一歩と追おうとしたが

足が、泥を、踏みつくように、崩れる

あれ

何だろう

縋ろうにも、何も触れない

糸を切られたマリオネットのように

ねっとりと、視線が、病院の床を、最後、眺めた気がする

血の味だ

何でだろう、倒れたときに、口でも、切ったのであろうか



何なんだ、甥は、突然倒れるし

その母親も、同様

いや、それどころか、兄は、どうして・・・ガスだとも、言われているが、部下に聞いたが、そんな異常は、感知されなかったと言う

でも、何か、そう、何かあるはずだ

しかし、何だ、これは、人為的な、何かによる

病院の床を、歩く

果たして、この先は、大丈夫なのであろうか

この一歩は、正解の

頭を振る

そんな、非現実的な、空想など、この世には、存在しない



「しかし、面倒な事になった

この歳で、実に情けない」

村からは、大勢の若い物を、県の外へと、逃がす

村には、動物一匹、残ってはいない

それは、家畜は、もちろんのこと

虫も何かに、おじけづいたかのように、姿も、音も、だしはしなくなっていた

心なしか、風も、息をひそめ、じっとりと、盆地は、たまり場のような、どんよりとした空気を示している

「ああ、ご先祖様が、こしらえてくれた

実に、情けない

あの時、どうして」

誰かが、過ぎたことは、やめろと言う

「まあ、これも、老人たちの役目か

実に、不甲斐ない」

一人が、山の中腹にある

大きな池の前にいた

それは、天然の火口後に、湧水が、湧いて、水が、溜まった場所だ

その淵に立ち

目の前には、以前見たような祭壇が組まれ、お供え物がされている

「荒神よ、静まり給え、我らの罪を、許したまえ

ここに、盃池の水を、供養とし

我らを、見届けとし、許し、お静まり、ねがいます、あなかしこ、あなかしこ」

老人の一人が、何かを押した

それは、爆音を、轟かせ

次の瞬間、噴煙が、沼の淵に上がり

爆炎が、黒く辺りの地形を、頭上へと、吹き飛ばした

轟音とともに、水が、下の方へと、流れ始める

それは、木々を、巻き込み

白い水煙は、巨大な蛇が、のたうちまくるように、盆地へと落ち

それは、巨大な盃のように、水を、張っていく


「奇跡的に、村の会合があり

数名の老人を、除き

この山間の集落は、被害者を、出さずに、済んだようです」

機械音が、響き

頭上からヘリコプターが、揺れる

「しかし新幹線のトンネルの調査に音連れていた国の調査団及び、建設会社の調査員が

この沼の決壊による物と思われていますか

トンネル内に浸水

それによるものとも考えられていますが

大規模な崩落により安否がいまだ、確認されておらず

手抜き工事も、疑われております」


結局、関連しているのかは、不明であるが

死傷者数百名をだした

この一連の騒動は、殆どが、崩落、更には、新幹線を、トンネルまで移動していたせいで

運用よていの列車が廃車

その予定を、見送り

山を越えずに、終点と、なった

建設会社は、不渡りをだし、倒産

南部鉄道は、大きな赤字を、出し買収とリストラを余儀なくされた

村は、沼の修復を、国の補助により開始したが

この強引な建設が、明るみに出て、政治家数名が、逮捕され

それに伴い南部鉄道および市長の取り調べも行われる予定であったが

不可解な事に、一家心中でもしたかのように、死亡したあとであった

ただ、気がかりなのは、それが、一家族だけでは、なかった点ではなかろうか

今でも、その市では、新たな人員を、立て

復興していると言う。


「しかし、村なんて、掟が、厳しくて、到底、面白い事なんてないでしょ」

目の前の編集長が、渡された紙の束を、流し見しながら

コーヒーが置かれているが口にしていない

目の前の青年を、見ながら言う

「まあ、とりあえず、あと、写真数枚、増やして、白黒で、乗っけるから

でも、こんな田舎で、何を、楽しみに、生きているんだろうね」

青年は、「さあ」と首をかしげて、雑多な、編集部を、後にする

暗い夜道「別に、楽しいから生きているわけじゃない

死ぬくらいなら楽しくない方が良い」

その声を聴くものはだれも居なかった



三面記事を、呪いか、政治家、建設会社、鉄道会社、市長

謎の死

連続殺人の疑いも

そんな記事を、本当にする人は、どのくらいいるだろうか

ただ、静かに、ゴミ箱に、文字は投げ捨てられ

いずれ誰かにであろうことであろうか

静かな木は、黒く揺れる

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