第9話 覚醒

異能。それはこの世の現代技術の粋を集めても解明仕切れない謎多き代物。

ある者は空を飛び、またある者は拳で地を砕き、

ものによっては世界をも滅しかねない力を備えた異能もあるという。

そういった異能の素質を備えた者は『卵』と呼ばれ、

そして、その異能を自身の意思で操れるようになった者を『覚醒者』とそう呼ぶ。



(自分の中に何かがあるのを感じる。

熱い……いや、温かい。まるで私を包み込むよう。

いける、これなら…………、)


「っ!?」


麗は何やら異変を感じ、攻撃の手を止める。


(何?今の感じ…………、)


すると、突如、その異変を具現化するように分身体の方の麗が姿を消す。


「っ!?」


麗は突然のことに驚きつつも、本能でその場から離れて距離をとった。


(分身体が消えた!?っていうか、何だか急に身体が熱く…………、)


その瞬間、麗は信じられないものを目にする。

その時、麗の目に映ったのは、オレンジ色の光と熱を発して立つ結星の姿。


(っ、なんで動けて……いや、それより、これは…………。)


「ごめん。待たせたね、麗。今からあなたを楽にさせてあげる」



◆◇◆◇



「ま、まさか…………、」


八雲は変わり果てた麗の姿を見て驚きを隠せずにいた。

しかし、その一方で結人は冷静に意見を述べる。


「…………やっぱり持ってたか」


「ボス、あれは…………、」


「『紅炎』それがアイツの異能だ」


「紅炎…………。ね、熱がここまで来る。一体、どれほどのパワーを」


八雲は額に流れる汗を感じながらそう言葉を漏らす。

すると、結人はニヤリと頬を緩ませて、ここにきてようやく動きをみせる。


「八雲、動くぞ。少し力を貸せ」



◆◇◆◇



…………不思議だ。

身体の内から力が湧き上がってくるよう。


これが私の異能…………。


「ハハッ、まさかだったよ。あさりんも異能を使えたなんて」


異能を発動させた私を見て、麗は冷静にそう告げる。

だけど、冷静を装いきれてない。その顔には確実な焦りが見えた。


「私も驚いたよ。まさか本当に使えるとは思わなかった」


もしかして、夜神さんはこれを分かってて?

いや、今考えてもそれは仕方ない。


「それでどうするの?その力で私を殺す?」


「最初から言ってるけど、私にあなたを殺す意思はない。

私はこの力であなたを捕まえてみせる」


「捕まえる?その力で?ふざけないでよ。

その力はどう見ても殺す為の力でしょ」


「……………………………………。」


正直、私もそう思う。

私から発してる熱で地面が溶け始めている。

これを人に向ければ、おそらく容易に人を殺せてしまうだろう。

私の異能はそういう事に向いた力だ。


でも、


「それでも私はあなたを殺さない。捕まえてもう一度、話をする」


「っ……………。やられるものなら、やってみろ!!!」


そうして、麗は怒りのまま異能を発動すると、麗から2体の分身が飛び出す。

その分身達は私から退路を奪うように両脇から私を攻めてきた。


この2体は分身。なら、問題なく攻撃できる。


異能というものが何かはまだ分からないけど、

今の自分に何が出来るのかは何となく分かる。


私は両手を向ってくる分身に向け、再度、自身のうちにある何かに意識を傾ける。

すると、その瞬間、両の手から炎が放たれて麗の分身達を呑み尽くした。


「っ!?私の分身が!?」


「ウッ……!」


出来た。けど、身体中が悲鳴を上げてる。

異能を使ったから?いや、多分、これまでに負った傷のせいだ。

私が動ける時間はおそらくあと数分がいいところ。


動けなくなる前に決着をつける。


「いくよ、麗」


私は最後の力を振り絞り、足に力を入れる。


「く、来るな……!」


顔を恐怖に染め、手を前に出して私を拒絶する麗。

しかし、私はそれを無視して地を蹴り、一気に麗の懐まで移動する。

そして、そのまま麗の顔面に向けて思いっきり拳を振り翳すのだった。



◆◇◆◇



…………きっかけは本当に些細な事。

当時、好きだったアイドルが映画のワンシーンで犯人役の人にナイフを突きつけられて、

泣き喚くという演技をしたことがあった。

普段、舞台の上ではいつもニコニコしてるアイドルが演技とはいえ、人目を気にせずに泣き喚いている。

それを見た時、私の『欲』は生まれた。


やってはいけないことだとは分かってる。

けど、そう思えば思うほどに私の中にある『欲』は大きくなっていった。


そして、そんな時に出会ってしまったのが、華だ。


私と華は仲良くなり、親友と呼べるほどにまで関係を深めた。

遊んでる時はただ楽しかった。


けど、ふとした時に頭をよぎる。

私が華を殺そうとして、華が恐怖に顔を歪める姿が。

その光景を想像するたび、また私の『欲』は肥大化していく。


当時、私がその欲をなんとか抑えられていたのは、

殺人を犯せば捕まるというその当たり前にして、か細い、その理由一点だけだった。


しかし、その最後の糸すらも、

突然、私の中に現れた異能という力によって絶たれてしまった。


異能を手にした私はとうとう自分を抑えきれなくなり、欲のままに華を殺した。

とても気持ちが良かった。華の絶望した顔は今まで見た何よりも、

映画で見たあのアイドルの姿よりも何倍も美しかった。


でも、


「え…………。」


その時、同時に自分の顔から涙が出ている事に気がついた。


…………知っていたはずなのに。

華が、あさりんが私の中でどれだけ大切な存在か知ってたはずなのに。


「ごめんね、2人とも…………」



◆◇◆◇



私の拳は麗の顔に当たる前に寸止めされたが、

ショックでか、私が発する熱にあてられてか、麗は気絶して地面に倒れ込む。


…………終わった。

まだ華が死んでから1日も経っていない。

けど、長かった。


まだ色々考えなきゃいけないことがある。

学校でのこと、アストラのこと、そして、華と麗のこと。


でも、今だけは少し…………。


「っ!!!!!!!」


その瞬間、私の身体の中で激痛が走る。

麗から負った傷じゃない。これは、


「アァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」


熱い。身体が、燃える……!!


私の体内で熱が漏れ出したことで炎が出現し、その炎は辺り一帯のものを溶かし始める。


ま、まずい…………。

このままじゃ麗にも…………。


私は激痛に身を悶えさせながらも少しずつ麗から離れていく。

しかし、一歩歩くごとに高まっていく身体の熱。


「グッ………アァ…………アァァァァァァァ!!!!!!」


死んだ方がマシと思わされるほどの痛みと熱が私を襲い、

私が発する熱によって与える被害はどんどん大きくなっていく。


ダ、ダメだ。

制御しようにも制御しようとすればするほど、どんどん熱が。

このままじゃ私も麗も、本当に死…………、


そうして、私が全てを諦めかけたその時だった。



「…………よくやった。この勝負、お前の勝ちだ」


霞んだ視界に映るあの人、夜神さんの姿。

夜神さんは私の前に突然現れると不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「っ、や、夜神さん…………、離れ……て、」


私は危険を知らせるために最低限の言葉を伝える。

しかし、夜神さんは私の言葉を聞かず、私を取り巻く炎掻い潜りながら近づいてくる。


「常人離れした反射神経。コンクリを溶かすほどのパワーを持った異能。

そして、異能に犯されながらもそれに耐える胆力。素質は十分。

…………が、まだ甘い。俺に傷をつけたければもう少し強くなれ」


夜神さんがそう言って私の肩にポンっと手を置いたその瞬間、

私が発していた熱は嘘のように一瞬にして消え去る。


何が起こったかは分からない。

しかし、私は痛みから解放された反動でそのまま意識を手放すのだった。



◆◇◆◇



「ボス、大丈夫ですか!?」


結星が気絶した後、一度、結人の元を離れていた八雲は再び、結人と再開する。


「あぁ。全員、無事だ」


そう言った結人の側には手錠を掛けられた麗と結星が寝かされた状態で並べられている。

2人とも怪我を負っているが、気絶しているだけだ。


「そうですか。それは良かったです」


「それで、警察は呼んだか?」


「はい。言われた通り、話の通った警察を用意しろと」


「そうか。助かった」


「いえ。それにしても…………、」


八雲はそう言うと、周りを見渡して、言葉を詰まらせる。

地面や霊園を覆う壁はどろっと溶け、その原型を無くしている。


「…………とんでもないですね、その娘は」


「あぁ、大したもんだよ。…………あの人に似てな」






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