第8話 報い
「贖罪ねー。だからさ、それが虫良すぎって言ってるんだよ!!」
麗はそう言うと再び、懐から新たにナイフを出して襲いかかってくる。
私が麗を捕まえることを目的にする以上、麗に対してナイフを振るうことはできない。
出来るのはただひたすらに麗のナイフを受け止めることだけ。
私はまたもや、襲いかかってきた麗のナイフを自らのナイフで止めに掛かる。
「っ、また……!」
私にナイフが当たらず悔しがる麗。
でも、このままじゃどう見てもジリ貧だ。
こんな戦い方を続けてればいつか私が殺される。
「っ、」
あの時、夜神さんに助けを求めていれば。
これもこの子達のことを考えずに自分のことを優先した結果だ。
「反射神経いいね、あさりん」
「お陰様でね」
「ウッザ!」
麗は私のナイフを払いのけ、私の顔目掛けて横にナイフを一閃させる。
私はそれをなんとかギリギリのところで躱した。
すると、麗のナイフが空振ったことで麗の胴体に隙が出来る。
このままナイフを突き出せば確実に殺せる。
でも、
私は本能的に突き出そうとしていたナイフを引っ込める。
「っ!」
私がナイフを引っ込めたことに気づいた麗は空振りしたそのままの手で再度、私の首を狙う。
それを私は避けずにナイフで受け止めて阻止した。
「殺せる時に殺さないなんて随分、余裕だね」
「私の目的はあなたを捕まえること。殺すことじゃない」
…………とは言っても、このままじゃ本当にマズい。
私は戦闘なんて未経験だし、このまま麗の攻撃を躱し続けることなんて出来ない。
どこかのタイミングで反撃しないと。
私は麗の怒涛の攻撃を持ち前の反射神経とナイフでなんとか受け流し続ける。
しかし、反撃の糸口が掴めずに防戦一方となっていた。
「チッ!」
なかなか攻撃が足らずイライラが見え始めた麗は舌打ちすると、
少し前の私と同じように私の腹部に蹴りを入れる。
「ウッ!」
警戒はしてたものの、麗の蹴りがみぞおちに入ったことで私は反射的に身体を丸めた。
すると、その隙を見て、好機と捉えた麗はすかさず、私に対してナイフを振り下ろす。
「っ!」
今だ!
私はこれを逆に好機と捉え、身体を反転させてナイフを避ける。
そして、空振ったことで宙に浮いた腕を掴み、背負い投げの要領で麗を地面に叩きつけた。
「ッッ!!!!!」
地面に叩きつけられた衝撃で麗は手からナイフを離す。
私はそのナイフを足で蹴って遠ざけ、麗の上に乗って動きを封じた。
「クッ……、この……!」
私に捕まって尚、麗は抵抗して暴れるが、私はそれを上手く押さえ込む。
授業に真面目に取り組んでて良かった。
まさか体育で習った柔道がこんなところで活きるなんて。
「麗、無駄な抵抗はやめて降伏して。この勝負は誰がどう見ても私の勝……っ!」
その瞬間、突如、私は横からの衝撃を受け、地面に転がる。
顔を上げると、すぐそこには、もう1人の麗の姿。
その麗は転がる私を力尽くで押さえ込み、さっきとは逆で私の上に馬乗りになる。
「っ……………………。」
分身!?一体、どこから!?
「あははは。実はあさりんが来る前にあらかじめ、分身を霊園の中に忍ばせて置いたんだよね」
「っ!?」
本体の方の麗はゆっくり立ち上がると笑いながらそう種明かしをする。
分身を霊園の中に?
っ、そうか。だから、私よりも早く。
…………やられた。完全に不意を突かれた。
私に捕まった後も抵抗したのは、横から来る分身の麗に警戒を向かせない為。
「さぁ、形勢逆転だね、あさりん」
本体の麗はそう言うと、私の上に乗る分身と交代して私の上に乗っかる。
仰向けになる私の視界を埋め尽くす麗の顔。
その表情は少し前に私に見せた恍惚とした笑み、そのもの。
私はそれを見て自らの死を予感する。
私にこっから挽回する手立てはない。
ここまでだ。
「…………違う。そうじゃない」
死を受け入れて目を閉じた私の耳に入り込んできたのは麗の呟き。
私はそっと目を開ける。
すると、そこには笑みをなくした麗の顔があった。
「こんなの私が見たかった顔じゃない!!
私が見たかったのは恐怖に顔を歪めるあさりんの姿!」
「麗…………、」
麗は納得がいかないと首を大きく横に振って私の態度に不満を表す。
「…………仕方ない。こうなったら、」
「ウッ!!!!」
私は突如、右足から激痛を感じて声を漏らす。
反射的に右足に目を向けると、そこにはナイフで引っ掻かれた跡が残っていた。
「あさりんが悪いんだよ。ちゃんと怖がってくれないから。
もうこうするしかないの!」
「クッ!!!!!」
今度は逆足の左足に激痛が走り、私は悶える。
「ああ、いい!そう!そういう表情が見たかった!!」
麗はそう言って再び、顔に笑みを取り戻すと手を休めることなく、
私の身体のあらゆる場所にナイフで傷をつけていく。
麗の笑顔…………。
同じ笑顔なのに今まで見てきたものと全然違う。
…………きっとこれは報いだ。
今まで散々、彼女達を見下してきた報い。
彼女達に嘘をつき続けてきた報い。
私がやってきた事は麗がやったことと本質的には変わらない。
ひたすら嘘を積み重ね、彼女達を利用し、
そして、最後には自分の欲の為に華の不幸まで願った。
あとは行動に移したか、移さなかった……いや、移せなかったかの違いだけ。
ごめん、華。ごめん、麗…………。
◆◇◆◇
結星のいる場所から後ろ斜め上方、そこには男の影が2つあった。
黒羽八雲と夜神結人のものだ。
「助けに入りましょう。流石にこれ以上は死にます」
八雲は麗に一方的に痛めつけられる結星を見て結人に対し、そう進言する。
しかし、
「いいや、助けには入らない」
当初の意見を曲げずに八雲の意見を却下する結人。
「い、いや、で、ですが…………、」
「いいから、黙って見てろ。これ以上の口答えは許さない」
いつもより強い結人の口調に八雲は驚く。
そして、同時に結人の拳が強く握られていることに気づいた。
(朝日結星…………。あの娘のどこにそこまで…………、)
◆◇◆◇
「ウッ!!!アァァ!!!!」
「アハッ!いい!最高だよ、あさりん!!」
私に対する麗の攻撃はだんだんと激しくなっていく。
今までは死なないように傷は浅く留めていたのに少しずつ深く抉る傷も増えていた。
私はそれを抵抗することなく、ただただひたすらに受け止める。
もうどうせ私は終わりだ。
だったら最後にこの子の欲の捌け口になるのも悪くない。
だから、後のことは任せました、夜神さん…………。
少しずつ息が遠のいていく感覚がした私は最後に心の中で麗のことを託して眠りにつこうとする。
しかし、その瞬間、私の顔の上で何かが弾けた。
反射的に目を開けるとそこに映ったのは何故か涙を流す麗の姿。
麗の顔から雫が溢れ落ち、私の顔の上で弾ける。
「………………………………………………。」
そういえば、あの時も笑いながら泣いていた。
楽しすぎて泣いている?
いや、違う。
もう二度と私達の絶望した顔が見られなくなるから?
いや、違う。
私には分かる。きっと麗も気づいてしまったんだ。
華を殺したことでどれだけ華が自分にとって大切な存在だったかを。
今考えてみれば、最初からおかしな点はあった。
華を殺した時は警察に捕まらないよう、あんな殺し方をしたのに、
私の時はあまりに計画が杜撰。これでは防犯カメラの映像で一発アウトだ。
それに、戦い方も異能という強大なアドバンテージを持っていながら、
ギリギリで私が勝てるくらいのレベルに留めているような気がした。
そして、何より…………、
「アハッ、アハハッ、アハハハハッ!!」
楽しいならこんな苦しそうに笑うはずがない。
きっとこの子は誰かが止めるのを待っている。
自分を欲という鎖から解放してくれるのを。
だったら、それをやるのは、やらなきゃいけないのは、私だ。
『覚醒者になるには自身の内にある異能を強く意識することが絶対条件となる』
私は夜神さんの言葉を思い出し、自身の内にある何かに意識を向ける。
何でもいい。今はただ麗を、目の前の友達を救える力を。
◆◇◆◇
「来るぞ」
「?」
「覚醒の時間だ」
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