第7話 明日葉麗
午後6時40分。
「あっ、」
麗との待ち合わせ場所に向かっている最中、私の前には再び、夜神さんが現れた。
「準備はできたのか?」
「はい。出来る限りのことはしたと思います」
心の方も、まさかの時に備えての方も。
「そうか。この件はお前が自分でやると言ったんだ、俺は助けには入らないぞ」
「っ!」
夜神さんが助けに入らない?
正直、その助けをかなり当てにしていた私は一気に緊張感を覚える。
「今ならまだ巻き返せるがやめておくか?」
私の不安を煽るようにそう告げる夜神さん。
巻き返す。それは私にとって今までの生活に戻るのと同義だ。
そんな選択肢、私の中にはない。
「…………いいえ。その覚悟もしてきたつもりです」
私は全てを賭けてここに来ている。
今更、死を恐れたりなんかしない。
「そうか。俺が確認しておきたかったのはそれだけだ。頑張れよ」
そう言い残すと、夜神さんはその場から姿を消してしまう。
おそらくこれは夜神さんからの最終テスト。
どう転ぶにしても絶対に乗り切ってみせる。
◆◇◆◇
「さて、どうなりますかね」
夜神が結星の元を去った後、結星を見守る夜神に向かって黒羽がそう問いかける。
「さあな。俺達に出来るのは舞台を用意してやることだけ。
そこから先、どうなるかはアイツ次第だ」
「アイツ次第…………。正直、私にはまだボスがあの娘に目を掛ける理由が分からないんですけどね」
「…………その答えも今日出るさ」
◆◇◆◇
約束の場所に予定より少し早く到着すると、そこにはもう既に麗が待っていた。
麗に気づいた私は少し小走りをして、麗の元に駆け寄る。
「ごめん。待った?」
「ううん。私もさっき着いたところだよ」
「そっか」
一応、少しだけ早めに出といて良かった。
「それにしても、麗が予定よりこんな早く来てるなんて珍しいね」
まだ待ち合わせ予定時刻までは10分ある。
私や華と待ち合わせする時はいつも決まって遅刻してたのに。
「うん……。なんかジッとしてらんなくて…………」
「………………………………………。」
そう言って儚げな表情を浮かべる麗。
私は華の訃報を伝えられた直後、泣き喚いてた麗のことを思い出す。
「でも、珍しいで言ったらあさりんの方もだよね。
今思えば、あさりんから何かに誘われるってことなかったし」
たしかに。
夜神さんには私なら自然に誘い出せるって言ったけど、よく考えてみれば、
私から誘い出すより警察から捜査に協力して欲しいと言った方がよっぽど自然に誘い出せる。
「ま、まぁ、こんな時ぐらいは」
「そっか。それじゃあ、これも華のお陰……って言えればいいんだけど、
あさりんから誘われるのと華の死じゃ釣り合い取れないよね…………」
麗はそう言うと地面にしゃがり込み、地面をそっと撫でるように触れる。
自然な仕草。自然な表情。
私は一つ一つの麗の行動に注目して見てみるが、
彼女を疑ってるのが馬鹿らしくなってくるほど不自然な点はない。
「あの華が死んじゃったなんて今でも信じられない…………」
いつも一緒にいる3人といっても、私はオマケみたいなもの。
私はバイトとかあったし、2人と学校以外で遊んだことは殆どなかった。
でも、2人は違う。毎日放課後遊び歩いて、ふざけあって、馬鹿やってた。
だから、華に対する死の苦しみは私と麗では比べものにならないはずだ。
勿論、これは私から見た麗の話だけど。
「私があさりんと出会ったのは高校でだけど、華に出会ったのは中学の時だったんだよね。
学校は違ったんだけど、たまたま知り合って、それから仲良くなってさ」
華の死に触れたことで思い出が蘇ったのか、麗は華との出会いを語り始める。
「うん、聞いた事あるよ。たしか華が不良に絡まれてるところを麗が助けたって」
「そう、そう。まぁ、助けたって言っても私は近くにいた警察官の人に声掛けただけなんだけどね。
かなりガラの悪い不良の人達だったんだけど、華は上手くあしらっててさ、
最悪の気分だっただろうに何一つ嫌な顔見せず、完璧な笑顔で男の人達を手玉に取ってた」
「そ、そうなんだ…………」
私は反応に困って、とりあえず、困った時に使う言葉ランキング1位から引き抜いてそう告げる。
「で、それから華とは仲良くなって、毎日色んなことして遊んだ。
2人で色々美味しいもの食べたし、お泊まり会もしたし、旅行にだって行った」
「……………………………………。」
麗は顔を俯かせながら次々に華との思い出を綴っていく。
声は少し震えてるようにも聞こえるが、俯いているせいでその表情は読み取れない。
「あさりんも知ってると思うけど、華って結構、腹黒でさー、意外と裏ではグチグチ言うんだよね。
でも、根が強いから……全然、弱音なんて、吐いたところみた……ことなくて…………、」
ここに来て麗の声の震えは一層大きくなり、声が途切れ始める。
「だから…………、」
「っ!」
その瞬間、私は自分の目を疑った。
一瞬、見えた麗の顔、そこにあったのは涙と…………、
「なんで死んじゃったのかなぁ。まだ一回しか華の絶望した表情、見たことなかったのに」
恍惚とした笑みだった。
「………………………………………。」
私は驚きで目を見開いたまま、固まる。
「あぁあー、なんで人って一回死んじゃうと死んじゃうんだろ。
でも、殺さないと私、捕まっちゃうし。
華の恐怖に歪んだあの表情、もう一度見たいなぁ…………」
さっきから続く麗の理解し難い言葉の数々。
「う、麗?あなた、何言って…………、」
「あっ、ごめんね、あさりん。華を殺したの、私なんだ」
「っ!!?」
何気ないことのようにそうさらっと告白する麗。
華を殺したのが麗?
予想はしてたはずなのに衝撃が大き過ぎて私はその事実をすぐには飲み込めない。
「そ、そんなはず…………。だ、だって、麗は犯行時刻に」
「あぁ、それね。それは…………、」
その瞬間、私は再度、自身の目を疑うことになる。
私の言葉を奪って話し出した麗が突如、2人に分かれたのだ。
比喩でもなんでもなく、文字通り、すーっと2人に。
「っ!!」
「これで説明できたかな?あらかじめ、この通りにナイフを持たせた分身を忍ばせておいたの。
一方、本体である私は普通に学校に登校。これで完全犯罪成立ってわけ」
「………………………………………。」
分身…………。それが麗の異能。
たしかにそれならやり方次第で完全犯罪を成立させられる。
でも、
「あなたが華を殺したかった理由は華の絶望した表情を見たかったからじゃないの?
それじゃあ、ただ華を殺しただけ。違う?」
私はさっき麗の言った断片的な情報を結び合わせて、その中に矛盾を見つける。
どうやら、私の中ではまだ麗が犯人だと信じきれていないようだ。
「流石、あさりん。理解が早いね。でも、残念。
分身を解除した途端、分身がした経験は一瞬にして私に反映されるの」
「っ!」
「まぁ、経験と言っても、痛みとか感情までは反映されないけどね。
なんていうんかな、分身が見た景色が映像みたいな感じで頭の中に入ってくるの」
痛みは反映されない。
それなら夜神さんの言ってた指紋を焼くというのも躊躇がなかったはず。
「…………そう。どうやら本当に麗が犯人みたいね」
私ようやくその事実を受け止めてそう告げる。
「うん」
何故だろう。あれほど鬱陶しいと思ってきたはずなのに…………。
『ズキッ』
「でもさ、あさりんも私達に本当の自分を隠してきたんだからお互い様だよね。
まぁ、そんなあさりんだから私もずっと一緒にいたわけだけど」
「?」
「分からない?ほら、あさりんと私が初めて会った時もあさりん、華みたいに不良に絡まれてたでしょ」
「っ!」
そういえば…………。
「あの時のあさりんも華と同じで上手ーく男の人達をあしらってた。
そんなあさりんを見て、もしかしたらと思ったら案の定。
私達の前ではあんなに普通の女子高生してたあさりんが家に帰れば、
アパート暮らしで親なし、金なしでバイト三昧の毎日。
その秘密を知って、私はこの子の絶望に染まる表情も見てみたいと思った」
「っ…………………。」
麗の表情は更に恐ろしく、そして、醜悪になっていく。
「人の本当の部分は死を、抗いがたい恐怖を感じた時にこそ出る。
だから、いつも内心隠してニヤニヤしてる2人の恐怖に染まる瞬間がずっと見てみたかった!
華と仲良くしてたのも、あさりんとずっと一緒にいたのも、いつか殺す為。
…………ごめんね、今まで騙してて。でも、」
麗はそこまで言うと懐からナイフを持って走り出す。
「この気持ちに抗えないんだからしょうがないよねー!!!」
今まで見たことない興奮と狂気に満ちた麗の表情。
『いいのか、友達が堕ちる瞬間を目の前で見ることになるかも知れないぞ』
私はふと夜神さんに言われた言葉を思い出す。
本当にその通りだった。
『キンッ』
人気のない静かな夜道に金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
麗のナイフと…………、私のナイフだ。
「あれ、そっか……。あさりん、最初から気づいてたんだ」
麗の攻撃をナイフで受け止めた私を見て麗はそう告げる。
「準備しといただけ。出来れば使いたくなかった」
本当に皮肉なものだ。
失って初めて気づくのだから。
「こんなあなたは見たくなかった」
「またあさりんはそうやってー。思ってもないことをすぐ言うんだからー」
麗がそう言うとさっき分かれた麗の分身体が、
私と取っ組み合ってる麗本体の背後からナイフを持って私を襲いに掛かる。
「っ!」
私は目の端に分身の麗を捉えると、本体の麗の方のお腹に蹴りを入れて距離を取る。
「クッ!」
小さく声をあげて、私が蹴りを入れたところを押さえる麗。
私はその間に分身の方の麗と対峙する。
「仮とはいえ、躊躇なく友達だった私を蹴るなんて、
やっぱり私の知ってるあさりんじゃないってことかな?」
「…………確かに私はあなたを、あなた達を馬鹿にして、見下していた。
だけど、今日ようやく気づいた。私はあなた達の存在に救われていたんだと」
「いやいや、それはちょっと虫が良すぎでしょ!」
そう言って分身と対峙する私に向かってナイフを投げる本体の麗。
私はそれをかろうじて避ける。
分かってる。自分でもこんなのは虫が良すぎると。
華は死んで、麗はもう戻れないところまで来てしまった。
今更気づいたところでもう元には戻れない。
私が勇気を出して2人に相談していれば、違う道もあったかもしれないのに。
だから、
「せめて、あなたにはもうこれ以上、罪を犯させない」
私はそう言うと、分身である方の麗の首に思い切ってナイフを差し出す。
すると、分身の麗は現れた時と同じように今度はすーっといなくなる。
「それが私の今できる最大の贖罪」
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