第5話 先生

「うぇーん!!!結星ちゃーん、助けてー!!!」


私の腰に巻き付くように抱きついて子供のように泣きじゃくる大人の女性。

この人は私のクラス担任の教師で今回の容疑者の1人でもある望月絵里先生だ。


何故、こんな事になってるかは…………、

私も分からないけど、こうなった過程までなら説明出来る。



◆◇◆◇



私は容疑者として麗の名前を挙げた。

意外にもその名前を出すのは抵抗があったけど、実際に事件を解いてみて、

その苦労を目の当たりにすると、目の前の人達に黙っていることは出来なかった。


でも、麗が犯人だとすると、引っ掛かる点もある。

それは学校に登校した時間。


私が今日、学校に登校したのは7時55分だ。

でも、麗は確実にそれより前には登校してた。

一方、華が殺された時刻は7時40分から45分の間で

ここから学校までに掛かる時間は徒歩で約10分。


あまりに時間がギリギリ過ぎる。

勿論、そこに異能を足して考えれば、答えは出そうだけど…………。


「…………まだ明日葉麗を犯人と断定するには早いか」


夜神さんも私と同じ考えのようで、とりあえず、麗は後回しにして、

私達は他に容疑者として名前が挙がった人物の元を訪ねる事にした。


まずは華の家族である、華の両親と華の弟。

その3人は警察署に集められていた。こっちも事情聴取の為だ。

けど、3人とも相当ショックがデカいようで話もできない状態だった。

一応、3人と全員に面識があった私は軽く挨拶でもしようと思っていたけど、

そんな3人の姿を見たら何も言えなくなってしまった。


「あれは白だな」


結局、話を出来ずに警察署を後にすると、夜神さんはそう告げる。


「…………分かるんですか?」


「まぁ、なんとなくな」


「なんとなくって…………」


そう口にはしたものの、私もなんとなくこの線はないと思った。

多分、それは私自身も大切な人の死というのを体験してるからだろう。


そして、華の家族の次に訪れたのが私の通う学校。

ここには望月先生と吉田先生から話を聞く為に来た。


で、ここで事件というか、なんというか、


「うぇーん!!!結星ちゃーん、助けてー!!!」


冒頭の出来事になった。

なんでも望月先生は華の事件の自己処理に終われて大変らしい。

予想はしていたけど、誰かがSNSで事件を広めたらしく、電話が鳴り止まないとのことだ。


望月先生はこの学校の男子生徒から『完璧に成り損ねた教師』と言われている。

男子の完璧な教師像として、美人でスタイル良くてクールというのがあるらしい。

しかし、望月先生は前二つの素質は兼ね備えているが、この通り、性格が少し子供っぽい。

だから、完璧に成り損ねた教師。


「もー!誰だ、事件のこと広めた生徒ー!!ぶっ飛ばしてやるー!!」


「望月先生、生徒の前でそういう言葉遣いはやめてください」


そう言って望月先生は宥めたのは副担任の吉田先生。

華の訃報を私達に伝えた先生だ。


吉田先生のことは正直、私もよく知らない。

国語の教師で一応、関わりはあるけど、授業はいつも堅実で無駄話は一切ない。

the真面目という感じの先生だ。


「それと朝日さん、関心しませんね。外出しないようにと言ったはずですが」


「あ、えーっと、それは…………、」


私が言い訳を考えていると、突如、私の視界に青い服が映り込んでくる。

それは警察官に偽装した夜神さんだった。いつの間に着替えたらしい。

ちなみに八雲さんは『警察官に見えないから』という理由で車で待機している。


「すいませーん。実は私、こういうものでして」


夜神さんは爽やかスマイルを見せた後、私にも見せたあの偽装警察手帳を見せる。

初めて見たら純度100%の笑みに見えるんだろうけど、

さっきまでの夜神さんを知っていると、違和感しかない。


「警察?随分と若い方ですね」


「あー、それよく言われるんですよね。でも、安心してください、この通り、歴とした大人です。

それで今日なんですけど、宮内華さんの事件の事で少し伺いたいことがありましてですね。

もしよろしければ、望月先生と吉田先生にも捜査にご協力頂ければ、と。

…………実は朝日結星さんにもそれで同行してもらってるんです」


平然と嘘を混ぜながら捜査への協力と私がいる説明をきっちりこなす。

なんだかんだで仕事はしっかりしてるっぽい。


「あー、そっかー!結星ちゃん、華ちゃんと仲良かったもんねー。

よし!いいですよ!そういう事なら私は協力します!!」


「…………まぁ、そういうことなら私も」


望月先生が承諾したことにより、吉田先生も断りづらくなり、承諾する。

まぁ、望月先生は仕事サボりたかっただけだろうけど。


「それじゃあ、早速なんですけど、宮内華さんのことでなんか知ってることってあったりしますか?

例えば、何日か前に相談されてたとか、クラスで様子がおかしかったとか、何でもいいんですけど」


「うーん、私はないかなー。華ちゃんについて知ってることといったら、

それこそ、華ちゃんと結星ちゃんとあと麗ちゃんの3人が仲良かったことくらい」


「私もありませんね。授業でも特に変わった様子はありませんでした」


それぞれ夜神さんの質問にそう答える先生達。

二人とも嘘を言ってるようには見えない。

実際、私から見ても華が変わったという印象は受けなかった。


「そうですか。じゃあ、2人は宮内華さんとどんなご関係でしたか?」


「関係?うーん、まぁ、こう言っちゃなんだけど、担任教師とその生徒っていうだけかな。

特別親しかったわけじゃないし、それ以上でもそれ以下でもないと思う」


「私も他の生徒と同様に接していたつもりです」


この質問の受け答えもおかしなところはない。

挙動にも慌てたり、緊張した様子はなし。


こうなるとやっぱり犯人は…………。


「なるほど。それでは、学校以外で会うなんてこともなかったんですね?」


「はい、なかったと思います」


そう言い切る望月先生。

しかし、何故かそれを横から吉田先生が訂正する。


「いえ、ありましたよ、望月先生」


「っ!」


「ん?2人で会ったんですか?」


「えぇ。まだ2年生になって最初の頃、車とぶつかって大怪我した生徒がいまして、」


…………確かにいた。

もう復活したけど、たしか2ヶ月くらい休んでた子が。


「その子のお見舞いで病院まで向かってたところ、

ちょうど学校から帰宅する宮内さんと遭遇したんです」


「ちなみにそれはどの辺で?」


「正確な位置は覚えてませんが…………、確か近くに霊園があったと思います」


「っ!!!」


…………あの霊園だ。間違いない。


「えー、そんなことあったっけー」


「ありました」


華が下校中の時にあの霊園の近くであった?

じゃあ、この2人なら華が使ってたあの道を知っててもおかしくない。


…………そうなると、気になってくるのは望月先生の言動だ。

学校以外で生徒と偶然会うなんてなかなかあることじゃない。

しかも、2ヶ月前のことだ。それを忘れた?


いや、そんなはずない。

今のを喋れば疑われると思って敢えて、口にしなかったんだ。

…………この人、かなり怪しい。


流石に今のだけでは決められないけど、もう少し叩けば…………。


「そうですか。それじゃあ、お2人への事情聴取はここまでとさせて頂きます」


え?


私が望月先生に狙いを定めたところで夜神さんがそう告げる。


「2人とも捜査のご協力、誠にありがとうございました。非常に助かりました」


「え、ちょっ、ちょっと、待ってください!」


私は話を切り上げようとした夜神さんの行動に驚き、それを止めに掛かる。


「どうかしましたか?」


「い、いや、もういいんですか?」


「はい。2人が事件に関係ないということが分かったので十分です」


2人が事件に関係ない?望月先生も?

そんなはずがない。


「も、もう少し話を聞いていきませんか?」


「ですが、2人は宮内華さんのことに関しては何も知らないようですし、長居は無用でしょう」


そんな…………。


もしかして、夜神さん、望月先生が怪しいことに気づいてない?

それならここで耳打ちして…………。

いや、でも、それだと望月先生が私が気づいたこと気づく可能性がある。

そしたらミスを引き摺り出すのはもっと難しくなるだろう。

なら、いっそ、一回立て直して後でもう一回来た方がいい。


「…………わ、分かりました」


私は言葉を飲み込んで、そう返事を返す。


「ということで、改めて、2人ともご協力ありがとうございました」


「いえ、大した情報は提供出来ませんでしたが、こんなことでよければ」


「また来てくださいねー!」


「それじゃあ、失礼します」


そう言って夜神さんは2人に背中を向けて去っていく。

私は自分の中で消化不良を感じながら夜神さんの背中を追いかけていた。

すると突然、背後から肩に重みが加わり、耳元でこう囁かれる。


「結星ちゃん、捜査……頑張ってね」


「っ!」


声の主は振り向くまでもなく、分かった。

その言葉は普通に捉えれば、激励の言葉。


でも、その声は激励にしては、しっとりとした小さな声量。

この人はこんな声を出す人じゃない。


私はこの時、確信した。

間違いなく、この人が……望月絵里が犯人だと。

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