第2話 アストラ

「はい、すいません。失礼します」


華の訃報を聞かされてから1時間後。

私は集団下校を終え、私の家であるボロアパートに帰ってきていた。

ちなみに今はバイト先に今日は行けないとの連絡をしていた。

本当は行かないと生活的に厳しいけど、学校にバイト等でも外出はしないようにと言われたし、

それを無視して行って、学校側にバレて問題にされても面倒くさい。


まぁ、今月耐えれば、来月には夏休みが来て、バイトに集中できるし、

今日一日くらいは仕方ないと割り切るしかない。


「はぁ…………」


バイト先への連絡が済み、ようやく少し落ち着いたところで私はため息を吐く。

そして、何故か分からないが、なんとなく窓の外に視線を向けた。


照りつける日差しと青く澄み切った空。

天気が悪くなると何かの前兆のようで不気味だなんていうけど、今日は嫌味なくらい快晴だ。

とても身の周りで殺人事件が起こったとは思えない。


…………不思議だ。昨日まで普通に近くにいた人間がもうこの世にはいないなんて。


華の事件について学校側から私達、生徒に伝えられた情報は、

華がこの付近でおそらく何者かに刃物で殺されたということだけ。

それ以上、確かなことは言えないと詳しい情報開示はされなかった。


華の訃報に麗は泣き叫び、ただのクラスメイトでさえ、何人か泣いていた。

なのに、私は泣けなかった。


いや、それどころか、私は…………、



「何かが変わるかもしれない、そう思った」



ボロアパートの一室に静かに響いた声。

しかし、奇怪なことにそれは私の声ではなかった。


「っ!?」


私は数秒その声を噛み締めて、事態を理解するとその声の出所を辿り、後ろを振り返る。

すると、そこには1人の男の人があぐらをかいて座っていた。


夜空のように真っ黒な髪の中に点在する赤と青の髪。

そして、人の容姿に感心のない私でさえ、目を奪われる美しい顔立ち。


「…………だ、誰ですか、あなた」


「初めまして、俺の名前は夜神結人やがみゆひと。又は『夜神ヨルガミ』なんて呼ばれ方もしてる」


私の質問にまるで何事もないかのようにそう答える男。


な、なに、この違和感…………。

もっと恐怖を感じていい状況のはずなのに、恐怖を感じない?


「え、えっと、これ、不法侵入……ですよね?」


「あぁ、そうだな。不法侵入だな」


「つ、通報していいですか?」


「いいぞ。まぁ、無駄に終わると思うけど」


無駄に終わる?

私はその言葉に疑問を持ちつつもポケットからスマホを

取り出し『110』の番号を入力して、通話ボタンを押す。

その瞬間、部屋に二重で響き渡る通信音と……着信音。

夜神と名乗るその男はこれ見よがしに自分のスマホの画面を私に見せてアピールすると、電話に出る。


「はい、もしもしー」


『はい、もしもしー』


目の前から聞こえる声と僅かに遅れてスマホから届く声。

私はその声を聞くと、絶望と共に電話を切る。


「な?無駄に終わったろ?」


「…………あなた、何者ですか?」


110番の電話に出たってことは警察…………。

いや、とてもそんな風には見えない。


「俺は宮内華を殺した殺人犯」


「っ!?」


「じゃなくて、その殺人犯を捕まえる警察官ってところだ」


警察官?この人が?


「申し訳ないですが、とてもそうは見えません。

まだ最初に言った殺人犯って方が信じられます」


「そうは言われても警察官は警察官だ。その証拠にほら、」


男はそう言うと懐から何かを取り出し、私に見せる。

それは警察官が自分の身分を証明するのに1番手っ取り早い方法。


「っ!警察手帳…………」


複製?いや多分、本物だ。


「…………う、疑ってすいませんでした」


警察手帳を見せられたら何も言えない。

私は自分の非を認め、素直に謝罪する。


「別にいい。だってこれ、警察に造らせた偽物だし」


「は?」


にせもの?


「ど、どっちなんですか?」


「本当であり、嘘でもある」


「意味が分からないんですけど…………」


「だろうな」


…………な、なんなの、この人。


歳は多分、だいぶ若い。

下手したら私と同じくらいか、下の可能性さえあり得る。

けど、間違いなく普通じゃない。


それに最初に私に言った言葉、


『何かが変わるかもしれない、そう思った』


もしかしてこの人、本当の私を…………、


「あぁ、知ってるぞ」


っ!?心を……読まれた?


「いや、心は読んでない。ただお前は顔に感情が出やすいからな。

何となくそう思ってるんじゃないかと思っただけだ」


私が顔に出やすい?


「ま、周りからは寧ろ、表情に出ずらい方だと言われるんですけど」


「そうか?じゃあ、心が読めるってことでいいや」


ほ、本当に何なの、この人。


「それより、今日はお前を勧誘に来たんだ」


「勧誘?何のですか?」


「勿論、今回起こった殺人事件解決の勧誘さ。お前も少しは気になるだろ」


「っ!」


華が巻き込まれた事件の解決?


「な、なんで、そんな話を私なんかに?」


「だから言ったろ、お前が事件に興味があると思ったからだ。

…………宮内華の方じゃなく、殺人事件の方に」


私の関心を誘うように敢えて、そういう言い方をする男。

そんな彼を見てると何故か私はこんな思いに駆られた。

もしかしたら、あの時感じたあの予感の正体はこの人なんじゃないかと。


「…………あ、あなたは一体、何者なんですか?」


私はさっきもした質問を再度、目の前にいる男にしてみる。

すると、男は僅かに口元を緩ませて、口を開いた。


「異能を使い、異能を使って悪さをする奴らを捕える。

それが俺達、特殊異能対策部隊、『アストラ』の役目。

…………俺はその組織でリーダーをやらせてもらってる」


と、特殊異能対策部隊、アストラ?


「クッ。くそダサいだろ、この組織名」


夜神さんはそう言って笑みを溢す。

その笑みは今までとは違い、なんだか少し温かみを帯びていた。


ダ、ダサいって自分で考えたんじゃないの?


「も、もしかして、私を揶揄ってますか?」


異能とか意味わかんないこと言ったり、自分の組織名で笑ったり、

話だけが前に進み、理解が追いついていない私はそう聞いてみる。


「いや、今は揶揄ってるつもりないが」


『今は』ってことはやっぱりさっきは揶揄われてたってこと?

でも、逆を言えば、今のは本当ってことに…………。

いやいや、異能とかこんな人がリーダーとかあり得るわけない。


「ま、まず、あなたは警察ってことでいいんですね?」


混乱し始めていた私はとりあえず、理解できるところから理解を進めていくことにする。


「まぁ、そうだな。完全な警察じゃないが、警察と同じ……いや、厳密に言えば、

普通の警察以上に色んなことが出来る。勿論、法律には反するけどな」


は?


理解出来るところから始めようと思ったのに、更に理解が難しくなった。

一応、警察。だけど、警察以上に色んなことが出来る。でも、法律には反する。

何言ってるの、この人。


「警察ではあるけど、警察じゃない…………」


「そういうことだ」


私が苦し紛れに出した結論を肯定する男。

いや、どういうこと?


「わ、わかりました。いや、分からないけど、いいです。

じゃあ、その夜神さん(?)が言う異能ってなんですか?」


「異能は異能だ。お前も少しくらいは知ってるだろ、漫画とかである魔法とかそういうの」


「勿論それは知ってますけど、あれはあくまで創作物上の話ですよね?」


実際、私の周りで異能なんてものが使える人は見たことがない。


「いいや、異能は現実にも存在する。

ただそれが表に出ていないだけだ。俺達の手によってな」


俺達の手によって?


「それって、情報統制してるってことですか?」


「そういうことだ」


「…………俄には信じられません」


だって、その話は今まで私が生きてきた人生とあまりにかけ離れすぎている。


「そうか。…………なら、今ここで実戦してやろう」


そう言うと、夜神……さんは立ち上がって、勝手に部屋を散策し始める。

そして、私が自炊する時に使う鍋を手に持つと、また戻ってきた。


「これ、使ってもいいか?」


「いいですけど…………」


「それじゃあ、遠慮なく」


夜神さんはそう言うと左手で取っ手の部分を持って鍋を裏返し、

その鍋の底に右手の人差し指を軽く乗せるように置く。


「質問だ。お前はこの状態で鍋を壊せると思うか?」


この状態で?


「無理……だと思います」


「そう、普通は出来ない。でも、異能を使えば……」


その瞬間、鍋は取っ手だけを残して、まるで意思を持ったかのように一瞬でクシャとアルミの塊になる。


「と、この通りだ」


「…………………………………。」


私はあり得ない光景を目の前にして言葉を失う。

ただ力尽くで角が曲がったとかそういうのじゃない。

完全にアルミを固めただけのゴミになってしまった。それも一瞬で。


「勿論、異能によっては治すことも可能だ」


夜神さんがそう言って再び、鍋に触れると驚くべきことにその鍋は完全に元通りの形になる。


「……………………………………………………。」


信じられない。まさに超常現象という他ない。

夜神さんが言う異能が使えないと出来ない御技だ。


「信じてもらえたか?」


「…………は、はい。こんなの見せられたら」


「そりゃあ、良かった」


夜神さんはそう言うと満足そうに手に持った鍋を横に置いた。

私はそのタイミングでふと気になった事を聞いてみる。


「あ、あれは、人にも出来るんですか?」


「そりゃあ、まぁ当然な。ってか、人に使わないことの方が少ない」


「…………………………………。」


あれが人にも出来る。

それはつまり、今、私はいつ殺されてもおかしくないということ。

私はその事実に直面し、ようやく恐怖を覚える。


「そう固くなるな。言っただろ、俺はこれでも一応、警察だ。

何もやってない無罪の人間にこの力を使えば、俺は死刑になる」


「で、でも、あなた以外にも異能を使える人はいるんですよね?」


「そう。だから、そういう事故・事件を防ぐ為に俺達がいるんだ」


「っ!」


…………そうか。何となくアストラという組織が何をしている組織なのか分かってきた。

確かに今のような力が使われてる事件があるのだとしたら普通の警察じゃ手に負えない。


「それにこれは俺の異能であって、みんなが使える訳じゃない」


「ど、どういうことですか?」


「使える異能は人によって異なるってことだ。水を出す奴がいれば、火を出すやつもいる。

そして、それらは潜在的に有してるものであり、生まれた段階で決定する」


「つまり、異能は人の数だけ存在する……ということですか?」


「いや、それがそういう訳でもない。ってか、それだったら俺らが過労死する」


ようやく話についていけたと思ったら夜神さんは私の言葉を否定する。


「異能の素質は全員が兼ね備えているものじゃない。

兼ね備えてるのは多分、1000人に1人くらいのものだ」


1000人に1人。

日本人口が約1億2000万くらいだから単純計算で約12万人程。


「それでも多いですけど…………」


「あぁ。だが、ここからさらに『卵』と『覚醒者』に分かれる」


「卵と覚醒者?」


「素質は兼ね備えているが、その素質に自分で気づいていない奴が『卵』

そして、逆に自分の中にある素質に気付き、異能を扱えるようになったのが『覚醒者』だ。

覚醒者になるには自身の内にある異能を強く意識することが絶対条件となる。

だが、さっきも言ったが、異能の存在は俺達、アストラと政府で情報統制をしてるから

普通に生きてる人間じゃ、その情報はまず知り得ない。

勿論、中には漫画やアニメなんかを見て『こんな力が使えたらー』程度に思う奴もいるだろうが、

その程度じゃ異能は発現しない。自分の中に僅かでも異能を疑う気持ちがあったらダメなんだ」


…………な、なるほど(?)

要するに生まれながらにそういう世界に触れているか、

相当の強運……いや、悪運でも持ってないと異能は使えないってこと?

この解釈であってるとすれば、確かに数は大分絞られる。


「まぁ、それでもやっぱり異能が使われた事件は尽きないけどな。

力を持ったらそれを使いたくなってしまう、それが人間って生き物だ」


夜神さんはそう言うと話を終えたかのように『ふぅ』と息を吐く。


「…………で、それを何で私に話したんですか?」


夜神さんが話を終えたような顔をしてたので、

私は話を聞いてる最中、ずっと抱えてた疑問をぶつけてみる。

最後まで聞いて分かったけど、これは絶対に私が聞いていいものではない。

私発信で今まで隠してきた努力がパーになる可能性だってあり得る。


「なんでって…………、それはお前が聞いてきたからだろ」


私が聞いてきたから?


「じゃあ、聞いてきた相手に全員、こんなこと話すんですか?」


「いや、滅多にしない」


「じゃあ、何で…………」


「別にいいだろ。気まぐれだ、気まぐれ」


夜神さんはそう言うとそっぽを向き、手を揺らして、話は終わりだと言わんばかりの態度をとる。


怪しい。絶対に何かを隠してる。異能については何となく分かったけど、

結局、この人に関しては最後までなんなのかさっぱり分からない。


「…………それで、お前どうするんだ?」


「どうするって何がですか?」


「宮内華が殺された事件の解決だ。あの事件には異能が絡んでる」


「っ!」


そうか。元々、そういう話だった。

って、


「華の事件に異能が関わってる?」


「あぁ、多分な。だから、行くか行かないかをとっと決めろ」


アストラに異能に卵に覚醒者。

知らなかったことばかりで正直、まだ理解は半分ってところだ。

でも、私が今まで生きてきた世界とは全く違う世界があるということが知れた。


だったら、私がその世界に飛び込まない理由はない。


「…………行きます。行かせてください」


私がそう返答すると、夜神さんはニヤリと笑い、立ち上がる。


「それじゃあ、行くぞ。外に車を用意してる」

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