第1話 訃報
「それでさ〜」
「ねぇ、ねぇ、昨日のあれ見た!?」
「はい、俺の勝ちー!お前、ジュース一本奢りな」
なんとも言えないこの教室が持つ特有の空気。
特に登校して朝会が始まるまでの15分間は
学校生活の全てを表していると言っていい。
いち早く登校して部活の朝練を終えた生徒は朝とは思えないほど活発で、
友達と喋る為に早く登校した生徒は丁寧に話のネタまで持って来ている。
かと思えば、1人静かに読書する生徒もいるし、勉強している生徒だっている。
…………普通の高校生ならこの時間が落ち着くと言うのだろう。
この時間を経た大人達はこの時間を楽しめと言うのだろう。
しかし、私はこの時間が嫌いだ。
こんな事に時間を使うくらいなら少しでも長く睡眠をとっていたいと思ってしまう。
でも、雰囲気というものは厄介でそこから1人抜け出た者がいれば浮いてしまう。
私が黒髪おさげで平凡な顔だったらそれも許されるのだろうが、
無駄に世間からはみ出した容姿を持ったせいでそれも出来ない。
だから私は今日も周りに合わせて、眠い目をこすりながら早く登校する。
「あっ、あさりん!おはよー!」
教室に入るといつも通り、1人の女生徒がいち早く私に気づく。
着崩した制服に校則違反のネイルに金髪ポニーテール。
ギャルという生物をこれでもかと体現してるこの子の名前は
彼女の性格は、まぁ見た目通りというかなんというか、おバカで元気という感じだ。
私と彼女の関係性は周りから見れば友達ってところだろう。
私が学校でよく一緒にいる2人の内の1人。
ちなみにあさりんというのはこの子が私に付けたあだ名だ。
朝日結星の朝日からとってあさりん。
…………ふっ。
「おはよう、麗。今日も朝から元気だね」
「うん!私はいつでも元気だよー!」
そう言って謎の踊りを披露する麗。
私は何それと思いながらも如何にも微笑ましいみたいな笑顔を作ってやり過ごす。
いつもはこの子のこういう行動にツッコミを入れてくれる茶髪ツインテールの腹黒女子が
一緒にいてくれるのだが、今日はまだ来ていないみたいで私達の間に気まずい時間が流れる。
誤解される前に先に言っておきたいのだが、
私はこの子……いや、この子以外の子も一度として友達と思ったことはない。
だから、私に親がいないことも言っていないし、バイトしてることさえ隠している。
ただ学校にいる時、極力浮かない為に仕方なく接しているカモフラージュだ。
…………とは言っても、彼女達に何か問題がある訳ではない。
彼女達は普通に生きて普通に女子高生をしているだけだ。
私だって別に彼女達が嫌いという訳ではない。
ただ生きている世界が違うだけ。
彼女達が遊んでる時に私はバイトをしていて、寝ている時に勉強をしていて、
食事している時に運動している。ただそれだけの話。
楽しそうに日々を過ごしている彼女達を見ているといつも思う。
きっと私の居場所はここにはないのだと。
私は私の居場所を探している。
私が私らしくいられるそんな場所を。
そんな場所があるのかは分からない。
でも、もしどこかにあるなら誰でもいい。
誰でもいいから…………、
「あ、あさりん?」
完全に1人の世界に入り込んでいた私は麗の声で現実に引き戻される。
すると、麗は私の前でまだ謎の踊りを続けていた。
「あ、あの、あさりんが止めてくれないと私、やめれないんだけど」
そう言いながらも自主的に踊りを止める麗。
…………しまった。
学校にいる時は感情を殺すと決めてるのにたまにこうして我慢できなくなる時がある。
「ご、ごめん。止め方、分からなくて」
「えー、そんなの何でもいいんだって」
「ご、ごめん…………」
はぁ。やっぱり私、死んだ方が楽なのかな。
◆◇◆◇
コーン、コーン。
殆どの生徒が登校を終え、朝会の始まりを合図するチャイムが校内中に鳴り響く。
…………だというのに、教室では依然として騒がしい状態が続いていた。
理由は待ちに待った夏休みがあと3週間のところまできて浮かれているから。
ではなく、朝会が始まる時間になっても先生がこないからだ。
『ガラガラガラ』
扉が開き、クラスを代表して先生を呼びに行った学級委員が教室に戻ってくる。
「委員長ー、どうだった?」
「ダメ。職員室立ち入り禁止になってるみたい」
「えー」
「先生何してんだよー」
「なんかあったんじゃね〜?」
学級委員の報告を経てまた教室中が騒がしくなり始める中、
私の前席に座っている麗が椅子ごと私の方を振り向く。
「ねぇ、あさり〜ん。華から連絡きたー?」
私の方を向いた麗はスマホ片手に私に対してそう質問する。
麗が言う華というのは
そして、その華とは私がさっき言った茶髪ツインテールの腹黒女子の事だ。
その華だが、もう朝会が始まる時間だというのにまだ来ていなかった。
「ううん、こっちからも連絡してみたけど既読にすらならないよ」
「そっかー」
私がそう言うと麗は心配そうな顔を浮かべる。
おそらく麗が思ってることは私と同じ。
ただの遅刻といえば、遅刻。
だけど、華から連絡がない上に職員室の立ち入り禁止。
嫌でも華に何があったんじゃ、とそう考える。
「もし連絡あったら教えてね」
「うん、分かった」
私がそう返事を返すと、麗は席を戻して前を向く。
…………私だって鬼じゃない。
華に何もないのが1番だと思ってる。
けど、もし、華に何かあってそれで私の人生が変わるなら、私は…………、
そんなことを考えていると、突然、教室の扉が開けられる。
すると、そこから現れたのは華……ではなく、先生だった。
しかも、クラスの担任ではなく、副担任の吉田先生。
「皆さん、おはようございます」
吉田先生は教卓の前まで移動するとみんなに挨拶をする。
「「「「「おはようございます…………」」」」」
吉田先生の挨拶に反射して挨拶を返すみんな。
しかし、次の瞬間、1人の男子生徒がみんなが思ったことであろう疑問を口にする。
「って、あれ?今日は絵里先生じゃないんですか?」
絵里先生。うちのクラスの担任教師である望月絵里先生のことだ。
「望月先生は今、事後処理に追われている為、代理として私が来させて頂きました」
「事後処理?それって、やっぱり何かあったってことですか?」
「はい。それを今からお話しします。
ですが、これはまだ世間に出回っていないことなので、
くれぐれもSNS等で拡散しないようにお願いします」
吉田先生はそう前置きをすると、ようやく本題を話す。
「今朝方、このクラスのクラスメイトでもある宮内華さんが遺体で発見されました」
「「「「「……………………………………。」」」」」
突然の訃報に静まり返る教室。
それはそうだ。いきなりクラスメイトが死んだなんて聞かされてすぐ飲み込める生徒はいない。
それでもいち早くその訃報に反応したのはおそらくこの教室で華と1番仲が良かった麗だった。
麗は席を立ち上がり、一言、「嘘……」と言って固まる。
「信じたくない気持ちは痛いほど分かりますが、本当のことです。
詳しい場所は開示できませんが、この学校の近くで複数の刺し傷と共に発見されました」
「「「「「っ!?」」」」」
新たに開示された情報で教室は一転して、静けさを失う。
しかし、これも当然のこと。
複数の刺し傷と共に。それが示すことはつまり、
「せ、先生、それって、宮内さんは誰かに殺されたってことですか?」
学級委員が全員の気持ちを代弁するようにそう質問する。
「まだ断定はしていません。しかし、おそらくはそういうことかと」
いや、おそらくどころか、間違いない。これは殺人事件だ。
事故や自殺じゃ複数の刺し傷なんてあり得ない。
華が殺された…………。華が…………。
「犯人は今も捕まっておりません。なので、今日は即時、集団下校なります。
皆さん、帰ったらしっかりと戸締りをして、くれぐれも家を出ないようにお願い致します。
それから…………、」
その後も吉田先生は何か言っていたが、私の耳に先生の話は入っていなかった。
華が殺された。その事実とある考えだけが私の頭の中を永遠と巡っている。
…………分かってる。こんな事を考えてはいけないと。
でも、もしかしたらと思うと、もうそれしか考えられなくなった。
私の人生が変わる日は今日なのかもしれない。
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