第12話 エピローグ

 竜の咆哮を聴き、異変を悟ったタンクレディは、クェルラートより船団を北上させていた。アマーリエが急派した伝令の到着を待つことは無く駆け付けた彼は、暗黒の渦が生まれ、消える姿を船上で目視していた。

 タンクレディのガレー船団の櫂を掴んだランメルトは、九死に一生を得るが、片足首を失い満身創痍のイナヤは、川の水で肺を患い、復調には時間を要することになる。

 不思議な事が一つあった。

 ランメルトとイナヤには、泳ぎを助ける魔術が掛けられていた事だ。誰が、いつ、二人に魔術を掛けたのかは、不明なままだった。ただ、それが“精霊魔術“に属するものである事だけは、ル=シエルにより判明していた。


 アンカンシエルの中央突破を完遂し、西方への帰還を果たした辺境騎士団たちは、ミュラー、ボードワンらと合流し、古参の重鎮スタンリー=ハーレイ・オブ・ギャンベルの戦死を知らされる。彼は、敵中に孤立したボードワンたち神官騎士団たちを救出するため、騎兵小隊の突撃を先導しての討死だった。

 壊滅状態のパヴァーヌ軍、ハイランド軍は、辺境騎士団の活躍によって退路を確保し、わずかな生き残りたちは再集結を果たした。

 午後になり、ランツハイム連合の多種族混成軍が現着し、グランフューメを南下した北海帝国の船団と、“荒れ海“から北上して来たモルテ=ポッツの艦隊により、アンカンシエルの奪還は決定的となった。

 古ルドニア王国の魔導士たちと、アステリア伯のゴーレム戦団が現着したのは、この戦いの二週間後となる。

 後に“蛮族大掃討戦“と銘打たれることになる、この一連の戦乱による損害は、戦死者だけでも3万人に達し、非戦闘員の犠牲者ともなれば、誰も数えることは出来なかった。



 そして、戦後初めての君主会議が開かれる。

 開催地は、伝統的な聖教皇国の大トリスケル聖堂ではなく、クラーレンシュロス伯領は改修途中である、クラーレンシュロス城にて行われた。

 開催地領主であるアマーリエは、自身の好みであるテンの毛皮を纏い、“輪光“の異名に相応しい威風堂々たる甲冑姿でゲストを出迎えた。


 会議場への入り口で、歓迎の挨拶を順に交わしていく。

 この一年で、すっかり歳を取ったように見えるパヴァーヌ王は、やけに長い時間、アマーリエの手を握り締め、東方騎士団長ユーグは、敬意を込めてしっかりと握手を交わした。ランツハイムのノノ=ルは、熱のこもった視線と意味深な笑みを送り、岩の斧はがっしりと彼女を抱きしめる。

 未だ、彼女の騎士団はアマーリエ聖騎士団と呼ばれる事はなく、依然として辺境を治める騎士団ではあった。しかし、その領土の広さだけを挙げれば、遂にパヴァーヌ王の直轄領を超えていた。


 最後に姿を現した姿に、アマーリエは思わず眉を上げる。

「随分とご出世なされましたね」

 知識の伝承者ライノア神の僧衣を纏った女性は、アマーリエに第一声をかけた。

「あなたこそ…名簿に名前を見つけたときには、刺客を送ろうか、軍議で決を取ったのよ」

 リョース・アールヴの女性は、苦笑いを浮かべた。

「それは、なかなかに物騒ですね。しかし、貴方の出世により、キングメーカーたる私の評判もうなぎ登り。実に喜ばしいのですよ」

「気持ちが悪い…憑きものが落ちたみたいな顔しちゃって…」

 彼女は、帯剣を少しだけ鞘から持ち上げ、その蒼く透き通った刀身を見せてウィンクをしてみせた。

「もっぱら、“次の私の課題“は、魔剣の製造法なのですが…関係者はあらかた暗殺されてしまい、なかなか全容が掴めません。困ったものです」

「火中の栗を拾わずにいられないのは、相変わらずのようね」

「火中の栗とは、とんでもない。これからの学会には、クリーンなイメージが必要です。私なら、王侯貴族に顔が利きますからね。他薦による人事です。それよりも、私の忠告を無視するとは…本当に死ぬところだったのですよ。今、あなたが生き残っているのは、ヴィルトゥよりも、フォルトゥナによるところだと、肝に銘じていただきたい」

 アマーリエは腕組みをして、顔を傾げて答えた。

「貴方が最後にひとつだけ残した嘘の意味を、あの後ずっと、考えていたわ…」

「私にとって、貴方はいつも喉に引っかかった小骨のような存在でしたから」

 二人は、ふっと微笑みあった。

「でも、結局のところ、そんな私の胸の内だって、もしかすると貴方自身の胸中ですら、貴方にしてみれは、計算の内…だったのでしょうね?」

 そう言うとアマーリエは、器用に唇を曲げて見せた。

 爽やかな笑みを浮かべて、エルフの美女は答えた。

「あ、ちょっとお待ちください。魔神の誕生が、私の本懐ですって?いえいえ…滅相もない!そのような事を風潮するのは、どうかご勘弁いただきたい。繰り返しますが、今の私には良いイメージが大切なのです…あ、そうそう。出世払いのお約束ですが…私の離反は自衛のためやむを得ず、でしたので、まだ有効ですよ。それもどうか、お忘れなきよう…」

 アマーリエは鼻を鳴らし、彼女に入室を促した。



 改修途中につき、円卓の用意ができかねた、という理由で軍議用に設置された巨大なオーク材の長机に席次が設けられた。

 クラーレンシュロス伯爵であり、オレリアの公爵、シュナイダーの侯爵ルイーサ・フォン・アマーリエは、開催地領主という立場と、その功勲により上座を許される。その次には、以下の順にて席につく事になった。

 ハイランド王オスカーの息子、フリッツ(父親の傷が癒えないため、代理として)

 パヴァーヌ王オーギュスト・ファン・ラ・セラテーヌ

 黒剣重騎兵団ルノワール伯にしてカンピーノ侯爵ユーグ・ド・デゼール

 ランツハイム諸族連合代表 ノノ=ル

 北海帝王フランキ

 ドワーフ王 岩の斧

 ルドニア古王国 王スッラ・ルドニウス・サルティアヌス

 アステリア伯ロンベルキア

 聖教皇 ルキウス・ティティアヌス・ウルヴァヌス5世

 スミゥナ公

 バートン市長パリトン

 シュバルツェンベルグ公領からは、前回より続けての欠席となった。アーデルハイムの跡目争いの真っ最中なのである。その争いの渦中に、ベルトルト・ブルクヘイム男爵もいた。

 末席には、学会を代表して新任のロロ=ノアが腰を下ろした。

 異例、というべき席次である。聖教皇ルキウスは、憮然とした表情だったが、意を唱えるのは控えていた。これは、明らかに掃討戦での勲功を上げた順である事は、彼にも理解でき、不服を述べることは逆効果でしかないことは、処世術を知る彼は十分に理解していた。


 剣の神々たちは、信徒に直接語りかける力を持つ。故に、聖教皇は地上で唯一の神の代弁者ではない。また各地の神殿は、宗派ごとに独立した組織体系を有しており、聖教皇の傘下にある訳でも無かった。数多の神殿を繋ぐ橋渡しであり、調整役であったのだ。その力は、掃討戦以降、影を潜める時代となる。


 君主会議の議題は、各国が奪還したバヤール平原の領有権の整理。

 1日丸ごとかけて論議される、揉めに揉めること請け合いの審議だ。

 その議題を聞いただけで、身を固くするフリッツには、哀れみすら感じる。

 だが、本題は翌日の次の議題にある。

 学会が製造した魔剣により、新たに誕生した脅威…竜の魂を吸収した魔剣によって生まれた“負の神格“、蛮族の新たな信仰の対象である“魔神“の対応である。

 赤薔薇砦からは、“なれ果て“から更に東の奥地の空が、雷雲に覆われたままであることが観測されている。


 ロロ=ノアが見解を述べた。

「恐らく、いえ、確実に魔神はその雷雲の中心部にいます。次元を行き来する力を持つ“かの者“は、いずれ必ず西方諸国に姿を現し、大いなる厄災を振り撒くことでしょう。誰かが…いえ、我ら全ての力を再集結して、これの打倒に出向くべきです。神といえど、誕生したばかりの今は、赤子と同じ。しかし、信仰を拡大し、因果の力を成熟させた後となっては、およそ生者が敵う相手では無くなってしまうでしょう。この機会を逃せば、未来永劫、人族の勝利は訪れません」

 ロロ=ノアは皆の目線を確認して、こう締め括った。

「今、我らが立たねば、剣の子らにとって、永劫に続く暗黒の時代となります。私は君主会議に、繰り返し提唱します。今こそ、力を集結する時です。我ら学会は、保有する魔剣の提供をお約束します。故にこの戦は後の世に、こう呼ばれることでしょう…“魔剣戦争“と」

そして、微笑みと共に、アマーリエへ問いかけた。

「もはや人界の最前線はアンカンシエルではなく、なれ果ての“赤薔薇砦“。クラーレンシュロス伯殿、自領の復権に続き、此度は広大な領土拡大に成功なされ、実に喜ばしいご活躍ですね。しかし、そろそろお疲れではございませんか?」

 アマーリエは、小首を傾げた。

「学会の代表になった…ということは、やっぱり、ミスリル銀の製錬法を知っていたのね」

「それに、拘りますね」

「岩の斧から、聞いたのよ。魔剣を造る、失われた技術…だったのでしょう?」

 ロロ=ノアは両手を見せて、観念したように答えた。

「この世に残る魔剣は34本のみ、では些かながら、心許ないというもの」

「“あの魔剣“を造れたのなら、今後が期待できそうね。とんでもない力を手にしたものだわ」

「力は、元からありましたよ。苦労したのは、“立場“の方です」

「こっちに、もう一人の魔神がいるのは…今に限って言うなら、頼もしいわ」

 光栄です、と慇懃無礼な礼をするエルフを見据えながら、アマーリエは両鼻を膨らませて、ふんっと息を吐き出した。 

「さっきの話は…あなたの描いた絵に、私はふさわしくないと?そういう意味なの?」

「いえいえ、そうは言ってはおりません。それでは、まるでこの私が戦を演出しているかの物言いに聞こえてしまいますよ。私が危惧しているのは…そろそろ、燃え尽きてもよろしい頃合いではございませんか?今回の遠征には、先行きが見えません。その中で、辺境騎士団の立ち位置はとても重要なものとなります。要、と言っても良いでしょう。そこで、あなたの情熱が、途中で萎えることがないかが、それが心配だと申しておるのです」

「辺境騎士団が参戦せぬと…」

 君主たちは、互いに視線を交わし、動揺を隠せない。

 アマーリエは一度目を閉じ、静かに語った。

「度重なる戦乱に、民は疲弊し、人々の文化は繁栄するどころか、衰退の一歩を辿っています。このままでは、人々は将来への希望を失い、子を設けず、技術を磨く前向きな心さえも失うかも知れません。戦争とは、それほどまでに悪行なのです。ここで身を引き、数年…数十年の平和の余韻に浸ることは容易いでしょう。私の念願であった、平穏な日々を過ごし、自らの天寿を全うする程度までは、人族の未来が続くことは間違いない。しかし、それは穏やかな死です。体の端から蝕まんとする病巣に目を向けず、四肢が悲鳴を上げて朽ちていくことを無視するが如く。四肢は、すなわち無辜の民たちです。私は、これを無視できない。これは、西方諸国の生存競争。競争であるが故、全身全霊で立ち向かわねば、決して打ち勝つことは叶わないのです。君主諸兄らには、私のことを戦馬鹿だと思っておられる方もいらっしゃるでしょう。この際、私は甘んじて、その謗りも受け入れます」

 アマーリエは、顔をあげて、君主たちの顔を見渡した。

「私は戦争がある限り、そこへ介入し、己の信念を完遂する事をここに宣言いたします。願わくば、戦争そのものの根絶。その希望を胸に、私は戦い続けるのです」



 それから四十年の時を経て、西方諸国の剣の子らは、ひと柱の女性像を崇めることになる。

 戦争と平和を司どる剣神の反面は、子育てと愛の守護神。

 その女神の二つ名は、“戦乱の調停者“と言った。



 辺境騎士団シリーズ 第二部 第三話 辺境騎士団と竜殺しの皇太子(了)

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6.辺境騎士団と竜殺しの皇太子 小路つかさ @kojitsukasa

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