第4話 寝取られない世界に辿り着くまで

 少しだけ悩んだが、俺は怒りのままに突撃する。

 過去がなんだ。未来がなんだ!

 もうあの男をぶっ飛ばさないと気が済まない。


 扉を開けようとした瞬間、背後から肩を掴まれた。



「…………っ!?」



 振り返ると見知らぬ男が立っていた。

 なんだこの人。



「ちょっと待てや」

「な、なんだよ。俺はこの先に用事があるんだ」

「二人の邪魔はさせねぇよ。アイツ等はお楽しみ中なんだからな」



 まるで事情を知っているかのように男は言った。そして、俺の肩を強く握ってきた。ミシミシと骨のきしむ音がするほどに。

 ……い、痛ぇ!


「なにするんだ!」

「いいからこっち来い」


 とんでもない握力で引きずられ、現場から遠ざかっていく。……お、おい。おいおい! まてまて。このままではあの男を……澤野を止められないじゃないか!



 三年の男子トイレに連れ込まれ、俺は身の危険を感じた。



「や、やめろ!」



 手を振り払って俺は自由を得た。

 改めて対面すると、男は高身長でガタイがよかった。明らかに俺より年上。コイツは三年生っぽいな。

 それよりも、なんであの非常階段前に現れたんだ。

 あそこは過疎地で生徒はほとんと立ち寄らない場所。だからこそ、澤野という男はあそこを選んだのだろうけど。



「お前、若葉の彼氏だよなァ?」

「そ……そうだ。なにか悪いか! あの場所で俺の彼女が酷い目に遭っているんだぞ」

「ほう。これは面白い……! 澤野の言っていたことは本当だったんだ」


 なにか納得するように男はケタケタと笑う。

 なんだ、なにがそんなにオカシイ!?


 いや、こんなところで油を売っている場合じゃないぞ。紅音を救出しないと!


「悪いがそこを通して貰うぞ!」

「そうはいかん! 四之宮、お前の動きを阻止することが俺の使命でな」


「なに!?」


 コイツなにを言っているんだ。

 俺の動きを?

 どういうことだ。

 まさか、澤野が俺の動きを予知していたとでも言うのか。馬鹿な! ありえない!


 今のところ澤野との面識はないんだぞ。一言もしゃべったことはない。

 そんなの過去でも見ない限り――。


 ……いや、そんな。

 そんなわけがない。納得できない!

 あとで古河さんに聞いてみるか。


 今はこの状況から抜け出す方が優先だ。


 とにかくだ。

 この男、俺と紅音の関係も知っているようだ。いや、俺はともかく紅音は有名人だから当然かもしれない。

 だが、気になるのは澤野との関係性だ。

 二人は少なくとも知り合いではあるということ。


 つまり、この男は“見張り”か?



「考えているようだな、四之宮。だが、無駄なことだ。どうせお前は彼女を救えない! ここで俺に掘られるしかないんだからな」


「え…………」



 唐突にズボンを脱ぎだす大男。


 や、やべえ!


 そっちだったか……!



「幸い俺は、四之宮。お前のような細りとした男が好きだ……」

「キモいんだよ、ボケ!」



 しかし、逃げようにも出入口を塞がれている。クソ!


 俺はこのまま、こんな男にヤられちまうのか。……アホか! そんな未来があってたまるか!

 運命を変える為に俺はがんばっているんだぞ。


 考えろ俺。

 この状況を打破する方法を――!


 だが、男はじりじりと詰め寄ってくる。パンツ一丁で。……おぇ。


 けれど、このままでは本当にヤバイ! 世界がヤバイ!



 クソ、クソ、クソッ!!



 焦っていると男の後頭部から『ゴツン!』と鈍い音が響いて、急に倒れた。



「…………がふっ」



 トイレの床に転がる消火器。

 誰かが男に投げつけたらしい。



「……ん!?」

「大丈夫だったかい、四之宮くん」


「ふ、古河さん! なんで……」

「ちょっと気になってね。ところで四之宮くん、そういう趣味が?」


「ち、違うって! 襲われかけていたんだよ。マジで助かった」



 三年の男子トイレから脱出。

 急いで非常階段へ向かおうとしたが、古河さんに止められた。



「待った」

「なぜ止める! 俺は紅音を助け出したいんだ」


「君、別の世界線から来たでしょ」



 古河さんは確信をもって俺を見つめてきた。見透かされているような、そんな瞳。あまりに透き通っていて……俺の姿が映っている。

 なぜか彼女にはウソをつけない。



「そんなところだ。よく分かったね」

「噂があったのさ」

「噂?」

「タイムマシンのね。だからね、君から話を聞いたときにふと思ったんだよ。もしかして……って」



 あの例え話で見抜くとはな。

 できれば古河さんを巻き込みたくはなかった。

 でも、助けて貰った以上は無関係とはいかないな。



「そうだ。俺は未来から来た」

「やっぱりね。こんなことあるんだ」


「だから紅音を……」

「ねえ、そのタイムマシンのこと詳しく聞かせて。もしかしたら、解決方法が見つかるかも」


「……だけど!」

「大丈夫。それがある限り、過去も未来も変えられるかもしれない。そういうことでしょ?」



 そう見つめられてもな。いや、けど……古河さんなら俺のアプリについて何か分かるかもしれない。

 そうだ、ここで紅音を助けなくとも、また戻ればいいだけ。


 やり直せばいいんだ。

 何度でも何度でも。


 寝取られない世界に辿り着くまで何度も。

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