第3話:戸籍ない者

「その貧相な服装は防御力はありませんし、そのきつい体臭は魔物クリーチャーを呼び寄せ、そんな弱い武器じゃ、有効な攻撃を加えることは出来ませんわ!」

 最もな指摘に思わず頷く正義と頭を掻いて、バツ悪そうな顔を浮かべ、困る光兵衛。

「まぁ、武器は安心してくれ、使い慣れているからな。服装に関してはこの方が身体が軽いし、ガッと刺したり、斬ったりするのに集中出来る。けどな、身体を洗うことまで念頭にしてなかったな。」

「なら、私が支部に掛け合って、従業員のシャワー室ぐらいを貸してもらえるよう頼みますわ。」

 正義はてっきり、彼女が彼を辞退させるのかと思ったら、まさか、ここまで面倒を見るのかということに驚くも、彼女が自身の学校で生徒会長をやっているのを思い出した。

「お待ち下さい、お嬢様!」

 神出鬼没に現れたのは白髪白髭の年配執事『白石健造』であった。正義や光兵衛を訝しそうに一礼して、ヘラに嘆願する。

「そんなことをすれば、お嬢様が支部に貸しを作ってしまい、試験の時に何らかのデメリットが生じますぞ! こんな下賎な者を気にしてはお嬢様の経歴に泥や傷をつけてしまいます!」

「爺や、私が一度、目を掛けた者を見捨てるという無様な真似をさせるつもりかしら。それに魔物クリーチャーへの危険性を高める可能性があるなら対処するのが貴族の務めの一つじゃないかしら。」

「いいえ、それならば、支部の者が其奴に試験を受けさせない可能性があります。」

「マジでか!? やべぇぞ、水洗いだけではダメだべか!?」

「爺や、蔑んではいけませんわ。でも、困りましたわね。」

 どんどん自分の周囲雰囲気が険悪になることを危惧した正義は声を掛ける。

「あの、この公園の近くに銭湯があります。試験が始まるまでにはまだ一時間以上が掛かるから十分に間に合うと思いますけど…」

「そこは戸籍が無くても入れるか?」

「えっ、あっハイ。お金さえ払えば。」

「ありがとうだべ! なら、早速行ってくるべ!」

 光兵衛はそう言って駆け出した。しかし、正義は彼が戸籍がないことに思わず偏見が頭によぎるも、堪えるとあることに気づいた。

「ヘラさん。彼を気に掛けたのは戸籍がないことを案じたことですか。」

 その質問にヘラは気まずそうな表情を見せ、正義は余計なことを聞いたと手を目に当て、後悔した。

冒険者ワーカーの三割近くが家庭内暴力DVや両親の死、貧困によって戸籍を失って働くことができない孤児や無法者だと聞いてましたが、彼の場合、前者でしたので、差し出がましい真似をしました。」

「お嬢様、貴方様が正義感が人一倍強く優しいのは重々承知しています。しかし、彼が素直なのは良かったですが、その優しさは彼のような見捨てられた者に対しては尊厳を踏み躙る毒でもあります。以後は気をつけなさいませ。」

「爺や、ごめんなさい。私はいつの間にか貴方や彼を失礼な態度を取ってしまいましたわ。」

「いえいえ。私こそお嬢様に自身の身分も弁えず、叱ってしまいました。お互いは喧嘩両成敗ということです。では、我々も行きましょう。」

 執事とヘラは試験会場に向かう。その前に彼女は再び、正義に振り向き、笑顔で一礼する。

「改めてご機嫌よう、正義さん。先程の機転と思い切りの良さに助けられました。ありがとうございます。では、試験会場でまた。」

 正義は周囲に誰も居なくなったことを確認すると屁っ放り腰で尻餅を吐き、ため息を吐いた。

「よかったぁ〜〜〜! 一時はどうなるかと思ったけど、このままで試験は大丈夫かなぁ?」


 

 

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